訓練
乾いた風が吹き抜ける、廃デパートの屋上。
潜入班は元米軍兵のチャーリー・ブッカーの指導のもと、射撃訓練を行っていた。
参加者は荒木狂介、妹の沙羅、子分の村上、海斗の四人。ドクターは拳銃を持つことを拒否したため不参加になった。
チャーリーはガンケースを開け、中から拳銃を取り出して、順に手渡していった。
「こいつはGlock19。九ミリ口径のセミオートで、一つのマガジンに十五発の弾丸が入ってる。見た目はプラスチックみたいだが、これはポリマーフレームってやつでな、錆びないし、軽くて壊れにくい。現場では高く評価されている銃だ」
狂介は受け取ったグロックを眺め、笑みを浮かべた。
「これ、いいじゃねえか。軽いし構えやすい」
「米軍じゃ正式採用にはならなかったが、デルタフォースやSEALの連中がこっそり使ってたりする。俺のお気に入りさ」
「これ、セーフティレバーはないの?」と村上が銃を見ながら質問した。
「Glockにはセーフティレバーはない。その代わり、トリガー・セーフティがある。つまり……引き金を引けば撃てるってことだ。瞬時に対応できるってわけさ。戦場では、その差が生死を分ける」
「これって、頑丈そうね」と沙羅が銃を構えながら呟いた。
「泥にまみれても、砂嵐でも撃てたのはこいつだけだった。銃ってのは、いつでもどんな状況でも撃てることが大事なんだ」
狂介が片手で構えようとしたとき、チャーリーが素早くそれを止めた。
「ちょっと待て!狂介、片手撃ちは映画の中だけにしとけ。現実じゃ危ない」
チャーリーは自分のGlockを取り出して両手で構えて見せる。
「右手でグリップを握って、左手で包み込むように添える。両肘は少し曲げ、足は肩幅に開いて、身体は目標に向かって正面に向く」
狂介が言われたとおりに構えて撃つと、マネキン人形の頭にヒットする。
「ヒューッ!いい感じだ」
「兄貴、上手いじゃん!」
沙羅が褒めると狂介はガッツポーズをする。
「よーし、俺も!」
村上は拳銃を撃った瞬間、反動に驚き、のけ反ってしまい、標的を外してしまう。
「アハハハ!何やってんだよ。ヘタっぴー」と沙羅が爆笑する。
「笑うなよー……」と気まずく頭を掻く村上。
海斗は深呼吸し、指示通り慎重に拳銃を構える。
狙いを定めようとするが、マネキン人形のどこを撃てばいいのか迷った。
ビッグバグ相手ならライフルでいくらでも撃てたが、相手が人となると戸惑いが生まれる。
海斗がためらっているのを見てチャーリーが声をかけた。
「どうした?……撃てないのか」
「人間相手だと、どこを狙えばいいのか、わからなくて……」
チャーリーは深く頷き、代わりに一歩前へ出ると、マネキンの脚を狙って一発、撃ち込んだ。
「殺すのが嫌なら、足を狙え。動きを止めれば、それで十分だ」
「なるほど……」と海斗が少し安堵した表情を見せる。
「だが覚えとけ。お前が一瞬ためらったら、相手は引き金を引いてくるぞ。生き延びたければ、撃つときは覚悟を決めろ」
「……はい!」
潜入班による射撃訓練は、その後二時間近く続いた。
夕方――
訓練が終わった後、チャーリーは一人で屋上の片隅に腰を下ろし、銃を分解して手入れしていた。
そこへ、海斗が缶コーヒーを二本手にしてやってきた。
「お疲れさまです。これ、飲んでください」
チャーリーは笑顔で缶コーヒーを受け取った。
「サンキュー、海斗」
「チャーリーは……元は米軍の兵士だったんですよね?」
「ああ、俺は特殊作戦部隊に所属していた。二年前、任務で日本に来たんだ」
銃身の中を掃除していた手がふと止まり、チャーリーはポケットから折りたたまれた古びた写真を取り出した。そこには、笑顔の女性と、野球帽をかぶった少年が写っていた。
「アメリカに残してきた妻と息子だ。ビッグバグに襲われて死んでしまった……」
海斗は、かける言葉が見つからなかった。
「日本に着いて早々に、その知らせを聞いた。俺はビッグバグへの復讐を誓った」
チャーリーは缶コーヒーを一口飲み、目を伏せた。
「軍は、俺に復讐の機会を与えてくれると思っていた……しかし、命じられたのはビッグバグの警護任務だった……」
「警護って……」
東京で兵士から攻撃されたのは、そういうことかと海斗は納得した。
「ビッグバグは宇宙から来た怪物なんかじゃない。最初から、人工的に作られた生物兵器だったんだ」
チャーリーの目から涙が溢れでていた。
「そんなクソみたいな状況に、俺はもう耐えられなかった……だから脱走した」
「それで、ストレイドッグスに……」
「行くあてもなかった俺を拾ってくれたのが、狂介だった。ここは、捨てられた者たちの居場所なんだ」
その言葉に、海斗は静かに頷いた。
チャーリーはコーヒーを飲み干し、空を見上げた。
夕日が西の地平線に沈みかけ、空を黄金色に染めていた。
「俺は家族を守れなかった……だからこそドクターの娘を救いたいと思っている」
チャーリーはわずかに微笑んでみせた。