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離れ島

 三年後――


 日本の本州から遥か南方、広大な太平洋上にぽつんと浮かぶ小さな島――青ノ島。


 青ノ島は、かつて気象兵器により世界を破滅に導いた「大洪水」で島の半分が沈んだものの、辛うじて残った土地で約六十人の住民が生き残っていた。

 都市がビッグバグや核兵器による放射能汚染に侵される中、この島は奇跡的にその影響を免れていた。

 島の自然は豊かで、住民たちは生き延びるために互いに協力し合い、限られた資源を分かち合っていた。


 その島から一隻の漁船が海へ出ていく。


「父ちゃん、今日はマグロが獲れるといいな!」


 十六歳の少年・蒼井海斗あおいかいとは日焼けした小麦色の顔に白い歯を見せて笑った。


「ああ、運が良けりゃな」


 海斗の父、蒼井武流あおいたけるはタバコを口に咥えて水平線を見つめながら答える。

 朝の冷たい潮風が彼らの肌を撫で、波が穏やかに揺れている。

 海斗は漁船の縁に腰掛け、青く透き通る海を見つめる。

 彼の眼には水面下で泳ぐ魚影の群れが見えていた。


「ここにしようよ」


「よし!」


 武流が大きな網を海へ投げ入れる。


 しばらくして二人が網を引き上げると網の中に、銀色に輝くカンパチが数匹、力強く跳ね回っていた。

「カンパチか、今日は幸先がいいな」


 そう言って武流が笑った。


「マグロじゃないのか……」


 海斗は残念そうだった。


 青ノ島の海は、本土とは違い、まだ放射能汚染に影響されておらず、豊かな漁場が保たれていた。

 島の周囲にはマグロ、シイラ、トビウオ、イサキ、カンパチなどが豊富に生息し、島の住民たちの食生活を支えている。


「本土じゃ、もうこんな新鮮な魚はもう手に入らないだろうな」


 武流がカンパチを魚倉に入れながら呟いた。


「東京って、そんなに危険なの?」


 武流はタバコにマッチで火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。


「ああ……。核攻撃で街が破壊されちまったからな。今の東京には、人は一人もいないよ」


「ふーん……」


 海斗は、三年前の気象兵器による大洪水で母親を失っていた。

 それ以来、父と二人で暮らしている。

 島での生活に大きな不満はないが、「このままでいいのか?」という漠然とした不安を感じることもあった。


 今やテレビもラジオもインターネットもつながらない。世界が今どうなっているのか知る術もない事が彼にとっては、もどかしかった。


 漁から戻った海斗と武流は、獲れた魚を市場に持ち込み、村人たちに分け合った。

 武流がカンパチを捌いて切り身にして海斗がビニールパックに包んで台に並べていた。


「いいカンパチだね。これもらうよ」


 隣のおばさんが笑顔でカンパチを袋に入れていく。


「ああ、いいよ」


 ここでは金銭のやり取りは無く、すべての資源は島の人々で共有される。

 世界の破滅で貨幣経済は崩壊し、皆で協力して生きていくという考えが、この島には根付いていた。

 青ノ島の住民たちは、外界の混乱や滅亡の恐怖から隔絶された島の中で、慎ましくも穏やかな日々を送っていた。


 市場で作業を終えた海斗はバケツを洗っている武流に話しかける。


「父さん、村役場に行ってくる」


「ああ、夕飯までには帰ってこいよ」


「はーい!」


 海斗は丘の上にある村役場へと駆け出した。


 村役場の脇には、小さなヘリポートが残っている。

 かつては本土と行き来するために使われていたが、今ではヘリが降り立つことはない。


 海斗はヘリポートを横切って、村役場へ入っていく。

 村役場の村長室では青ノ島の村長・谷中正芳やなか まさよしがアマチュア無線機に向かい、慎重な手つきでダイヤルを調整していた。


「CQCQCQ、こちらはJE1WGP、ジュリエット、エコー、ワン、ウィスキー、ゴルフ、パパ……応答願います、どうぞ……」


「CQ」とは「call to quarters」の略で、誰かが聞いているかどうかを確認するための呼びかけの合図だ。この島から外部への情報が届くことを切望して、村長は数日に一度、この合図を繰り返していた。JE1WGPというコールサインも、島が本土とつながっていた頃の名残りである。 

 しかし、返ってくるのはいつも、遠くかすかに聞こえる雑音だけだった。それでも村長は根気よく通信を試みていた。


「……今日もダメか……」


 ため息をつき、肩を落とす村長。


 そこへ海斗がドアを開けて部屋に入ってきた。


「村長!何か応答あった?」


 村長は首を横に振った。


「ないな……」


「ボクにもやらせてよ」


 海斗は無線機に興味津々だった。

 スマートフォンも電波がつながらずカメラとしてしか使えない状況では、この無線機だけが外部との連絡がとれる可能性を持つ唯一の手段だった。


「やってみな」


 村長が立ち上がって席を海斗に譲る。

 海斗は椅子に座り、マイクを握りしめ深呼吸をする。


「CQCQCQ、こちらはJE1WGP、ジュリエット、エコー、ワン……えーっと、何だっけ?」


 村長がウィスキーの瓶を抱え上げる。


「ウィスキー、ゴルフ、パパだ!」


「ああ、そうか……ウィスキー、ゴルフ、パパ……応答願います、どうぞ!」


 村長はグラスにウィスキーを注いでニコニコしながら飲んでいる。


「ハッ、ハッ、ハ!どうだ、応答きてるか?」


 海斗は繰り返してマイクに向かって呼びかけた。


「……応答願います、どうぞ!」


 ダイヤルを回して聞き耳を立てる。


 すると、微かに人の声が聞こえてきた。


「……誰か……」


 海斗はヘッドフォンに耳を澄ませながら


「村長!声が、声が、聞こえる!」


「何だと!」


 村長は驚いて海斗の側へ駆け寄り、ヘッドフォンに耳を近づける。


「……聞こえますか……」


 また微かに声が聞こえた。


「これは女性の声ですね」


 海斗と村長は見つめ合い、やがて喜びを爆発させ抱き合った。


「やったぞ、外の世界とコンタクトが取れたんだ!」


「無線で世界とつながったんですね!」


「そうだぞ!やったなー!」


 今まで、村人に呆れられながら無線を欠かさずやっていた事が無駄ではなかったと、村長は踊り出さんばかりだった。


「海斗、こちらかも呼びかけてみろ!」


「はい!CQCQCQ、こちらはJE1WGP、応答願います、どうぞ!聞こえますか!」


「……誰か……助けて……」


 やがて電波が途切れた。


「助けてって、遭難したのかな?」


「どこかの船から送信されたのかもしれないな……どうしたものか」


「父さんに頼んで船で捜索に行ってみます」


「そうか、行ってくれるか!頼んだぞ」


「はい!」


 海斗は村長に敬礼をして、村長室を出ていった。

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