表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

陰謀

 スイス・ジュネーブ──


 アルプスの山並みを遠くに望む高台、その地下に世界連合軍の作戦指令本部は存在する。


 分厚い鋼鉄の扉の奥、無窓の作戦ルームでは、青白い照明の下、無数のスクリーンが不規則に明滅していた。


 中央指令官の席に座るのはロバート・バージェス将軍。


 白髪まじりの軍服姿が威厳をまとい、その鋭い眼差しが、前方モニターに投影された映像を睨んでいた。


「……欧州、中東、アジア全域で、反乱勢力の活動が急増しています」


 情報分析官が低い声で報告する。


「テロリストによる補給線の襲撃が増えています。連合軍のドローン哨戒は突破されつつあります」


 バージェス将軍が静かに腕を組んだ。次の瞬間、別のスクリーンが点灯し、精悍な顔立ちの男が映し出された。軍服ではなく、黒いスーツに身を包んだ男。冷徹な光を湛えたその目は、どこか人間離れしたものを感じさせた。


 ジェイコブ・レイヴン──世界連合軍特殊作戦部の大佐というのは仮の肩書であり、実は世界再編計画“バベル計画”の実行責任者として指揮をとっていた。


「将軍、反乱分子の掃討を急いでいただきたい。彼らの行動はフェーズ移行を遅らせる要因だ」


「……我々はすでに人員の再配置を進めている。だが、完全掌握には時間がかかる」


「時間はない。フェーズ5に移行するには、秩序の回復が絶対条件だ」


 通信は切れ、モニターが暗転する。


 横田基地地下にある専用シェルター。

 その中の一室にジェイコブはモニター越しに映る老人と会議をしていた。

 その老人の名はエリヤフ・ド・ラ・モンテ──国際文化財団理事長という肩書きを持っているが、影の政府を操る黒幕でもある。痩せて深い皺を顔に刻んでいるが、目の奥の眼光は鋭く光っていて、冷徹な支配者の風格があった。


「フェーズ5の準備は進んでいるか?」


「はい、しかし──一部地域で不測の反乱が発生しています。すでに対処中です」


「言い訳は無用だ。すでにフェーズ4までに40億人を削減した。それでも、まだ半分しか削減できてない。我々は、選ばれし種族を選別し、完全に管理された社会を創らねばならん」


 ジェイコブは頷いた。


「バベル計画はすでにフェーズ4まで完了しています」


 ジェイコブは冷静な口調で“人類削減の成果”を読み上げていった。


「フェーズ1:発展途上国に対する出生抑制。子宮摘出や不妊処置などを、医療支援プログラムとして展開──約一億人の出生を阻止」


「フェーズ2:人工感染症の設計と拡散。高齢者と慢性疾患患者の死亡数──約十億人」


「フェーズ3:ビッグバグの投入と都市部への核攻撃による強制的な人口移動と消滅。

 ──被害者総数十三億人以上」


「フェーズ4:気象兵器による食糧危機と生態系の混乱。物流の断絶により約十七億人が餓死」


 彼は報告書を淡々と読み上げていった。


「残された人口は現在、約四十億人となります」


「まだ半分だな…」エリヤフがボソリと呟く。


「だが、我々の目標は、十億人以下の最適化された人間だけを残し、統一政府の下で管理することだ」


 エリヤフは人差し指を上に突き上げた。


「我々が神に成り代わるときが来た。地球を”正しく管理”できるのは、我々なのだ」


 その言葉とともに、会議は終了し、スクリーンからエリヤフの姿が消えた。



 ヴェイオス・バイオテック社研究施設──

 横田基地近郊に位置する巨大ビル。その地下深く、完全に外界から隔離された実験区画があった。

 ガラスの隔壁越しに、一つの病室が見える。

 ベッドの上で、ひとりの少女が眠っていた。

 月島未来──彼女の身体には無数のセンサーが取り付けられ、生体反応はモニターに逐一表示されていた。


「α波が安定しています。精神は深層領域に達しています」


「バグの共鳴反応は?」


「高周波域にて、微弱ながら誘導可能です。まだ訓練が必要ですが、実用化の目処は立ちます」


 白衣の技術者たちが短く報告を交わす中、二人の男が部屋へ入ってきた。

 ヴィクター・ホルツマン──ヴェイオスのCEOであり、科学部門の最高責任者。

 その傍らに立つのが、ジェイコブ・レイヴンだった。


「進捗は?」


「未来の脳波とバグの共鳴データは十分に取得できています。現在はDNAレベルでの適合因子を解析中です。彼女の特異遺伝子が、”接続者”としての鍵になっています」


「……だが、多くのバグを制御するには彼女一人では難しいな」


「そうですね……」


「複製しろ。クローンで量産するんだ」


「できない事はないですが……倫理的に問題が──」


「我々の計画に、倫理など関係ない。未来のクローンが完成すれば、多くのバグを制御できる──彼女は接続デバイスなのだ」


 ヴィクターはジェイコブの言葉に言葉を失ったまま頷くしかなかった。

 未来は眠ったまま、何も知らずに深い眠りに囚われている。

 彼女の微かな呼吸音だけが、無機質な部屋の中で、静かに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ