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火山の島②

 翌日の朝、海斗は謙太の誘いで、地熱発電所を見学していた。


「これが主な送蒸管で、山の地下にある高温水を汲み上げ、発電タービンを回しています」


 二人を案内する発電所の所員が説明してくれた。

 発電制御室に案内されると、室内には無数の計器とモニターが並び、温度や発電量などのデータが表示されている。


「五頭島は火山がすぐ近くにあるので、この地熱を利用できます。地下に管を通して熱水を取り出し、それでタービンを回して電力に変えます。地熱発電のいいところは、天候や時間に左右されずに安定して発電できるところなんです」


「地熱発電は自然エネルギーの中じゃ、かなり優秀なんだぜ」と得意げに語る謙太。


「本当に自然の力を活かしてるんですね……」


 海斗が感嘆しているそのときだった。


 ――突如、地面が揺れた。


「地震だ!」


 海斗の足下で床が波のように揺れて、バランスを崩しそうになる。

 わずかな震えが、足元から伝わったかと思うと、すぐにそれは地鳴りに変わった。

 発電所の金属パイプが軋む音がして、警報が鳴り響いた。

 スピーカーから緊迫した声が流れる。

「噴火警報!本日十時二十二分ごろ、五頭島火山で噴火が発生しました。火口周辺では噴石や火砕流に警戒してください。所員は全員避難してください」


 避難指示が出て、所員たちが慌ただしく避難準備を始めた。


「ここを出るぞ!」


 謙太が叫ぶと同時に、遠く山頂から爆音が響いた。


 二人が外へ飛び出すと、そこには空を切り裂くように黒い噴煙が立ち上っていた。まるで地の底から怒りの声が噴き出したかのように、空に向かって巨大な煙柱が伸び、やがてその中に稲光が走る。


 それはまるで、”荒ぶる神”の雄叫びのような轟音が鳴り響いた。


「マグマが噴き出している!」と海斗が叫ぶ。


 火口から、赤く煮えたぎったマグマが溢れ出し、山肌をなぞるように流れ落ちていく。


 間もなく、火山弾が唸りを上げて空へ放たれた。いくつもの火の塊が、空を焼くように飛び交い、その一つが発電所の隅に落下し、小さな爆発を起こした。


「逃げるぞ!」


 謙太は叫び、二人はワゴン車に駆け込んだ。エンジンをかけ、ガタガタと揺れる山道を猛スピードで駆け下りていく。車の窓を叩くように降る火山灰。

 視界はみるみる灰色に染まり、空にはもう太陽の姿は見えなかった。

 轟音とともに、前方を走っていた一台の車が、大きな噴石の直撃を受け、金属がきしむ音とともに、車体が吹き飛び、黒い煙が舞い上がる。

 二人の乗る車にも、火山弾がボンネットや屋根に降りかかり破裂する。

 フロントガラスに蜘蛛の巣状のひびが走り、ボンネットから煙が上がって、車は制御を失い路肩に突っ込んだ。

 エンジンが破壊され、アクセルを踏んでも車は動かなかった。


「くそっ、動かねえ……走るぞ!」


 二人は車を捨てて走り出す。

 空から雨のように降り注いでくる噴石があちこちで落下し砕け散るように爆発する。

 火山灰に咳き込みながら、必死で走る二人。


「ハァ、ハァ、ハァ……もう少しで体育館がある、頑張れ」


 謙太が息を切らしながら、海斗を励ます。

 海斗は歯を食いしばり、謙太の背中を追った。


 二人は、ようやく小学校の体育館に辿り着いた。

 そこは、すでに臨時の避難所となっており、村人たちが体育館の中で身を寄せ合っていた。子どもを抱く母親、震える老人、皆が怯えた目で窓の外の様子を見つめていた。


 その頃、村役場では村長の赤間昇一が、無線機で職員と連絡を取り合っていた。

 パソコンのモニターにはドローンで撮影された火山の映像が映し出されていた。

 火口から噴き上がるマグマ、空は黒煙で覆いつくされ、真昼にもかかわらず、まるで夜のような暗さだった。

 その映像を見て、昇一は言葉を失っていた。


「あの時と同じだ……」


 あの時も、空はこんなふうに沈んでいた。

 昇一の脳裏に三十五年前の記憶が蘇る。


 ――三十五年前

 幼い昇一は父の背中にしがみつきながら、連絡船の甲板に立っていた。

 父の背中越しに見た五頭島の火山噴火の光景は、今でも鮮烈に覚えている。

 赤黒いマグマが山腹を裂くように流れ落ち、村の畑を焼き尽くしていく。

 黒煙は風に乗って空を覆い、明るかった海の色が、次第に灰色に沈んでいく。

 昇一の父がぽつりと呟いた。


「……捨てるしかねえのか、この島を……」


 あの言葉の意味を、幼かった昇一は理解できなかった。ただ、その背中が震えていたことだけは覚えている。

 連絡船が岸を離れるとき、昇一は父の肩から顔を上げて、島を見た。

 赤い火の線が山を這い、黒煙に沈む五頭島。

 その景色を、彼は生涯忘れなかった。


「……また、同じことが……」


 昇一は呟いた。拳を握る手がわずかに震える。

 今回は、彼が”父”の立場になる。

 島を捨てる決断を下すのは、自分だ。

 島を守りたかった。今度こそ、踏みとどまりたかった。

 村人たちの努力、若者たちの挑戦、そして自然の恵みと共に築いた暮らし。

 全てが、この一瞬で吹き飛ぶという現実を、どうしても受け入れたくなかった。

 昇一は顔を上げた。

 目前に、今まさに命の危機に晒されている村がある。

 避難所には恐怖に怯える村民がいる。

 彼は深く息を吸い込み、無線機に手を伸ばした。


「全島民避難の指示を出す。連絡船を用意して、全員を九条島に運ぶんだ」


 謙太と海斗は、避難所の片隅に灰まみれになって座っていた。


「……もう死ぬかと思ったよ」


 謙太が疲れ切ったように呟いた。


「ああ……でも、まだ生きてる」


 海斗のその一言に、謙太は笑いながら大きくうなずいた。


 スピーカーから役場職員のアナウンスが流れる。

「こちら五頭村役場です。全島民避難指示が出されました。連絡船を用意してますので、速やかに港へ向かってください。繰り返します……」


「島を捨てるのかよ!」


 謙太は驚いて立ち上がった。

 海斗が周りを見回すと、村人たちは動揺している様子だったが、避難の準備を始めていた。


「さあ、港へ行こう」と海斗は謙太を(なだ)めた。


 すでに畑は焼け、ビニールハウスは潰れ、村の大半は灰に沈んでいた。

 港へと向かう村人たちは、誰一人として取り乱さず、整然と列を作って歩いていた。


 連絡船の周囲には火山灰が降り積もっていたが、船体は無事だった。

 港で昇一は、村人たちが次々と船に乗り込むのを見守っている。

 そこへ、息を切らせた謙太と海斗が駆け込んできた。


「父ちゃん、全島民避難って、島を捨てるのか?」


「ああ、そうだ」


 昇一は苦しげな表情を浮かべながら、うなずいた。


「そんな……」


 謙太は声を詰まらせ、肩を震わせて泣き出した。


「大丈夫だ。噴火が落ち着いたら、また戻ってくればいい。もう一度、一から始めよう」


 昇一は謙太の肩にそっと手を置き、優しく言った。


「君も船に乗って九条島へ行くか?」


 昇一の問いかけに、海斗は首を横に振った。


「僕は東京へ向かいます」


 謙太が驚いたように顔を上げた。


「海斗……一緒に行かないのか?」


「僕には、助けなきゃいけない人がいるからね」


「……ああ、そうだったな」


 その言葉に、昇一も謙太も、黙ったまま頷いた。


「気をつけろよ」


 謙太が拳を差し出す。海斗はそれに、自分の拳を重ねた。


「九条島では”方舟”に気をつけて」


「ハコブネ?何だそりゃ」


 戸惑う謙太に、海斗は笑いながら手を振って別れを告げる。


「必ず戻ってくるよ」


 火山の噴煙は今もなお空へと昇り続けている。

 全島民を乗せ、連絡船がゆっくりと島を離れていった。

 海斗は、ボートに乗り込みエンジンをかけた。

 灰色の空の下、彼のボートは白い航跡を残して島を後にした。

五頭島のモデルは三宅島です。16年前に自転車のイベントで三宅島に行ったことがあるのですが、その時にゼッケンと一緒にガスマスクを渡されて驚きました。まだ火山ガスの危険があるということで、用心のために参加者全員に配っていました。西暦2000年に火山の噴火により全島民避難をして、5年後に避難解除され島を復興しようという意識が自転車イベントからも伝わってきました。危険ととなり合わせでも、生まれ育った島に生きていくという気概を感じました。

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