表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

火山ノ島 ①

 海斗は九条島から約100kmに位置する五頭島(ごとうじま)を目指していた。

 やがて、海の向こうに大きな火山を頂く島影が現れる。山頂からは白い噴煙が空へと立ち上っていた。


「あれが五頭島か……」


 潮風に乗って、鼻を刺す硫黄の匂いが漂ってくる。海斗はケースから防毒マスクを取り出し、手早く頭に被った。

 五頭島は活動中の火山島であり、いつ噴火が起きてもおかしくない不安定な状態にあった。

 島の周囲には火山ガスが立ち込めており、防毒マスクなしでは危険な環境だった。


 海斗のボートが五頭島の港に入っていった。

 桟橋にはアフロヘアに防毒マスクを被った男が立っていた。


「おまえ、どこから来たんだ?」


 ボートを停めながら海斗は一礼した。


「青ノ島から来ました。蒼井海斗です」


 アフロの男はマスク越しでもわかるほどの豪快な笑い声を上げた。


「青ノ島からボートでここまで来たのか。無茶な奴だ」


「村長さんに手紙を渡すために島を周ってるんです」


「へぇ、そうなのか。村長に会うなら案内してやるよ」


 彼の名は赤間謙太、二十三歳。島でビニールハウスを営み、果物を育てているという。

 海斗は彼のワゴン車に乗せてもらい、島の内陸へと向かう。

 車窓から見える山の中腹に、大きな煙突から白煙を上げる建物が見えた。

「あれは何ですか?」

「ああ、地熱発電所さ。火山の熱水と蒸気を汲み上げて、タービンを回して電気を起こしてるんだ」

「へー、自然の力を利用してるんですね」

「石油も原子力も頼れねぇからな。うちは自給自足でやってんだよ」

 誇らしげに語る謙太に、海斗は深く感心した。

 青ノ島ではディーゼル燃料による発電に頼っていたが、燃料が限られているため、常に節電が求められている。

 地熱発電のような持続可能なエネルギー源は、今後の鍵になる――海斗は改めてそう感じた。

「ビッグバグって、この島にも来ますか?」


「たまに飛んでくるけどな、硫黄の匂いが嫌いみたいで、すぐ引き返していくんだよ」


 そう言って謙太は笑った。


 村役場に着くと、謙太は防毒マスクを外した。

「もうマスク外しても大丈夫だ」

 海斗もそれにならってマスクを外す。


 謙太に案内されて村長室へ入ると、日焼けした顔に白いポロシャツを着た村長が、書類に目を通していた。若々しく、力強さを感じさせる男だった。


「父ちゃん、来客だよ。青ノ島から来たってさ」


 村長が顔を上げ、海斗をまっすぐ見つめた。


「青ノ島から……」


「はい、青ノ島から来ました。蒼井海斗です」


「村長の赤間昇一です。青ノ島の皆さんは、お元気かね?」


「はい、大洪水で被害を受けましたが、六十人が生き残って何とか生活しています」


「そうか……」


 昇一は深く頷いた。


 海斗は懐から一通の手紙を差し出した。


「青ノ島村長からの手紙です」


 昇一は手紙を受け取り、目を通した。

 しばらく考え込んだ後、静かに頷いた。


「……そうだな。これからは島どうしで支え合うことが必要になるだろう。うちの島も、自給自足を目指して工夫してる。その知恵を分け合えるのは、良いことだと思う」


「さっき、地熱発電所を見ました。自然の力を利用している所は素晴らしいなと思いました」


「火山は脅威でもあるが、恩恵ももたらしてくれる。自然とどう共存するかが、これからの鍵なんだ。それに我々は燃料も自前で作っているんだよ」


「燃料を自前で?」


 昇一は机の下から野菜を取り出す。


「これを使って燃料にしているんだ」


「……サツマイモ?」


「そう、この島の名産だ。サツマイモをバイオ燃料に加工して、船や車を動かしてるんだ」


「へぇー、すごいですね」


「ちょうど連絡船の修理も終わって、ようやく他の島と交流を始めようとしていたところだ」


 海斗は少し緊張しながら切り出した。


「あの……僕はこれから東京に向かうんです。燃料を少し分けていただけないでしょうか?」


「東京へ?……あそこは、もう水没した廃墟だぞ。何のために?」


「助けたい人がいるんです」


「そうか……謙太、彼にバイオ燃料を用意してあげなさい」


「了解!」と返事をする謙太。


「ありがとうございます!」


 海斗は村長に感謝して、頭を下げた。


 村役場を出て、謙太はワゴン車に海斗を乗せ、町の外れへと向かった。


「面白いもん見せてやるよ」


 道沿いにはサツマイモ畑が広がっていた。濃い緑の葉が風に揺れ、陽光を受けてきらめいている。


「ほら、あそこだ」


 謙太が指さした先には、銀色のパイプとタンクが並ぶ建物があった。畑の中にぽつんと佇むその施設は、農村には不釣り合いなほど近代的に見えた。


「ここでサツマイモを燃料に変えてるんだ」


 車を降りると、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。

「……焼き芋みたいな匂いですね」


「糖化の工程で蒸してるからな。ここじゃ、サツマイモを砕いて糖にして、酵母で発酵。蒸留してエタノールを取り出してる。それがバイオ燃料になるんだ」


 謙太は施設のゲートを開けた。中に入ると、低く響く機械音が途切れなく続いていて、芋を燃料へと変換していた。


「今はガソリンと混ぜて使ってるけど、最終的には100%エタノールを目指してる」


 謙太はタンクの蛇口からポリタンクにバイオ燃料を入れる。


「これをボートに入れるといい。ガソリンと混ざっても問題なく使える」


「ありがとう」


「東京で助けたい人って誰なんだ?」


 海斗は謙太に未来の事について話した。


「……そうか、東京ではまだ何かが起こっているわけか」


 海斗は深く頷いた。


「よし、美味いものを食わしてやるよ」


 謙太は海斗を近くにあるビニールハウスへと連れて行った。

 中にはパッションフルーツの(つる)が支柱に巻きついて、赤紫の実が垂れ下がる。謙太がナイフで実を切り、半分を海斗に渡した。


「食えよ」


 海斗はパッションフルーツを受け取り、かぶりついた。

 濃厚で甘酸っぱい味が口の中に広がる。


「うまい……こんなのも育つんですね」


「観光客がいた頃は大人気だったんだぜ」


 謙太が笑いながらフルーツを口いっぱい頬張った。


 夕方になると、海斗は赤間家に招かれた。

 玄関を開けると、謙太の母・多恵子がエプロン姿で出迎えてくれる。


「いらっしゃい、お腹減ってるでしょう?夕食を用意してますからね」


 茶の間では昇一が煙草をふかしながら本を読んで待っていた。

「おお、よく来たな」

 海斗は大きなテーブルに並べられた、ご馳走に目を奪われた。

 島近海で獲れた金目鯛の煮つけが大皿に盛られていて、赤く光る身が食欲をそそる。

 隣には揚げたての明日葉とサツマイモの天ぷらが並び、パッションフルーツのジュースがグラスに鮮やかに映えていた。


「いただきます!」


 家族が手を合わせて一斉に声を揃える。


「さあ、いっぱい食べていってね」


 多恵子に勧められ、海斗は金目鯛を口に運んだ。

 濃厚な旨味と甘辛いタレが絡み、舌に広がる。


「……うまい!」


 謙太が笑いながら天ぷらを勧めてくる。


「明日葉の天ぷらも美味いぜ、食ってみろよ」


「うん」


 どこにでもある、ありふれた家族の風景。

 海斗は母を亡くしてから、しばらく忘れかけていたものだ。

 謙太の家族とともに過ごす“家族団欒”が尊いものに感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ