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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
十個目の世界
98/106

僕たちが見る世界

 僕はトレースを見送ったあと、何をするでもなく道の真ん中に立って、いろいろなことを考えていた。世界さんは、本当に僕のことを好きなのかな。好きってどんな感じなんだろう。意味は分かる。たぶん、トレースが言っているのは恋愛の好きだと思う。でも、それってどんな気持ちなの? よくわからない。よくわからないのに、否定が出てくる。人間とはうまくできない。そんな言葉が、あらかじめ組み込まれていたかのように頭の中から出てくる。気持ちが悪くなってくる。嫌なことに気づきそうになる。好き? 世界さんが僕を? 僕みたいな化物を?

 ……あり得ない。

 僕がそう結論付けた時、空の向こうから白い人型と、黒い翼を背中に宿した人影がやってきた。


 「トレース」


 それに、世界さんも。僕は彼女の姿を見て、いたたまれない気持ちになる。どうしてだろうか。こんなとき、ララがいてくれれば、そうすれば、感情に乏しいけど感情に聡い彼女は僕のこの気持ちが何なのか、答えを出してくれるだろうに。


 「やあ、主人。任務完了だ。だが、少し調査の段階でまずいことが一つわかったぞ」

 「なんだって?」


 地面に降り立ったトレースに、僕は一歩詰め寄った。


 「それはな、水瀬世界は」

 「私が言う」


 トレースの言葉を鋭い口調で遮って、世界さんはトレースの隣に降り立った。地面に降りた瞬間、黒い翼は跡形もなく消える。


 「……世界さん」

 「ルウ君、私はある組織に追われているの。それだけだよ」

 「……それだけ、ね」


 あざ笑うかのように、トレースはそう言った。どうして? どうしてトレースはそんな言い方をするのだろう。言われた世界さんは、むっとした顔になって、トレースをにらんだ。


 「……文句あるの?」

 「いや。ふふふ、黙っていてもいつかは気持ちが伝わるなどという幻想、早めに捨てたほうが得策だぞ?」

 「なんですって?」


 静かに、世界さんは語気を強めた。


 「ふふふ、気にするな。ただの一般常識だ」

 「何を白々しい……!」


 世界さんはトレースに牙をむけるようにして唸った。……仲悪いのかな、二人。


 「トレース、彼女に何をしたの?」

 「何も? 君の命令通り、情報を収集しただけだ」

 「……本当に?」

 「もちろんだとも。キミの命令を完璧にこなす。それが、ボクという存在なのだから」


 トレースはそういうと、恭しく一礼した。そのさまはすごく似合っている上に気持ちのこもったものだったので、まるで僕がご主人様にでもなったような気分にさせられた。


 「主人。彼女はルオに追われている。家族を皆殺しにされたようだな」


 トレースがそういうと、世界さんがすごい形相で彼女に掴みかかった。その瞳は潤んでいた。


 「ど、どうした」

 「あの子は……あの子はまだ死んでないの! 生きてる! 助けれる……はずなの……!」


 目に大粒の涙をためながら言う彼女は酷く悲しそうで、すごく苦しそうだった。


 「残念だが、君の妹はもう死んでいるのではないか? 君の記憶を見た限り、あんなことをされた幼子が生きているはずが……」

 「黙って!」


 トレースの言葉に、世界さんは声を荒げた。胸倉をつかんだまま、懇願するような格好でトレースのことを見続ける。その視線を受けながら、トレースは口を開いた。


 「幻想にすがりたいのか? 毎日毎日、『従え』という文面と共に送られてくる妹のパーツ。昨日で両手両足全てを」

 「言わないで」


 世界さんはトレースの服から力を抜く。首を振って、言葉を遮ろうとする。それでも、トレースは止まらなかった。


 「無駄な希望は、抱けば抱くほど絶望が広がっていく。……現実を見ろ」

 「……!」


 世界さんは、脱力して地面にへたり込んだ。


 「……なんで、そんなこと言うの……?」

 「主人に、錯乱する君を見せたくないからな」


 世界さんは僕を見た。なんだか熱のこもった視線で、僕は少しだけどぎまぎとしてしまう。


 「そんな気遣い……私は受ける資格なんてないよ。私は……ダメな人間だから。あの人たちに従ったら何をされるのか、何をさせられるのかが怖くて、『私と引き換えに皐を助けて』って言えないの。……何度言おうと思っても、怖くて、怖くて……」

 

 怯える世界さんをしり目に、トレースが僕のほうに視線を向けてきた。何かを言えということだろうか。でも、僕の中では世界さんの妹さんがバラバラにされている、ということを知っただけで、もういっぱいいっぱいで、何を言えばいいのかなんて、全然わかんなくて。


 「せ、世界、さん」

 「……ルウ君。私に近づいたら、死んじゃうよ? ふふ、いろんな意味でね」


 口の端を広げて自嘲した彼女は、弱弱しく威嚇するように世界さんは自らの背に漆黒の翼を出した。でもそれは折りたたまれて、小さく彼女の背中でまるまっている。その様子はまるで、今の彼女の心境を表しているようだった。


 「大丈夫だよ、世界さん。きっと、きっと何とかなるよ」


 僕には、そう言うだけで精一杯だった。世界さんは僕のほうを見て、憐れみを向けるような顔をした。


 「ルウ君……あなたは、何も知らないのね」

 「し、知らないけど、それでも」


 それでも、きっと何とかなるはず。僕はそう思っている。根拠なんて何もない。けど、きっと。


 「……そんなこと、無理だよ」

 「不可能ではないだろうな」


 あきらめたようなことを言った世界さんとは対照的に、トレースは自信満々に言った。世界さんは驚いたような顔をしたあと、いぶかしげにトレースを見た。


 「なんでそんなこと言い切れるの?」

 「ボクがルウの奴隷で、強力な道具だからだ」


 トレースが自分のことを万能無限だと言わなかったのを、僕は初めて聞いた。もしかして、この世界では彼女はあまり力を使えないのであろうか。


 「それだけではない。主人の娘二人も、強力な力を持っている。無理強いはできないが、協力してくれるのなら、たいていのことはできるだろう」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待って」


 世界さんが手でトレースを制した。その額には冷や汗が流れていた。


 「なんだ」

 「む、娘? 二人?」


 トレースは僕のほうを向いてきて、目配せをした。僕は頷く。


 「主人にはリリーとララ、という娘がいる」

 「!?」

 「だが、安心しろ。主人が特定の誰かと『そういう』関係になったことはない」


 そういう関係? いったい何のことを言っているんだろう? 僕は疑問に思ったけれど、二人が話しているので黙っている。


 「え? じゃあ、いったいどういう」

 「君と同じく、特殊な能力を持って生まれ持ち、迫害されていた子供を引き取ったのだ」


 世界さんは目に見えてショックを受けた。


 「そ、そんな」

 「ま、滅多にないことだがな。君が気にすることはない」


 そう言われても、世界さんは苦い顔をやめなかった。やさしいんだな、世界さんは。


 「あ、ルウだ!」


 後ろから声をかけられて、僕は振り向いた。そこには仲良く腕を組んで歩いているララとリリーがいた。ララは気恥ずかしそうに頬を染めながらも、リリーと歩いている。


 「やあ、二人とも」

 「……お父さん」


 二人は僕たちに気づくと腕を組むのをやめてこちらに向かってきた。ララは歩いて、リリーは小走りで近づいてくると、世界さんのほうを興味深そうに見つめた。ララは痛ましそうな顔をして、リリーはまじまじと見ている。世界さんはその二人にすごく驚いた様子だった。それからあわてて、背中の翼をしまった。


 「その翼、どうしたの? お姉さん、天使なの?」


 リリーは世界さんに興味が尽きないようだ。なんだかちょこちょこしてかわいらしいなぁ。最初に出会った時とは、かなり印象が違う。命の危機が去ったから、明るくなったのかな。

 

 「……黒い翼の天使なんて、いないでしょ?」

 「いるかもしれないよ? 緑の翼の天使とか、赤の翼の天使とか、カラフルで綺麗じゃない?」

 「……ふふ、そうね」

 

 世界さんは虚を突かれたような顔をしたあと、クスリと笑った。


 「でも、私の翼は命を奪うから。天使様よりは、死神みたいな感じかな」

 「そうなの? でも、綺麗な翼だったよね、ララ?」

 

 話を振られたララは、リリーの服の裾を引っ張って、自分のほうに引き寄せた。その顔はやはり痛ましそうだった。やっぱり見えているんだろうな、世界さんの心が。


 「……ごめんなさい。リリーは、何も知らなくて」

 「え、いや、気にしなくてもいいよ?」

 

 ララはそれでも、頭を下げた。


 「お父さん、私たち、家に帰っておくね。……今日中には買ってくる?」

 「え、あ、うん」

 「私は死にたくないし、リリーに無茶もさせたくない。だから、手伝えない。ごめんね」


 ララに言いたいことを先回りされて、そう言われた。手伝えないと言われたけど、僕は嬉しかった。

 ララはついこの前まで自分を投げ出しそうな危うさがあった。けど、こうして自分を守ることを覚えてくれた。僕はそれが嬉しい。


 「そう。それじゃあね、お父さん」

 「あ、うん。気を付けて帰ってね」


 ララはそれからもう一度頭を下げると、リリーを半ば強引に連れて行った。


 「ちょっと、ララ? なんで? いいじゃん、もっとお話ししようよ!」

 「ララじゃなくて『お姉ちゃん』。もう少し人のことを考えてあげて」

 「ララ……お姉ちゃんみたいに心読めないもん! わかんないって!」

 「読むんじゃなくて、考えてあげて、って言ってるの」

 「ああ、もう、ララのてつめんぴ!」

 「……?」

 「なんで意味わかんないのさ!?」


 そんなふうに会話しながら、二人は家路についた。


 「……ふ、不思議な二人、だね」

 「だからあの二人はルウの娘になったのだ」

 「そ、そうなの……」


 トレースが少しだけ悲しそうに言うと、気を取り直すかのように僕のほうに向きなおった。世界さんも立ち上がり、僕とトレースとが見える位置に移動した。その顔は戸惑いに満ちていた。トレースが何を言うのかが、気になるのだろうか。


 「主人、どうする?」

 「どうって?」

 「これから世界とルオとの争いに巻き込まれるわけだが」

 

 トレースの言い方に、世界さんが傷ついたような顔をした。僕はむっとなって、言い返す。


 「巻き込まれるんじゃないよ。僕が自分で首を突っ込むんだ」

 「……そうか。では、首を突っ込むわけだが、具体的にはどうするのだ?」


 そう言われて、僕は考える。

 僕にはいくつか選択肢があるはずだ。世界さんと共にルオと戦うか、世界さんをどこか遠く、あるいは世界の外に逃がすか、世界さんの妹さんを助ける手伝いをするか。


 「ボクの私情が入るのだが、ルオと戦うのをお勧めする」

 「どうして?」

 「一度勝てた相手なら、勝てるだろう?」


 僕は頷けなかった。だって、前にルオと戦って勝てたのは……僕の実力じゃない。それなのに、また戦うなんて。


 「世界さんは、どうしたい?」

 「皐を助けたい!」


 間髪入れず、彼女は答えた。必死で悲痛な声は、彼女の想いの強さを如実に表していた。


 「ふむ、では皐の居場所から探ろうか。向こうから攻撃してきているのだから、情報を得るのは容易いだろうな

 「攻撃して来てるって?」


 僕がそう言うと、世界さんは苦い顔をして右手をさすった。その仕草はどういうことだろうかと思っていると、トレースが口を開いた。


 「空中にいるときにな、彼女の右腕が狙撃され、欠損した。ま、ボクが治したがな」

 「治したって、あの無茶苦茶痛いアレ!?」


 トレースは頷いた。僕は慌てて世界さんのそばに駆け寄る。


 「だ、大丈夫!? 痛くない?」

 「え、あ、う、うん、大丈夫だよ?」


 彼女の右手をよく見る。継ぎ目すらない。けど、この右手は一度なくなって、トレースのめちゃくちゃ痛いアレで治してもらったんだ。今でも痛むのだろうか。どうなんだろう。世界さんの顔を見る。顔が赤くなっていて、困ったように苦笑している。痛みで熱が上がったんだろうか。痛いのに無理して笑おうとしているのだろうか。


 「大丈夫なもんか。アレわけわかんないくらい痛いのに! 休まなくて大丈夫!?」


 僕はトレースを手招きした。彼女は何も言わず近づいてくれる。


 「ね、ねえ、大丈夫なの彼女?」

 「キミのと違って軽傷だ。痛みも一瞬で済む」

 「よかったぁ」

 

 僕は胸をなでおろす。よかった。あんな痛い思い、誰にもしてほしくないから。世界さんは視線をさまよわせているのは、痛みとかで視力が落ちたのだろうか? そもそも痛過ぎると視力って落ちるのだろうか? どうなんだろう? トレースに聞いたら答えてくれるかな。


 「る、ルウ君、ちょ、ちょっとち、近い」

 「あ、ごめん」


 世界さんに言われて、僕はあわてて一歩下がる。


 「そのまま幸せを享受していればよいものを」

 「うるさいなぁ。いいじゃん、別に」

 

 二人のとげとげしい会話を聞いていると、どうしてこんなに仲が悪いのだろうと思ってしまう。……ほんと、なんでだろう?

 

 「ね、ねえ、喧嘩していないで、早く探して助けてあげようよ。ね?」

 「……そうだな。心も無事だといいな」

 「……! なんでそんなこといちいち言うのよ!?」


 すまないな、と言ってトレースは肩をすくめた。


 「トレース、あんまり言ったらダメだよ。黙って探して」

 「了解、我が主人」


 つい言い方がきつくなってしまったけど、トレースは文句ひとつ言わず探し始めてくれる。……なんだか怖いなぁ。僕がもし悪戯心で『服を脱げ』なんて命令をしても、淡々とこなしてしまいそうで。


 「……見つけた。だが……いや、なんでもない。さあ、行こう。空は狙撃手がいるから地上から行こう」

 「うん」


 トレースは十字路のある一方に向かって歩いて行った。僕も世界さんもついていく。僕は彼女の様子を少し見る。


 「……『だが』何? ……無事でいて、皐……」


 不安そうな顔で両手を祈るようにして組みながら、彼女はトレースについて歩いていた。


 ……無事だったらいいな、世界さんの妹さん。

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