寂しさを募らせて
なぜ、百年もの間一切老いることなく生きることができたのか。その質問に答えてもらうよりさきに、僕は答えを得ることができた。
「ま、とにかくだ。ちょっと話せや。何しに来た?」
「……観光?」
「こんな辺鄙な荒野にか? ……信じてやるよ、仕方ねぇな。ま、座れや、お客人。じいちゃん、イス」
「わかっちょる」
ストラさんがうなずくと、荒れた大地から土がせり上がり、それは誰が見ても七人くらいは掛けられるであろう長いすだった。おそらくそれは不思議な力か、魔法によるもので間違いなかった。多分彼らは魔法使いで、不老の魔法を使ったんだろう。
「ほら、後ろの方に残してる嬢ちゃん達を呼ばんでいいのか?」
「……え、あ、ううんと……。トレース?」
どうして彼女達をよびたがるのか、二人の意志がいまいち読み取れず、僕は隣にいるトレースを頼った。
「ま、問題はあるまい。二人を呼ぶぞ」
ふっと、次の瞬間には彼女はいなくなった。
「おまえさん、あの尊大な奴からえらく慕われとるようじゃが……まさか姉弟か?」
「いえ、違います」
なんでトレースと僕が姉弟だなんて発想になったんだろうか。
「え、姉弟じゃねえの?」
「うん」
「……じゃあなんで似てんだよ」
「似せたからな」
後ろからいきなりトレースの声が聞こえて、僕は思わず飛び上がった。
「と、トレース!? いきなり声を掛けないでよ……」
「すまない。それと、二人を連れてきたぞ」
僕は振り返って、娘の様子を見る。
リリーは人見知りしたみたいでトレースの後ろに隠れてしまっている。対照的に、ララはおびえた様子もないし、警戒している様子もない。安全、ってことでいいのだろうか。
「初めまして。私の名前はララ。よろしく」
ぎこちない笑顔で、ララは言った。うん、やっぱりララが仲良くしようとするってことは、この人達はいい人だってことだ。
「おう、よろしくな嬢ちゃん。俺はタクト。こっちはじいちゃんのストラ」
「よろしくな、お嬢ちゃん」
二人もララに笑顔を返す。
「……」
二人に悪意がないからだろうか、ララはどこか楽しそうだ。
「……ララが初対面の人間に懐くところ、初めて見た」
リリーはそんなララの反応が珍しいようだった。
「……この人達は長い間生きていて、他人がいないから、変な欲にまみれてない。誰かと会いたい、っていう気持ちだけが耳に聞こえるけど……」
そこまで言うと、ララは一度目を閉じた。
「……綺麗な叫び。殺意を怒鳴り声に例えるなら、この人達のはソプラノの歌声」
まるで、二人の心を楽しんでいるかのような、そんな言い草だった。
「驚いたな。心が聞こえるのかい、お嬢さん」
「……うん」
ストラさんの問いに、彼女は素直に答えた。
「……ワシ達がなぜ長生きなのかも、わかるか?」
「……」
すっと、ララは目を開け、二人の姿を見る。僕やトレースに向けたみたいな、全てを見透かすような目で。
「……魔法。信じられないけど、あなた達は世界の理を捻じ曲げるぐらい強力な魔法を使って、不老になった。……違う?」
「違わんよ」
ストラさんは笑顔で言った。予想通り、彼らは魔法を使ったんだ。
「あの、ストラさん」
「ん?」
僕はあることを決心し、ストラさんに話を切り出す。了承してくれるだろうか。
「その魔法、教えていただけませんか?」
「……ふむ。構わんが……習得にはかなりの時間が」
「ボクがいるぞ」
ストラさんの話を遮って、トレースは自分の胸を自慢げに叩いた。
「お前さん、何かもっちょるのか?」
「ボクは持ってない。むしろ、主人に所持されていると言った方が正しい」
そうトレースが言うと、タクト君が立ち上がった。
「……まさかあんた、魔法の道具か?」
「よくわかったな! ボクは至高にして究極の道具、トレスクリスタル! 我が主人、ルウ・ペンタグラムに恒久の忠誠を誓う万能の道具だ!」
名乗りが長いなぁ……。
僕は少し気恥ずかしさを感じながらも、タクト君を見る。彼は何かワクワクしているような感じだった。
「すげぇ、すげぇ! 万能の道具に、心を見透かす子供! そんな二人を連れてるお前、何者だよ!?」
「え、ぼ、僕? 僕は……ただの父親だよ」
いや、ダメな父親かな。まだ守られてばかりで、誰も守れてないんだから。
「父親!? その歳でか!? やっぱすげえ! なぁ、さっきまでの無礼全部許してやるから、色々話してくれよ!」
「え?」
いきなりの言葉に、僕の目は点になった。
「俺たちは不老の魔法使った最後の人間だ。あとはみんな死んじまった。だからな、俺めちゃくちゃ暇なんだよ! 旅の話を聞かせてくれ! 異世界の話を教えてくれよ! 代わりに不老の魔法教えるからさ!」
「な、なんでそのことを……」
なんで異世界人だということがばれたのだろう。
「ワシらがこの世界最後の人間なのじゃ。魔法のせいで老いず、外敵もないから死なず。この世界に存在する人間はがいないなら、あとは外の世界から来たと推測するしかなかろう。少しで構わないから、話してくれんかの?」
そこまで言うなら、話そうかなぁ。僕はそう思って、口を開こうとした。その時。
「よし。では話そう。ボクと主人が出会った時から、主人の旅は始まるのだ。そう、それは忘れもしない一ヶ月前……」
「……」
勝手にトレースが話を進めていた。まあ、いっか。楽しそうだし。
僕はしばらく、吟遊詩人のように僕たちの旅路を話すトレースの言葉に、耳を貸していた。
……そこにつむがれる、残酷な物語を。