恐れた故の……
それからすぐに世界の外に出て、僕の故郷に戻ったのはいいんだけど……。ついてきたミリアの様子がおかしかった。
「……」
怯えるように、歩いている僕の後ろにぴったりと寄り添い、何もないのにキョロキョロと挙動不審ぎみに辺りを見回している。トレースはその様子に対して呆れたように息をついた。
「どうした、ミリア」
「未来が見えないのが怖いんですっ! もう覚悟はしましたから、早くララのいるところに行きましょう!」
「別に、怪物がいるわけでもあるまい。いても、ボクが始末する」
安心させるようにトレースは言ったけど、ミリアには通じなかった。
「で、でももしかしたら私だけ食べられちゃうかも……」
「あのな。少しは信用してくれ」
ミリアはふるふると首を振った。いつも未来が見えている彼女にとって、見えないという状況は恐怖以外の何ものでもないんだろう。言うなれば、目を塞がれた感覚に近いのだろうか。
「そ、それは……」
「信用できんか?」
「……その、十年もほっとかれてましたから……。トレースがどんな人か、忘れてしまいまして」
「……そうか」
寂しそうにトレースは言うと、僕たちの前に出て歩いた。ひたすらに前を見て、会話をする気はないみたい。……ショックだったのかな?
「お父さん。今なら聞けます。ララはどうしたのですか?」
「……知らないの?」
僕は驚いた。ミリアはさっきの世界で事情の全てを知ったのだと思っていたのに。
「ええ。知る未来を見る前に、知らない未来を確定させましたので。……ギリギリでしたから、ララの命が危ない、ということだけは知っています。……もう幸せは諦めましたから、早く事情を」
「……」
僕は、今更ながらになんてことをしてしまったのか思い知らされた。僕はララの命を助ける為に、ミリアの幸せを奪ったんだ。……やっぱり、僕はダメだ。ちょっと強くなったぐらいで満足してちゃダメなんだ。もっと、もっと強くならないと。ミリアの力が必要なくなるぐらい、強く。
「主人」
僕が事情を説明しようとすると、前を歩いていたトレースはララがいる世界の前で立ち止まって、振り返った。
「……どうされたのですか、トレース?」
「今、ララは死にかけている。詳しい事情はボクらも理解していない。が、わかっていることが一つだけある」
トレースは僕とミリアを交互に見て、言う。
「ララは、どこかに連れ去られ、殺されかけている。ララの居場所を知ることができ、なおかつ最高の救出方法を導き出せるのはミリア。キミしかいない」
ミリアはトレースの言葉を聞いて、びくりと体を短く跳ねさせた。
「……どうした?」
トレースは訝しげに聞く。
「……そ、その。重役すぎて、私には……」
「キミにならできる」
「……昔なら、できたかもしれませんが……今は」
自信なさげにミリアはうなだれた。
「……やってみなければわからん。ゆくぞ。もし無理でも、ボクがサポートする。安心しろ」
「……はい」
まだまだ不安そうだったけど、ミリアはしっかりと頷いた。トレースはそれを見ると微笑んで、扉を開けた。
「……征くぞ、主人。ララを救おう」
「うん」
僕は力強く頷くと、トレースが開けてくれている扉の向こうへ身を乗り出した。
すると、一気に景色が変わる。黒と白の味気ない世界から、空の青、地面の土色、遠くの森の緑など、様々な色を含んだ綺麗な世界に。僕が降り立ったのは、フォーリナー魔法学校跡。ルオと戦ったときにできた瓦礫がそこらじゅうに散らばっている。後ろを見ると、ミリアがこっちで頭を抱えていて、トレースが世界の扉を閉じている最中だった。
「ミリア、大丈夫?」
「……はい。ララを助けましょう、早く」
ミリアは、手を頭の上から離した。叫んだり暴れたり落ち込んだりするものだと思っていたのだけれど、ミリアは気丈に言った。
「……わかった。行こう、トレース」
「了解」
世界の扉が虚空に消えたのを確認すると、僕はとりあえず前に歩を進めた。
「大丈夫、ミリア?」
「はい。久しぶりに残酷な未来を見たもので。事情も理解しました」
残酷な未来……。また、見せてしまった。覚悟していた事だけど、罪悪感が拭いきれない。
「にしても、妙な世界ですね。魔法は認めるのに、超能力は認めないのですか」
「え」
僕はあっけにとられた。ミリアは、ほんの少しの間に僕達が知らないことすら、もう知っているんだ。僕なんて、ララが攫われた、ぐらいの事情しか知らなかったのに。
「超能力を嫌悪する魔法使いが起こした事件ですね、これは。ララのいた施設が超能力持ちの子供達をかくまうものだと気付いて、襲撃したようですね」
僕はすっかり感心して聞き入っている。
「……施設の子供達はどんな能力を持っている?」
「心を見透かす能力、魔力を無効化する能力、地面を自在に操る能力、他人の感覚を乗っ取る能力、幻覚を作る能力、光を曲げる能力、瞬間移動をする能力、ですね」
……そんなにも、たくさんいるんだ。
「お父さん。ララ以外の囚われている子はどうしますか?」
「ララを助けてから助けるよ」
僕は即答した。見捨てる、という選択肢は僕の中になかった。助けれる人は全部助ける。そう決めたんだ。助けることを諦めたら、本当に助けたい時にも助けられないかもしれないから。
「けれど、お父さん」
「どうしたの?」
歩きながら淡々と否定の言葉を言うミリアに嫌な予感を覚えながら、僕は彼女に聞いた。
「ララが囚われているのはここから三百キロほど離れた白い家屋の中です。他の子たち六人も百キロ間隔で囚われています。家の位置も、囚われている場所も、敵が何人で、どこに誰がいるかも全てわかります。……が」
ミリアはそこで悲しそうな顔をした。
「助けられるのは、二人です」
僕とトレースは絶句した。ララを含めて七人もいて、助けられるのは、たったの二人!?
「それは、なぜだ」
「お父さんとトレースが別行動して、二人助けることができます。ララともう一人誰かを助けた時点で……他の子は、殺されてしまいます」
「そんなっ!」
そんな、それじゃあ、僕は……五人も、見捨てる事になるの? 僕は心の中で叫んだ。