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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
八つ目の世界
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関係の終焉、再生に向けて

 学園長、ララが眠る横で、僕とトレースは話していた。トレースは瓦礫に座ってララを支えながら、僕は失った左腕を右腕で押さえながら。


 「どうすればいいかだって……?  そんなの、わからないよ」

 

 ララの記憶を消す。辛い記憶全てを消して、元通りに……。それは、一見いいことなのかも知れない。

 でも、もし記憶を取り戻したら? それ以前に、そんな、娘の頭をいじくりまわすようなことをして……本当にいいの? その答えは、依然として見えない。


 「……そうか。記憶を消す、ということに賛成がもらえなかった以上……。ボクは、ララの記憶をこのままにしておく」


 トレースは苦しそうに言った。


 「ごめんね、トレース」

 「いや、気にするな。……キミは、間違っていないのだからな」

 

 トレースは断言した。トレースだってわからないはずなのに、僕のために、断言してくれた。


  「……僕には、何が正しいのかわからないよ」

  「ボクもだ」


  トレースは嘆息してから、ララを見た。


  「……ララには、幸せになってほしい」

  「僕もそう思う」


  ララだけじゃない。ミリアにも、幸せになってほしい。けど、今のままじゃ……。


  「だが、今のままでは確実に、幸せになれない。けれど、ボクらがとれる方法は、二つにひとつしかない。一つは、記憶を消して、この世界にララを残すこと」


  もう一つは、言わなくてもわかる。


  「もう一つは……」

  「記憶を残したまま、この世界に置いていく、だよね」


  記憶を残そうと残さまいと、ララはここに置いていく。イヤだけど、僕は弱いから。次にルオと遭って、勝てる自信はない。……だから、ララはここに置いて行かないと……。記憶をそのままにしておいて、いいのかどうかわからないけど……。


  「……そうだな」

  「うん。もし、僕のワガママでララを連れていって、もしララが……死んでしまったら……」


  僕はもう、きっと何もできなくなる。


  「そうなったら、やりきれん。……しかし、記憶を消すのはしないと決めたのだから、実質一つ、か」

  「……だね」


  僕はもう一度空を見上げる。ララは何を思ってこの空を見上げていたのだろう。……何も思いたくなかったからかな。


  「とにかく、学園長に話を通すぞ」

  「わかった」


  トレースは学園長のそばまで歩くと、彼の肩を何度か揺らした。


  「う、む……」


  すると彼は、ゆっくりと目覚めた。目を開けて、上半身を起こす。彼は瓦礫だらけになったフォーリナーの魔法学園を見回すと、呟くように一言。


  「……ヤツは?」

  「追い払った」


  トレースが、学園長に肩を貸しながら言った。彼はトレースによりかかりながら、ゆっくりと立ち上がった。


  「……そうか。守ってもらったようで……すまんかったな」

  「気にするな」

  「いや、気にしないわけにもいかないじゃろうて」

  「……ならば、ララを保護してもらおうか」


  きっぱりと、トレースは言った。それは聞きようによっては脅しにも取れないこともないけど、僕は事の成り行きを見守っている。きっと、上手くいく。だから、心配せずに見守ろう。


  「……何かあったのか?」

  「ああ。だから、頼む」

  「……わかった」


  トレースの頼み事を、学園長は断らなかった。元々ここで保護するつもりだったのもあるだろうけど、トレースが頼んだのも、大きいのかもしれない。

  

  「……話は決まったな。ララを、起こすぞ」

  「えっ……?」


  眠るララに近づいて、起こそうとするトレースを、僕は呼び止めた。彼女は僕の方を向いて、疑問の声をかけてくる。


  「どうかしたか?」

  「……いや、その」


  このまま、行くんじゃないの? ララを眠らせたまま、行くのではないの?


  「……ララに承諾を取らねば、本人はキミに捨てられたと思うかもな」

  「僕は捨てたりなんかしないっ!」

  「わかっている。が、説明せねば理解もされん。わかってくれ。……辛いだろうがな」


  そういうと、トレースはララの額に手をあてた。


  「……ん」


  軽く微睡んで、ララは目を開けた。


  「……トレース?」

  「キミは心が見える。説明は不要だろう。が、ボクはキミに言う。これから先は危険だ。だから、ここにいろ」


  しっかりと、トレースはララに言った。


  「……私、足手まとい?」

  「もしそうならば、キミが目覚める時にボク達がここにいることはない。……心配だから、ここに置いて行くのだ」

  「……お父さんは、どこ?」


  ララは起き上がると、僕の姿を探す。


  「……お父さん」

  「トレースの言葉に、嘘はないよ」

  「お父さんの言葉を聞きたいの」


  ララは見透かすような視線を僕に向ける。ある種、咎めるような鋭い視線。


  「……ララ、よく聞いて」

  「うん」

  「僕は弱い」

  「そんなことないよ」


  ララは、ずるい。僕はララに嘘をつけないのに、ララは僕に嘘をつけるんだから。


  「……嘘じゃないよ」

  「……僕は弱い。君を守れなかった」

  「私、生きてるよ。心も、体も」


  ララの言葉が胸に響く。


  「……でも、君を傷付けた」

  「あれは、仕方のないことだよ。もし私がお父さんでも、ああ言うよ」

  「僕が強ければ……君を守れたのに」

 

  もし、僕が強ければ。ルオやオリジンの目に止まらないくらい速ければ。そうすればもしかしたら、ララが人質に取られることもなかったはずなのに。


  「……お父さんは十分強いよ。だから、安心して」


  ララは僕に微笑んだ。ぎこちない笑顔だったけど、その表情は思いやりに満ちていた。


  「……たとえ十分強かったとしても、君を守れなきゃ、意味ないよ」


  たとえララに優しく言われても、僕は自分を認めることはできなかった。


  「……お父さん……」

  「僕は弱い。君を守れない。だから、ここにいて」

 

  僕は視線を逸らさずにララに告げた。するとララは目を閉じて言った。


  「……十分強くなったら、迎えに来てくれる?」

  「約束するよ」

  「……信じる」


  ララは目を閉じたまま、僕に言った。


  「さ、二人とも。早く行って」


  ララは僕たちに背を向けて言った。


  「行くぞ、主人」

  「……うん」


  トレースに促されるまま、僕は虚空に扉を生み出し、それを開けた。扉の向こう側には、全体的に黒が多い僕の故郷が見えている。


  「お父さん」


  その向こう側に行って、この世界を出る間際、目を閉じたままのララが言った。


  「私、恨んでないし辛くない。だから……旅を楽しんで、お父さん」


  僕は立ち止まった。感情が感じられない声色だったけど、その内容は、僕達を気遣うものだった。


  「……ほら、返事してやれ」

  「ララ、また会おう!  今度はきっと、強くなってくるから!  だから、待ってて!」


  楽しむ、と明言はできなかった。これから僕は強くなる。誰よりも何よりも強くなって、ミリアやララが何も心配せずにいられるようにしてあげるんだ。そのために、頑張らなきゃ。楽しんでなんか、いられない。


  「……うん。待ってる。たとえ何があろうとも……ずっと、ずっと」


  そんなララの声を最後に、僕達は外の世界に出た。


  きっと、きっと強くなって帰ってくるから。待っていて、ララ。

  


 


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