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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
八つ目の世界
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見えない答え

 「……幻覚?」

 「そうだ、幻覚だ」


 僕はほとんどオウム返しに聞いた。幻覚の意味を知っていても、それがララに何を及ぼしたかなんて、全く分からない。……自分の情けなさに腹が立ってくる。


 「人間、自分が視ているモノがすべてだ。実際にそこになくとも、在ると感じ、信じたのならばそれは『在る』のだ。……見ている本人にとってはな」

 「……うん」


 なんとか理解できた。けどそれと幻覚と何の関係が……。


 「つまり。オリジンの高度な魔法による幻覚は……ララに多大な恐怖と心的外傷を刻み込み、わずかな言葉で恐怖を思い出すまでに至った、というわけだ」

 「……それほどまで強い幻って、どんなの?」


 僕には想像ができない。でも、知らなきゃいけないんだ。僕は、父親なんだ。娘が傷ついている理由ぐらい、知っていなきゃ。

 

 「……言えん」

 「どうして!?」

 「キミに見せるべきものじゃない」

 「でもララは!」

 「わかってる!」


 初めて、トレースが僕に怒鳴った。僕は冷や水をかけられたように、口をつくんでしまった。


 「……わかっている。わかっているさ。キミは優しい。より良い父親になろうと必死なのだろう。そんなこと、痛いほどわかる。……だが駄目だ。あれは見てはいけない。……人が耐えられるようなものではない。ララが心を失くしたのは、当然のことなのだ。……あんなものを、長時間見せつけられてはな」

 「……何が、あったの」

 

 それでも知りたくて、僕は聞いた。トレースは渋い顔をして、首を振ることしかしてくれなかった。


 「……どうして? 僕は父親なんだよ? ……たとえ、家族の始まりが嘘だったとしても……」


 僕の家族が初めてできたきっかけは、敵に吐いた嘘だった。でも、そんなのは関係なくて、そんなのはきっかけにすぎなくて。僕はちゃんと、ミリアのこともララのことも家族だって思ってる! この気持ちに嘘はない! 


 「……ああ、そうだ。始まりが嘘だったとしても、キミが家族を想う気持ちは本物だろう。……だが、それとこれとは話が別だ。ララが視た幻覚をキミが知る必要はない」

 「……でも!」

 「……ボクは、ララの記憶を見た」

 

 どこか疲れたような雰囲気をかもしながら、トレースは呟く。

 

 「もし、あれをそのままキミが見たら……。ララがもう一人出来上がる。意味は……わかるな」


 それは、ララのように心を失くすという意味なのだろうか。


 「……よく、壊れなかったと感心するよ」


 トレースは母親がそうするように、優しくララの頭をなでた。


 「人の心を見ていたからって、心まで強くなるわけではないのに……な」


 穏やかで、優しい。トレースは、ミリアに対してはそうでもなかったのに、ララには妙に肩入れをする……。そんな印象が、僕にはあった。


 「……ねえ、トレース」

 「なんだ?」

 

 思い切って、聞いてみようと思った。……興味本位では、けしてなかった。どうして、トレースがこうも優しく、親身にララを扱うのか……。知りたくなった。


 「どうして、ララにはそんなに優しいの?」

 「悪いの……か?」

 

 トレースは頭をなでる手を止め、戸惑うように僕に聞き返した。


 「……そうじゃなくて。どうして、って思ったから」

 「……そうだな」


 いつくしむような目を眠るララに向けながら、トレースは独白する。


 「……そうだな。境遇が似ていたから……だろうか」

 「え?」

 

 境遇が……似ていた?


 「そう。そうだ。ボクはララを助けたいと思う。幸せにしてやりたいと思う。キミの命令云々を抜きにしても……ボクはそう思う。もし、『ララを殺せ』とキミに命じられたとしたら……。ずいぶんと長い時間、悩むと思う」


 その言葉には、悩むけれど最終的には殺す、というニュアンスが含められているような気がしていた。……それでも、『ルウの命令は絶対』といつも言っていたトレースにしては……珍しいことだった。


 「それは……それはな、ルウ。ララが、ボクと同様、不必要と断じられて、捨てられたからだ」

 「……」


 トレースは、トレースを作った人を不老不死にしたあと、封印された。トレース自身では絶対に解くことのできない強固なモノによって。ララは、ララを作った研究者たちの手によって、殺されかけた。解けない封印と、絶対な死。


 「だから……こんなにも肩入れするのだろう。ボクは道具だ。人とは違う。だがな、ララとは他人の気がしないのだ。ボクやララは望むまま造られたはずなのだ。いや、望む以上の能力を持って生まれてきた。それは祝福されるべきことなのだ。……そのはずなのに……。結局、創造主の都合で、ボクも、ララも、死が決まった。……ボクの場合は、封印だったがな。いや、実際に破棄が決定されていてもおかしくなかったのだ。だから無性に、自分を重ね合わせてしまう」


 トレースは辛そうだった。やっぱり、創造主に見捨てられるというのは、辛いことなのだろうか。


 「だから、こうも世話を焼いてしまうのだろう。……ボクにできることなど、たかが知れているが」

 「……弱気だね」


 本当に、ララが相手ならトレースはとことん弱気になってしまう。そこが人間のようで、ほほえましいのだけれど。今は、そうも言っていられない。


 「ああ。柄にもない。ボクは万能無限の道具。……だが、この子の心を戻すことはおろか、癒すことすらできない。……なんて体たらくだ」

 「そんなことないよ」


 ふるふるとトレースは首を振り、何かを決めたような目をして僕を見た。


 「……一つ、こんなボクにでもできる、提案がある」

 「何?」

 「ララの記憶を消さないか?」

 「……え?」


 それは、都合の悪い記憶を消してしまうという意味だろうか。


 「オリジンのこと、ルオのこと、幻覚のこと、全部忘れて、幸せにしてやりたいんだ」

 「……もし、気付いたらどうするの?」

 「……それは」


 もし、ララが記憶が消されたことに気付いてしまったら? 絶対にないなんて言い切れない。もし気付いてしまったら、きっと今以上に悩んで苦しむんじゃないだろうか。


 「なら、ボクはどうすればいい? ルウ、教えてくれ。命じてくれ。なんでもする。だから、ララを……救ってくれ」


 懇願するようなトレースに、僕は何も言ってやることができなかった。トレースの一途な思いから逃れるように、空を見上げる。さっきまでララが見上げていた空だ。青くて、雲があって、綺麗。……心が洗われるよう。でも、ちっとも心は楽にならない。苦しみは消えてくれない。なんでこんなに苦しいんだろう。なんでこんなにも胸が痛むんだろう。


 ……ああ、そうか。何か答えを出さなければいけないのに、答えが見つからないから、苦しいんだ。

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