終焉を破る決意
「倒す? 俺を? 君が? 無理だね」
「やってみなきゃ……わかんない!」
ゆっくりと踏み込んで、ルオに肉薄する。躊躇いなしで、腕を狙う。腕を斬って、足を斬って、動けなくして。そうすれば、僕の邪魔はできない!
「っ。あぶないね。やっと明確な戦意が生まれたかと思えば……腕狙いかい?」
ルオは避けるけど、その動向にさっきまでの余裕は見てとれない。……いける?
「君の両手両足切り落として……僕はララを助ける!」
「俺を達磨にするつもりかい。なかなかいいね」
大丈夫。ルオにはオリジンがいる。彼女がいれば、たとえ達磨状態になったとしても回復できる。だから、死なない。……死なないなら、僕にだって!
「僕は君を許さない!」
「今さらだね? どうして」
牽制のつもりで首を狙って振るけれど、やはり余裕を持って防がれる。金属音がして、僕らは睨みあう。
「どうして!? 君がララに何をしたか……!」
「そうなるように選んだのは君だよ?」
「選ばせるよう仕向けたのは君だろう!?」
「それでも、君には逃げ道があったのに。じいさんの命を捨てれば、今頃君のそばにはあの子がいるかもしれないのにね」
「……!」
このっ! 思い切り、左肩を狙って振りおろす。反応できなかったのか、ルオは回避行動しかできず、それでもルオの服に切っ先がひっかかり、彼の肩口に血の筋を一本生み出した。振りきった体勢から切り返すように、僕はコンシャンスを振り上げた。完全に無防備になった彼の身体。左腕を切り落とすのは、意外と簡単だった。僕の時以上の血が噴いて、コンシャンスの切っ先にたくさんの血液が付着する。
「……っ!」
彼は右手で左肩を抑えてその場でうずくまった。僕は彼の右腕を切り落とすために、コンシャンスを振り上げて、しゃがみ込んでいる彼に近づく。
「痛いだろう? ララはもっと痛いんだ。覚悟しろ……!」
「……今わかった。君、殺意ない方が強いよ」
コンシャンスでの一撃。それをルオは後ろに跳んで回避した。回避したつもりだろうけど、感触はあった。完全に避けられたわけじゃない。剣の速度も、瞬間的な移動速度も、僕の方が早い。ルオはパワー。僕はスピード。ルオの力が半減した以上、分は僕にある。
「どうして? さっきまで、僕は殺意がなかったから弱い、みたいな言い方してたのに」
「君は殺意を持つ自分が嫌いなんだ。でも、『殺意』さえ抱かなければ……君は、ためらうことはない。殺さなきゃいいと思ってる。殺しさえしなければ何をしてもいいと思ってる」
「それが何?」
「君は、平和主義なんかじゃないね」
「……僕がいつ……平和主義だなんて言った?」
僕は何々主義、だなんて御大層なモノを平然と述べれるほど生きていないし、世界を見てもいやしない。僕は僕のしたいことをするだけ。守りたいから、守るんだ。倒したいから、倒すんだ! 踏み込んで、一跳びでルオのすぐ後ろまで移動する。ルオは完全に目が追いついていないらしく、左右を見た後に、僕の方を見た。その頃には、僕はもう完全にコンシャンスを振りかぶっていて、両足を切断する体勢が整っていた。
「……! 一体その速さをどこで……!」
「知らないよ! 足っ!」
次の瞬間、ルオは僕の視界から消えていた。どこか遠くにジャンプしたんだろう。避けられたけど……。やっぱり、完全に避けられたわけじゃない。僕は一本だけ残された脚を見てから、周りを見回して、ルオの姿を探す。一本足で一体どこまで逃げられるだろう? そうそう遠くへは逃げられまい。
もはやさっきまでの学園とは全く違った様相を見せるここで、隠れられる場所はたくさんある。そこらじゅうにある瓦礫の裏にでも隠れれば……僕の方では、もう探せない。
「……ゲームクリア!」
僕はどこかにいるであろうルオに聞こえるよう大声で言うと、未だララを苦しめ続けるオリジンの元へ向かう。足元に幾多転がる瓦礫に躓かないよう注意しながら、しっかりとララを抱き込むオリジンのそばを目指して走る。
「……オリジン! その子を離せ!」
「……! ご主人様……!」
「……!」
「主人!」
僕の声に対する反応……。ララだけが、少しおかしかった。さっきまで聞いてるこっちが狂いそうになるほどの悲痛な叫びを発していたというのに、今は一転して、穏やかな表情。その頬には微笑さえ浮かんでいた。
「……おとう……さん……。勝った……んだね……」
「ララ! 今行く!」
「……もういいよ」
「!」
僕は立ち止まった。ララの声が、僕を咎めるような口調を帯びていたからである。
「ありがとう。でも、自分のこと……だから。自分で、なんとかする」
打って変わって、今度は優しく、決意に満ちた声でララはそう言って、オリジンの顔を見た。痛みはまだ続いているはず。でも、ララはしっかりとオリジンの顔を見て、まるで全てを、心の奥の奥底まで見透かすように見続けた。そして、しばらくそうしていた後、ララは口を開いた。
「……お父さんも勝ったんだ……なら、私も……。……『なぜ』」
最後の部分は、どう考えてもララの声色じゃなかった。それどころか、ララがしゃべったのかどうかがわからなかった。ララを抱えているオリジンが発していると勘違いさせられる、そんな声色だった。
「……なっ」
「『なぜ、私のルオがこのような赤子にひねられるようなことになった』」
「……な、なぜ」
「『なぜ、私のことを知っている。なぜ私の心を知っている!?』」
ララはただ、オリジンの声色を使ってしゃべっている……というわけではなさそうだ。そうでなければララの言葉を聞いているオリジンが真っ青になって震えだすわけがない。わなわなとふるえ、ただ顔を青くさせるだけのオリジンに、ララはさらに言い続ける。
「『こいつは……こいつは、私の、いや、人の心が読めるのか!?』」
「な、な……」
「『私そのもの……。私の考えて予想しているのではない、ありのままの私を読み切って……ああ、この……! 忌々しいガキめ……!』」
「……! あ、あなた……!」
ぱっと、オリジンは手を離した。ララはなすすべもなく地面に落ちたが、ララを包んでいた魔法の光はとたんに弱弱しくなって、次第に消えていった。ララを取り落とした張本人は、ララを怪物でも見るような目で、ララを見下ろす。
「『あなたは……正真正銘の……化け物……!』……ふん。トレースと似通った能力持ってるくせに、精神力は常人以下。その癖自尊心だけは天井知らず。……あなた、意外とつまらない心をしているね」
「……! あ、なた……は……! あなたって子は……!」
オリジンの目が、危ない色をともす。あの目は……。ミリアの友達を助けようとした時の、リンクの目そっくり。……殺意。あれが、殺意の目なんだ。あんなに、冷たい色をしてるんだ。人が人を殺そうとするときの目って。
「『……このガキ、殺してやろうか……』ね。あなたの使命は私を苦しめて殺すことでしょ? 目先の感情にとらわれて、しなきゃいけないことを忘れるなんて……。くす。役立たずね」
「……!」
図星を突かれたらしく、オリジンはまた青くなった。そして、周りをきょろきょろと挙動不審なまでに見回す。……どうしたんだろう?
「『る、ルオは……? ルオはいない? 今のが聞かれていたらまずいことに……』ほんと、あんたって人並み以下ね。ルオは……あっちの瓦礫の裏にこそこそ隠れてるわ。これ以上嫌なことばらされたくなかったら……とっとと消えなさい。この世界から」
「……し、しかし、私は」
「『……しかし、私はこいつの言うことを聞くわけにはいかない! ……ルオに』」
それ以上ララが口を開こうとした次の瞬間、オリジンの姿は消えていた。ララはほっと一息つくと、僕の方を振り返って言った。
「行ったよ、お父さん。もう、二人はこの世界にいない。……私も、勝ったよ」
そう、悲しく笑ったのだった。