最後の決断
「トレース! オリジンを!」
「い、いいのか?」
「早く!」
トレースがオリジンに跳びかかったのを見て、僕は急いでルオに斬りかかる。今までの怒りを全てぶつける気持ちで、思い切り肩口を狙う。やっぱり防がれる。……でも、今はこれでいい。
「……! まさか独力で気付くとはね! ゲームクリアーおめでとう、ルウ!」
「……ッ! 君は、最低だ!」
「そんなこと、言われなくてもわかってるって!」
剣をはじかれると、信じられないくらい遠くに飛ばされるけど、僕は受け身を取って地面に着地する。痛いけど、無防備に吹き飛ばされた時とは段違い。すぐに構えなおすと、ちらりとオリジンの方を向く。五歩先にいるルオの左後方、オリジンはララを抱きながら、トレースと応戦していた。
「…………っ!」
「早く、ララを返せ無能!」
「無能に無能扱いされたくありませんね!」
ララは目を見開いて、魔法による痛みに耐え、トレースは必至でオリジンからララを取り返そうとしてくれている。
「よそ見してる余裕が……君にあるとでも!?」
「っ」
首を狙った右なぎを、僕はかろうじて防ぐ。思い切り打ち合ったのにも関わらず、信じられないくらい軽い金属音。どっちも羽毛みたいな軽さだからだろうか。
「さあ、答え合わせの時間だよ! 君がどうしてララを選んだのか、教えてくれるかな!?」
「それは……っ!」
そんなの、君は全部知っているだろう! 何しろ……君が全部仕向けたんだから!
「言えないのかい!? ただの勘で選んだのか!?」
「そんなわけ、……あるかっ!」
ルオの剣を力任せに押し返して、僕はいったん距離を取る。ルオからの追撃はなく、彼はその場にとどまっていた。答えを言えってことか? ……いいよ、言えばいいんだろう!?
「誰も死なない道……。それは、ララの死を選んで、ララの心が死ぬ前に助け出すこと! そのためにわざわざ絶対にすぐに殺さないとか、トレースとの戦闘云々しゃべっていたんだろう!」
「完璧な答えだ。そうさ。知ってるかい、ルウ」
「何が!」
僕は右に左にステップを切りながらルオに向かう。
「ゲームをクリアすると、次のゲームが待っているんだよ?」
「何のこと……」
僕がルオの言っている意味に気付いたのは、ルオとまた一合斬り結んで、距離を取ってからのことだった。
「……ララの救出」
「ははは、君を見てるといらいらするけど、君で遊ぶのは楽しいね。そうだよ。次のゲームはただのバトル。タイムリミットは君の娘が死ぬまで。心が死ぬまで一時間、体が死ぬまで三時間、ってとこかな? さあ、ゲームスタート!」
からからと笑うルオを無視して、僕はオリジンに向かう。足場を慎重に選んで、駆け抜ける。遅いけれど、確実に近付く。奇襲されないよう、視界の端にルオをとどめておく。ルオは不思議と、僕が走り出すのをゆっくりと眺めていた。
「トレース! 戦うことより、今はララを助けることに集中して!」
「わかってる! しかし、やつの魔法……! ララの拷問とそれの防御を兼ねているから、手出ししにくい!」
「壊せないの!?」
「無理……ではないが、時間はかかる! おおよそ、五十分!」
ぎりぎりすぎる! そんな長時間ララをあんな状態にしてたら……!
「……もし、オリジンを無力化するなら?」
「それは、壊すという意味か!?」
「違う! 魔法とかを使えなくするだけ! できる!?」
「……可能! 一撃で済む! ……が、力がたまるまでボクは攻撃できない! 構わないか!?」
「別にいい!」
その間、僕の方でもできる限りやるから!
そう思って、ルオの左横を通り過ぎようとした時。
「駄目でしょ? ボスを倒さずにラスボスと戦おうなんて、むしがいいとは思わない?」
「しまっ……」
オリジンばかりに目がいって、ルオに集中していなかった! 見えていても、反応できなきゃ意味ないのに!
僕は進行方向を九十度変えられ、瓦礫の山に激突した。
「がっ……」
左側を瓦礫に打ちつけた。さっきと違って受け身も取れなかった。……っつ。
「なんでさっきオリジンの方に向かった時、無視したかわかる? こうやって、一番娘に意識が向いたとき横っ面を叩いてやれば……たとえ君でも俺と戦って殺さないと、って思うだろう?」
「……僕は……!」
僕は殺さない。誰一人だって殺すものか! 殺さない程度にボコボコにすれば、いくらルオだって……!
「やっ………?」
左のコンシャンスで思い切り胴を薙ごうとしたんだけど……あれ、動かない?
「……おやおや。状態異常発生。君は何かアイテムを持っているのかな?」
よく見ると僕の左腕は、完全に折れていた。ひじ関節から先が本来ならありえない方向に曲がって……!
「うわああああああああああああああああ!?」
お、折れてる!? なんで? さっきの瓦礫に衝突した時? そんな簡単に折れるの!?
「痛みはまだないみたいだけど……もうすぐかな?」
「うぐぅ……っ!」
コンシャンスを取り落とし、右手で左腕を押さえる。けれど、まさしくもがれるような痛みはそんなことではちっとも引かない。むしろ悪化していっているような気さえする。
「武器も落としたよ?」
「あ、うう……」
ルオの言葉に、武器を取らなきゃって思うんだけど……。あまりに痛いので、それができない。こんな状態で、戦えるわけがない……! 戦えないよ……! 僕は弱気になっていく。目がかすんできて、暗くなってきて……。ここで、意識を飛ばしたいとさえ考えてしまう。……それに、右手だけで、本当に戦えるの? 僕が……? 子供で、生まれたばかりの、僕が?
「うう………!」
弱音を吐きかけた、その時。
「うう……ぅああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
身を切り裂かれたような悲痛な叫びが、僕の耳に響いた。
……ララ。
今まで堰き止めてきたモノが決壊した……そんな、心の奥底からの叫び声だった。実際、彼女は我慢してきたんだろう。信じられないぐらいの痛みを与えられて、それでも、彼女は我慢して、叫ばなかった。でも、それにも限界が来た、ということだろう。……もしかしたらあの子は、もう限界に近いのかもしれない。
「……ひゃあ……。これがあんな子供の上げる叫びとはね……。まるで断末魔じゃないか。君が上げさせたんだよ、ルウ」
「……!」
ルオの言うとおり、今ララが感じている痛みや苦しみは、全て僕が与えているようなものだ。早く、解放してあげないと。僕のなんて、あの子が今感じている痛みに比べたら……!
僕は右手でコンシャンスを拾い上げると、使い物にならなくなった左ひじから下を、ばっさりと切り落とす。
腕全体を貫くような鋭い痛みと共に、大量の血が流れる。たくさんの血に気が遠くなりかけるけど、ルオの先にいるララを見ることで、それに耐える。ゆっくりと立ち上がって、ルオを見据える。
「僕は、君を倒す」
「……倒す、ね。まだ駄目なのかい? まだ、殺意が足りないかい?」
「僕に、殺意なんて要らない」
「……ふん。娘に苦痛を与えることでしか助けることができない……いや、まだ助けてもいない。助けれる、なんて敵の言葉に踊らされて、なおかつ殺意がないせいで敵を殺すこともできないくせに……。それでも、殺意は要らないと? 駄目な父親でないと?」
もっともだ。僕は駄目だ。僕に殺意が……ルオを殺す、と心に決めていれば、実はもっと早く勝負は終わっていたかもしれない。ララを守る父親でありたいなら、娘を守るためには、敵を殺す。そうするべきだったかもしれないし、そうすることが正しかったのかも知れない。……でも。それでも僕は。
「……うん。僕は、駄目だった。……でも、それでも僕は」
それでも僕は、父親でいたいから。ララやミリアの指針となるような人間になりたいから。
「……それでも僕は、君を倒すよ」
残った片腕でコンシャンスを順手で構え……僕はルオを睨みつける。絶対に、倒してやる。