心散る選択
「お父さん……。私は……もう、覚悟……できました。だから……決断してください……」
「はい、それまで。これ以上鳴いて撃たれたくなかったら……ね?」
「……」
ララはそれきり黙ってしまった。僕が呼びかけても、きっと何も答えないんだろうな。
「さ、今のが最終ヒント。これでわからなかったら、君の娘の全ては、ズタズタになるね」
「……」
僕はルオに返事をすることも忘れて、必死になって考えを巡らせる。
今のが最終ヒント? ララが、覚悟ができたってこと? じゃあ、決断って何?
「……そう言えば、オリジン。トレースは?」
「すみません、ご主人様。逃がしました」
「逃がした?」
最初のヒント……。学園長の死を選べばすぐに彼は死んで、ララを選べば地獄の苦痛が長く続く。……これが一体何だって言うんだ? 次のヒントにしたってそうだ、何があってもララをすぐに殺さないって……。ヒントどころが、まるで救いがないじゃないか。
「はい。戦闘中、吹き飛ばしたはずなのですが、それから先姿を見失いまして」
「……見失った? 君が?」
「はい」
「……今、ルウの思考にトレースが介入している様子は?」
「ありません」
「ということは、今彼は独力かい?」
「間違いなく」
最終ヒントのララの決意に僕の決断って……。ああ、もう! わかんない! 本当に誰も死なない道なんて用意してるの!? ただ僕をいたぶって楽しみたいだけじゃないのか!?
「……ふうん。で、その子を抱いた状態で、どれくらい戦闘できる?」
「ほぼ、不可能かと」
「どうして」
「ご命令を達成するためには、私が持つほぼ全力の魔力をこの娘の殺害に使用するからです」
「……つまり、君の考えた残酷な方法って、それぐらいのことなの?」
「はい。戦闘用の魔力を蓄えている余裕はありません」
「……ま、いいか。気づく様子ないし」
ピクリ。今、何か変なところがあった。なんだ? 何か、引っかかるような……。
「もし、今奴と戦ったとして、どれくらい持つ?」
「ものの十分も持たないでしょう」
「それは、俺が加勢したとしても?」
「はい」
「……ふうん」
なんだ? かすかな、違和感が……。
「……今、その子どんな状態?」
「現在心を閉ざしています」
「心を閉ざす?」
そういえば……なんで今から殺す人間のことを、こんなにも知りたがってるんだ? 僕を苦しめる程度の意味しか持たない、と言っていた人間のことを聞きたがるんだろう? そもそも、どうしてこんな会話の流れに……?
「はい。気絶はしていませんが、何も感じず、何も反応しない状態です」
「ふうん。で、君が殺害を開始したとして……その子、完全に心を失くすまでどれくらい?」
「……一時間程度でしょうか」
「意外と持つね」
「私が持たせますので」
「ふうん。君の力使っても、一時間しか人格を保てないのか」
「はい。それ以降は何をしても、ただの生ける人形ですから、何の反応もありません」
そう、二人は、というかルオは、オリジンに『今の状態でトレースと戦ったら』という仮定を聞いた。なんでそんな仮定が出てくるの? 僕は、明確に言えば僕とトレースは、二人に逆らえない状況なのに。
「ちなみに、完全に心を失くして……元に戻るのかい?」
「いいえ。たとえ人並みに生活できるようになったとしても……元にはけして戻りません。些細なことで殺されかけたことを思い出し、外に出ることもままならいかと」
なんでルオは、『元に戻る』なんて聞いてるの? 殺すつもりなのに。……待てよ。
「じゃあさ、心が消える寸前で寸止めしてさ、時間を置いて責め続けたら……どうなるの?」
「……それは、なんとも。狂うか壊れるか心が死ぬか……。どっちに転ぶかは、人それぞれでしょう」
「あっそ」
時間を置いて? ……あ。 気付いた。わかった。わかった。わかった! わかった、誰も死なない道。
……で、でも、こんなことをしたら……。ララが。
でも、これしかない。これしか道は……。
「……二人、とも」
「うん?」
「はい?」
『地獄の苦しみが長い間』『何があってもすぐには殺さない』『ララの覚悟』『僕の決断』『僕が後悔する』『ララを抱いたままの戦闘』そして……『ララが人でいられるまでの時間』。
全部の事柄は……。僕に、ある道を示した。……血に濡れて、真っ赤に染まった道だけど。これは、親が選ぶような道じゃないけど。彼らの気まぐれ一つで潰えてしまうような細く頼りない道だけど。……でも、これしかない。
「トレース、呼んでもいいかな」
「相談はナシ。これが条件」
「うん。……トレース」
「……決めたのか、主人」
僕が呼ぶと、彼女はすぐに、僕の隣に現れた。
「ずっと、潜んでたの?」
「……すまない、主人」
「まあ、いいよ」
本当にこれで正しいのだろうか。もっと道はないのだろうか。本当にこれしかないのだろうか。
「……で? 答えは決まったかい?」
「………………………うん」
誰も死なない。この方法なら、誰も死なない。これは、ゲームなんだ。ルオも言っていたように、ゲーム。僕を苦しめるだけの、ゲーム。
本当に、言われたとおりになった。本当に、僕は今後悔してる。なんでこんな道しか選べないんだろうって、なんでこんな最悪な未来しか読みとれないんだろうって。ごめん、ララ。
「……僕は……ララの死を、選ぶよ」
「そうかい」
「では、ご主人様」
「……ああ、オリジン、やれ」
オリジンの手が光って、ララの表情が苦痛に彩られ始めた瞬間、僕は叫んだ。