初めてのお食事
「ふ、ふむ。前言撤回しなければならないようだ。……ご主人様が間違っていたことを失礼と思うわけにはいかない、だから彼も、失礼だと思うわけにはいかないのだ」
目の前にいる僕の従者……トレース。トレスクリスタルは、少し震えた声音でそう言った。
「……ごめん」
「謝ることはないのだ!ボクはまったく気にしていないぞ!これでボクが女の子だと知ってもらえたわけだ!これでいろいろなことが可能になる!むしろ感謝しているくらいだ!」
「そう、なら……いいけど」
よくない気がするのは気のせいだろうか。むしろ何か悩みの種が増えた気がする。
「ま、まあ、なんだ。ボクはキミが人間だ、人間じゃないだとか、その程度で心変わりをするような無様な道具ではない。ボクが認める主はキミただ一人。……キミがボクを売る、と言うのなら……しかたない……かも……しれない……が」
すっごく沈み込んだ。……うわあ、どうしよう。でも、ここで絶対に手放さないとか言ったら言ったで面倒なことになりそうだし……って。
「大丈夫だよ。僕はキミを売ったりなんかするもんか」
「……!」
何考えてるんだ。どうせ、ずっと一緒にいるくせに。手放す時のことなんか微塵も考えてない癖に。不安だけあおって、何をしようとしてたんだ、僕は。
「あ、ありがとう、ございます」
「気にしないで。……でも、僕がいつか無茶な命令をしないとは限らないよ?」
「構わない!キミの要求、命令は全て応えてみせる!」
「……うーん……」
なんだかなあ。
「どうした?」
「いや、その。……本当に、ついてきてくれるの?」
「もちろん」
「……」
正直、頼もしい。僕はどこの世界でも大抵共通の一般常識とかは身についてるけど、特殊な世界とかには対応できていないから。不安だったんだ、いろいろと。そこへ、こんなにも頼もしい仲間……いや、彼女が言うには道具か。が、できて、僕はすごく、安心していた。
「まあなんにせよ、楽しみだね、トレース」
「そうだな、ルウ」
うん、初めての世界に初めての仲間、初めてのお料理屋さんに、そして。
「お待たせしました」
初めての食事。
白っぽい粉みたいなのがソースと一緒にパスタに絡んでいて、臭いが少しきつい。甘いかすかな香りと共にする、腐敗臭と言うか、なんて言うか。
ハイパー、っていう名前がついていたからきっとおいしいのだろうと思って頼んだんだけど……トレースの表情は思わしくない。
「どうかした?」
「いや、匂いがきつくないかと思って……」
「確かにきついけどさ。でも、これが普通じゃないの?」
「そんなわけないだろう……」
そうなんだ。でも、僕はそんなに苦手じゃないけど。さて、食べてみるかな。
「……甘い」
「それはそうだろう。ドリアンは果物の王様だぞ?まずいはずはあるまい」
「じゃあなんであんなに嫌そうな顔してたのさ?」
「嫌そうな顔なんてしていない。……心配になっただけだ」
「何が?」
僕が訊くと、トレースは少しだけ顔を赤らめて、つぶやくように言った。
「……こ、このにおいのせいでキミが食事に対してトラウマを負わないか心配だったんだっ!今となってみれば取り越し苦労、恥ずかしいことこの上ない!」
「まあまあ……」
気にしてないし、心配してくれたのはうれしいし。
「……しかし、おいしいな、これ。看板に偽りなし、だな」
「そうだね。……うん、これがおいしいってことなのか」
すっ、すとパスタは僕らの口に入っていく。もうしばらくも経たないうちに、僕らの前には空になった食器が二つ並んでいた。
「ふう。おいしかったな、ルウ」
「そうだね。……次はどこ行くの?」
僕は、観光が楽しくて楽しくて仕方なかった。次はどんな楽しいところにいけるんだろう、次はどんな面白いことが待っているんだろう、そんな期待で胸がいっぱいだった。
「……そうだな。夜になるまでは少しぶらぶらとショッピングでもして、時間をつぶそう。ショッピングなんてキミはしたことないだろうから、手取り足とり教えてあげるよ」
「ありがとう」
買い物の仕方くらい知識としてあるけれど、やっぱり経験がないから、不安だ。ほしい『商品』を『店主』に持って行って対価として『お金』を『店主』に渡し、『商品』を受け取る。……言葉にすれば簡単なんだけどなあ……。
「さて、行こうか」
「うん!」
トレースは立ち上がり、僕はそれに続く。
「本音を言わせてもらってもいいか?」
「何?」
トレースは数枚の紙……多分、これが『お金』なんだろうな。お金をテーブルの上に置いた。トレースが指でクックを呼ぶと、彼はこっちまで来て、パスタの代金を受け取りに来る。
「確かに、受け取りました。よい旅行を」
「ああ。うまかったぞ」
「ありがとうございました。またのおこし、お待ちしております」
「ああ」
ぺこりと、彼は丁寧に僕らにお辞儀をした。トレースは店を出て、僕もそれに続く。店を出るとまた怖い雰囲気のする路地裏になる。……ううん、どうもここは好きになれそうにないなあ……。
「正直言うと、道具や従者であるボクがご主人様であるキミの前を歩くというのは心苦しくてかなわないんだ。……エスコートしなければならないのはわかっているが、それでもだ」
歩きながらトレースは申し訳なさそうに言った。その言葉が真実である証拠に、彼女は僕の前を歩きたがらない。……歩いてもらわないと困るわけだけど。
「まあ、そこは我慢してもらうしかない、かな」
「わかってる。案内人が前を歩かないでどうする、という思いもあるのだ。しかし、やはり主人よりも先に行動すると言うのが、なんとも……」
「ううん……」
僕にはちょっと理解できないなあ……。前とか先とか、僕はどうでもいいから。
「僕はそんなの気にしてないけど?前を歩いてもらわないと逆に困るよ」
「……む、そうか。ならいいんだ。そうかそうか。ボクが前に立てばボクはキミの役に立てるのだな?」
「うん、そうだよ」
「それをきいて安心した。では、ついてきてくれ。約束どうり、キミに買い物の仕方を教えてあげよう。手取り足とり、ね」
「ふふふ、ありがと」
そう言って、僕とトレースは再び、大通りに戻った。