終焉を導く戦い
瓦礫と化したフォーリナーの魔法学校で、僕とルオは幾度となく斬り結んでいた。僕の背にはララと学園長がいるから、ひくことはできない。かといって、前に埒が明くかといえば……。
「……っ!」
「なかなかいい目だよ。でも、ダメ。ダメダメだよ。君はまだ足りない。俺に勝つには、あれが足りない」
全く、埒が明かない。左のコンシャンスで、ルオの頭をめがけて思い切り振りおろす。そうするとルオは、何もかも見えているかのように事前に反応して、しっかりと余裕を持って防ぐ。……っ。こんな調子じゃあ……。
「どうして……。君は未来が見えるの?」
「見えるわけないでしょ? 君のは読みやすいだけ」
「……そんなバカな!」
僕は全力で振ってる。速度はかなり出ているはずなのに。どうして見切られるの? 今度は背後に回って、心臓めがけて本気の突き。これもやっぱり、簡単に避けられる。
「君のは確かに速くて、視認すらしづらい。けれど、けれどね?」
ルオは笑いながら、思い切り剣を僕の脳天めがけて振りおろす。
「うわッ……!」
ぎりぎりのところで、ガードが間に合った。ルオのマリシャスがあとほんのちょっと早かったら、僕は……死んでいた? そのことに気付いたとたん、体が動かなくなった。
笑いながら僕と戦うルオが怖い。完全に、僕を殺すつもりなのに。それなのに、楽しそうな笑顔。どうしてそんな表情を浮かべられるのか、全く分からない。
「君は俺の急所に攻撃する時、ためらうんだよ。たいして切れ味もないこの剣で、何をためらうというの? 思い切り頭を叩いたとしても、せいぜいちょっと割れるだけだよ。それに、さっきの脳天への攻撃……全然力こもってなかったし」
「そ、それでも……」
それでも、頭なんて叩いたら死んじゃうじゃないか。さっき頭を狙ったのは、防ぐとわかっていたから……。防がれるって、知ってるから。牽制程度に狙っただけ。
「それでも、何? もしかして、俺を殺すのが……嫌だとか?」
「……それは……」
嫌に決まってる。なんで人を殺さないといけないんだ。
「嫌で嫌で仕方ない、って顔してる。……いらいらするよ、君を見ていると」
恐怖で動けなくなっている僕は、ルオにおなかを思い切り蹴飛ばされた。
「ぐうぅ……!」
地面に背中をしたたかに打ちつけ、あまりの痛みに体を丸める。
「大丈夫お父さん!?」
ララの声がして顔をあげると、心配そうに僕のことを覗きこんでいるララの姿があった。
「だ、駄目……」
駄目だよ。戦っている最中の人の心なんてみたら……君は……。
「お、お父さんの心は戦っている最中の心なんかじゃない! しっかりしてよ! なんでこんなときに私の心配するの!? ちゃんと戦意を持って! ルオは本気でお父さんのこと殺す気なんだよ!? 反撃しなきゃ、ころされ……きゃっ」
言葉の途中で、ララの姿が僕の視界から消えた。
「……だめじゃないか。子供が大人の勝負を邪魔したら……」
「しょ、勝負なんかじゃない! あなた、お父さんのこと勝っても負けても殺す気で……」
「君、心が見えるの?」
「……! み、み、みえない、見えません……だから、ころさないで……」
「……見えるみたいだね」
今まで、ララがどんな心を見ているか全くわからなかったけど……今はわかる。わかってしまう。
ルオは、ララのことを殺す気だ……!
「る……お……!」
僕は立ち上がって、ララのいた方を向く。すると、ララはルオに胸倉を掴まれて、吊り上げられていた。ララは苦しそうにルオの手を抑えて、必死で抵抗しているけど、ルオは離そうとしない。学園長はルオに抵抗したせいか、地面に倒れていた。死んでない……よね? 不安だけど……今は。
「ルオ、ララを離せ!」
「嫌だ。こいつは俺の心を見た。誰にも知られたくない……誰にも知られるわけにはいかないことも、俺の心にはあるのに。こいつはそれを知った」
「し、知りません、そんなこと、知りません!」
恐怖で顔をひきつらせながら、ララはルオの手から逃れようと身をよじる。けれど、ルオの力は強く、びくともしない。助けてあげたいけど、僕がルオを攻撃するよりかは、ルオがララを斬るほうが速い。……僕が、弱いせいで。僕が弱いせいでこうなったんだ。
「……そーだ。いいこと思いついたよ、ルウ」
「な、何?」
おそるおそる、聞いてみる。とにかく説得して、ララを離せば……。
「君、選びなよ」
「な、何を?」
「この子か、そこに転がってるじいさんか」
「……!」
意味は、いくらなんでもわかる。ララの命か、学園長の命かを選べ。そう言われてるんだ。
「……! お、お父さん、ダメ」
「キジも鳴かずは撃たれまい……。いろんな心を見てきた君だ。意味……わかるよね」
「……!」
ルオの心に何を見たのか、ララは自分の口を自分で押さえて何度も何度も首肯した。
「上出来。……にしても、おっそいな。オリジン! 戻ってこい!」
「了解」
ルオが命令すると同時に、今までどこかでトレースと戦っていたオリジンが、ルオの隣に現れた。まずい。ルオに加えて、オリジンまで相手にしてたら……どうあっても……。ダメ! 思っちゃダメだ。ララが見てるんだ。勝てる。そう思わなきゃ、あの子が絶望してしまう。勝たなきゃ。勝って、あの子を守らなきゃ。
「君、遅いよ? 何してるの? 嫌われたいの?」
「……すみません、ご主人様。あの道具、中々やるようで」
「俺、君に言い訳しろって命じた? 嫌われたいのかどうかを訊いてるんだけど!?」
ルオがいらついたように怒鳴ると、オリジンは顔を青ざめて頭を下げた。
「め、めっそうもない。私がご主人様に嫌われたい、などと、思うわけがありません」
「そう。じゃあ、命令を更新。このガキ持ってて。持つの疲れる」
ルオは軽々しく、まるでモノでも扱うようにララをオリジンに渡した。彼女はララを受け取ると、それが宝物でもあるかのように大事にその腕に抱いた。抱かれている本人は、顔を真っ青にしてカタカタ震えている。早く助けてあげないと、あの子が壊れてしまう……。
「……ま、持ち方ぐらいでどうこう言わないけどさ。君、ルウが俺に向かってきたり、あの道具が俺の邪魔したりお前の邪魔したりしたら、そのガキを殺せ。いいね」
「了解」
命令を受けると、オリジンはさらにララをきつく抱きしめた。
「ひっ……! お、お願い、普通に殺して……」
オリジンはどんな殺害方法を思いついたのか、ララは顔をさらに青ざめさせて、そんなお願いを口にした。
「……ご主人様?」
「言うとおりにしてあげたら? 普通に殺してあげなよ。抱きしめて全身の骨を折る、とか残酷なこと……」
そこまで言って、一度ルオは僕の方を見る。そして、にやりと笑った。まるで、いたずらを思いついた子供のような、嫌な笑み。
「いや、ダメ。そんなんじゃ、なまぬるいよね、やっぱり。君が思いつく最悪の殺し方で殺せ」
「了解」
「……い、いや。もう、いや」
もう耐えきれなくなったのか、ララは両手で目をふさいで、それきり動こうとしなかった。その様子を見届けると、ルオは僕に向き直った。その顔には、本当に楽しそうな笑顔が、張り付いていた。
「あ~あ、可哀そうに。きっと、年不相応な残酷なシーンと残酷な意思を見て、もう何も見たくなくなっちゃんたんだね。ああ、可哀そう。全部、全部守れなかった君のせい」
「……」
僕はコンシャンスを握りしめる。
「ダメダメ。君が僕に斬りかかってきたら、あの子が死ぬよ? オリジンに向かっても、一緒。君ができるのは、選ぶだけ。そこのじいさんか、今オリジンが抱いてる子か、どっちか」
「……そんなっ!」
「そう。そんな、だよ。ほんと、同情するよ。これは嘘じゃない。かわいそうだよね。なんでもできる道具も持ってて、君自身も強い力を持ってる。それなのに、たった一人の人間を助けるために……君は苦しむんだ。何もかも……君が、二人を守れなかったせいだよ」
僕が、弱かったせいで。僕が、守れなかったせいで。
二人の命を……危険にさらしてる。
僕は何も言うことができずに呆然と立ち尽くした。