終焉の主従関係
僕らの前に急に現れた二人の人間、ルオ・イノベイトとオリジン・エクスキュートは、まるで僕らのようだった。世界を渡り歩く主人と、その従者。
「彼らは動揺しています。叩くのならいまかと」
「わかってるよ、オリジン。でもね、彼らに言いたいこともあるんだよ」
一歩、彼は僕らの方へと踏み出した。
「!」
僕はララの前に出た。ララの視界から、ルオの姿を失くす。もう二度と同じ轍は踏まない。もう、こんな奴の心を見せたりするものか。
「トレース、戦える?」
「いつでも行けるぞ主人」
僕も、トレースも戦闘態勢に入る。瓦礫と化してしまったこの学校で、僕たちとルオ達は、睨みあう。
「……いい目だね」
「何が」
見下すような嫌な笑みを、ルオは浮かべた。
「綺麗で、曇りがなくて、世界が全て綺麗事でできていると信じていて……。まるで、子供みたいだ」
「……うるさい」
僕はルオのいい方が癪に障って、とげとげしくそう言った。
「……ふうん。いっぱしの悪意はあるみたいだけど……全然ダメ。君では俺に敵わないよ」
「何が目的なの?」
口上を聞いている場合ではない。とにかく、ララからこいつを離さないと。聞きたいこともあるけど、今は我慢だ。僕はコンシャンスを持った右手を前に突き出す。近づけば斬る。そんな意思表示のつもりだ。
「目的? 俺の目的はたったひとつだよ、ルウ。全ての世界を滅ぼすこと」
「……全ての、世界を?」
僕は聞き返した。そんなことができるなんて、到底思えなかったからだ。
「そう。異世界を旅する? 異世界と異世界を渡り歩く? そんなの、異常なことだよ。気付かないのか、ルウ?」
「異常なことであるものか!」
僕が何も言えずに黙っていると、トレースが怒鳴るように言って、ルオに向かって突進していった。彼女の両手には、二振りの大振りの剣があった。僕のコンシャンスと同じ形だけど、大きさが全く違う。僕のはひじから手首ぐらいまでしかないけど、トレースのは彼女の背丈ほどもあった。
「……ルウ。君は道具の管理もできないのかい?」
「道具じゃない! 仲間だ!」
「そういうことだ、殺人鬼!」
トレースは両手を思い切り振りかぶった。
「……やれやれ。オリジン。防げ。……いや、応戦しろ」
「はい」
トレースはクロスさせるように斬りかかったけど、ルオに届く前にオリジンが間に入ってきて、両手で防いでしまった。
「……っ! 魔法か……!」
「そうです。わざわざ剣など作らなくとも……あなたたちの身体は、引き裂ける」
オリジンの両手が光ったかと思うと、トレースの剣が両方ともはじかれた。
「……弱い」
がら空きになったトレースの胴を、オリジンは蹴り飛ばした。
「ぐうっ!」
「トレース、大丈夫!?」
僕のところまで彼女は吹き飛ばされた。土ぼこりが舞い、彼女は全身を地面にしたたかに打ちつけた。僕は彼女に異常がないか確かめる。……大丈夫、傷もないし、血も出てない。
「……っく、主人、すまない……」
「いいよ、トレース!」
僕だって、二人に全然太刀打ちできそうにないのに、トレースにだけ無茶はさせられないよ。
「……なぜ殺さなかったの? 吹き飛ばした程度で勝利だと思ったのかい?」
ルオは厳しい口調でオリジンに訊いた。トレースをはじき飛ばした時点で、充分に強いと思うのだけど……ルオはそうは思わないみたいだ。
「いえ。圧倒的な力の差を示し、戦意を削ごうと考えました」
「ふうん。まあ、いいや。オリジン、俺に嫌われたくなかったら、ちゃんと命令はこなすんだよ?」
「了解です」
……なんか、二人の関係はまるで奴隷とその主人みたいな……そんな感じだった。僕たちとは、正反対。
「さて、と。ルウ。勝負しようよ」
「……勝負?」
僕は聞き返す。
「そう。君が勝ったら、俺はこの世界から手を引く。今だけね。二百年ぐらいしたら、さすがに君の見知っている人は死ぬだろうから、その時までまってあげる」
「……」
「でも、俺が勝ったら、この世界は俺が滅ぼすよ。目的達成のためにね」
「……」
勝負。多分、剣での戦いのことを言っているんだろう。戦って、勝ったらこの世界は守れる。負けたら……みんな、死んでしまう。
「主人、受けるな。この勝負、勝とうが負けようが奴が有利だ。奴は負けても待つだけでいい。勝ったら目的が達成できる。……わかるか?」
「……わかるよ、それぐらい」
そうだ。僕が勝っても、守れるのはほんの数百年だけ。そんなの、ルオにとっては短い期間なのだろう。
「……ルオ。条件変更してもいい?」
「なんだい、ルウ」
僕はしっかりとルオを見据えて、言う。
「僕が勝ったら、この世界に二度と手を出すな」
「……ふうん。覚悟した目をしたから何を言うんだろうと楽しみにしていたら……なんだ、そんなこと? 拍子抜けだね。……いいよ。君が勝ったら、もうこの世界には二度とこないよ。どの世界を『唯一の世界』にするか悩んでたところなんだ。ちょうどいい。君が勝ったら、この世界が『唯一の世界』だ」
ルオは歪んだ笑みを僕に向けると、オリジンに向かって手を差し出した。
「ねえ、あいつと同じ武器作って」
「はい」
恭しく一礼をすると、オリジンは僕の持ってるコンシャンスと瓜二つの双剣をルオの目の前に生み出した。
「よくやった」
「おほめにいただき光栄」
ルオはにこりと笑うと、目の前の双剣を手に取り、僕に向き直った。
「この剣の名前は……そうだね、マリシャス。君を殺す『悪意』そのものだよ」
彼は双剣……マリシャスを構える。右は順手で、左は逆手。僕のかまえとまるきり左右逆。まるで、わざと似せているかのよう。
「トレースはオリジンを抑えて。お願い」
「オリジンはトレースを壊せ。命令だ」
僕はお願いして、ルオは命令した。その違いはあっても、言われた二人の反応は一緒だった。
「了解、主人」
「了解です、主人」
トレースとルオが消えたように見えるほどの速度で戦いを開始するのを横目で見ながら、僕とルオは睨みあう。
「……さあ、勝負だよ、ルウ。俺から『世界』を守れるか?」
「守ってみせる!」
僕はルオに向かって、一気に間合いを詰めた。
……戦いの始まりだ。