ララの変化
……僕は、僕は。
「何を驚いちょる? 自分でも思う節はあったろう?」
学園長さんの声が嫌に頭の中で響く。確かに、僕は最初から自分が人間だなんて思ってはいなかった。いなかった、けど。まさか、そんな、そんな……。
「君はルオと同じ性質をしておる。……つまりは……化け物じゃ」
「……」
僕が、ルオと同じ。あの、殺人者と。前の世界でララの心に大打撃を与えたあの殺人者と同じ。この世界で暴れまわった災厄の使者、『流王』と、同じモノ。こんな、こんな酷いことがあるか。僕は、あのルオと、同じ性質……つまり、僕は殺人者になってしまうかも知れないような奴ってこと?
「僕は……人間だ」
「そうありたいとおもっちょるのなら、大丈夫じゃ。ルオと同じ殺人鬼になりたくなければ、ちゃんと考えて行動した方がよいと思うぞ?」
「……はい」
学園長は意外にも、僕を責めたり、僕に何か言ったりすることはなかった。もっと、拒否されるかと思っていたのに。
「正直な話、君が何者だろうがどうでもいい。今重要なのはララちゃんをどうするか、じゃ」
「……」
もっともな話だ、と僕は思った。だって、僕の正体がどうであったところで、何も変わりはしないけど……。ララの将来についての話は、この先重要な意味を持ってくるから。それでも、娘より自分とルオの正体が気になる当たり、僕はまだ子供なのだろう。
「ちょっとまっとれ」
学園長さんはそう言うと、僕を残して二人が待つ外へと出ていった。
独り残されて、僕は考える。
「……ルオと、僕」
共通点は一つか二つ。同じ性質であるということと、『扉』を使って世界を移動できること。僕は『お母さん』から半ば人工的に生みだされた。つまり、ルオの故郷もあの白黒チェックの床と、無数の扉があるあの世界である可能性は十分にある。
ルオと、僕。ルオの目的はなんだろう。僕の目的は世界を自由気ままに旅をして、……なんだろう?
そう言えば、僕ってどうして旅をしているのだろう? 最初は、『お母さん』に言われて旅人になった。けど……。僕が旅をする理由って、一体何だろう? 僕とルオが同じ性質なら、旅の目的も、同じなのかな。
そう考えると、僕は無性にルオに会って話をしてみたいと思った。……何をバカな。
「おお、待たせたな」
「……あ」
そこまで考えたところで、学園長さんが入ってきた。ララを連れて。ララはなんとも言えない表情をしていた。うれしそうな顔の中に、わずかな悲しみがあるような、そんな表情。
「……お父さん、私……」
「いや、よい。わしから言う」
なんだろう? 学園長にそう言われて、ララはほっと胸をなでおろした。……何か、あるのかな?
「君は、ルウと言ったね」
「ええ」
「ルウ君、この子を預からせてほしい」
「……!」
僕は立ち上がった。ララを、預かる? 一体どうして!? その質問に答えてくれたのは、学園長さんじゃなくて、ララだった。
「お父さん、私は、この能力が大嫌い」
「でも、だからって」
「……私は、他人のことを見えすぎるの」
ララは全てを見透かすような目を僕に向けた。その視線に、僕はたじろぐ。
「み、見えすぎるって? ついさっきまで、そんなこと言わなかったじゃないか」
「うん。ついさっき、思ったの」
「どうして?」
どうして、急に能力が要らないなんてことを……。
「……お父さん。私がお父さんに『助けて』って言った時のこと、覚えてる?」
「覚えてるよ」
ちゃんと覚えてる。出会った時のララも、出会ってからのララも。
「今の私と昔の私。違うとは思わない?」
「……思う、けど」
出会う前は明るく快活で、家族にした時は慎重になって、それから元に戻ったかと思えば、今みたいに感情が抜け落ちたみたいなしゃべり方をする。
「私ね、きっと成長してるんだと思う」
「……成長?」
僕はきょとんとした。一体、どこが成長したの?
「私の心だよ、お父さん」
「そ、そうなんだ」
僕は相槌をうつ。心が成長したとか言われても、わからない。
「私ね、お父さんに出会う前は、人の心を見る意味なんて、ちっともわからなかった。……お姉ちゃんが言ってたように、きっと逃げてたの。でも、人の心から逃げないようになって初めて……『心を盗み見る意味』に気づいたの」
「……心を見る意味?」
返事をしながら、僕は思う。どうしてララは、こんなにも早く、大人びているの? ミリアみたいに、淡々とものを言うの? 君は、そうじゃなかったはずなのに。
「心を見るってことは……その人の大切な『心』を、侵すことだよ」
「……」
僕は息をのんだ。ララの急な変化に、おいつけない。学園長と話をしてから、急にララは変わった。この世界に入る前は、こんなことララは言わなかったのに。
「……お父さん、私が変わったのは、さっきの世界で目覚めてから。最初は忘れようとしたけど……。でも、でも……無理だよ」
「……ら、ララ」
ララは弱弱しく首を振った。
「私は泥棒なの。人の大切なものを次から次へと盗む大泥棒。……だって、私、お父さんの一番知られたくない秘密を、知ってるもん」
「僕の、秘密?」
なあに、それ。僕に、ララやトレースに知られて困るような秘密なんて……。
「お父さんの、本当の姿」
「!?」
僕は驚きに目を見開いた。本当の姿? 僕の?
「お父さん、自分のこと子供だ子供だ、って言ってるけど、違う」
「な、何がちがうのさ? 僕は、子供だよ?」
僕は子供。そうだ。リンクにだって言われたじゃないか。子供だ、子供だ、って。トレースにも、ミリアにも、……それから、ララにも言われたはずだ。
「ううん、違う。お父さんみたいに心が綺麗な子供は、いないよ」
「……! じゃ、じゃあ、僕はなんだっていうんだ!?」
「作られた子供」
「つ……!?」
作られた子供?
「物語の中にしかいない、綺麗で純粋で無垢で、何も知らない綺麗な『子供』。それが、お父さん」
「そ、そんな、そんな」
そんなことを、どうしてララは言うの? 僕のことを、僕の正体を暴いて、どうするつもり!?
「……暴く、か。うん、そうだよお父さん。私、お父さんの正体を暴いたの。悪い子。……でも、でもね、お父さん。これが、私なの」
……。
僕は、何も考えられなくなった。怒りで、じゃない。悲しみで。ララは僕に嫌われたがっているみたいだった。まるで、ここで僕に怒ってほしいみたいだった。
「私はいつもこんなこと考えてるの。全部見えるから。今ここにいるお父さんの心を、全部盗み見てるから、わかるの。お父さんがちょっと私のことを怖がりはじめてるってことも、トレースが私のことを毛嫌いしてるってことも、お姉ちゃんが私のこと羨ましがってたってことも、学園長さんが私のことを憐れんでるってことも、ルオがお父さんのことを殺したがってることも、全部、全部、全部」
もうこれ以上僕の心を見たくないのか、ララは地面に視線を向けた。
「私、もういや。もうこれ以上、お父さんやトレースの心を盗みたくない。これ以上お父さんに嫌われたくない!」
地面を向いたまま、彼女は叫んだ。
「だから、ここでお別れなの! ここでお別れして、『かわいくて明るいララ・ペンタグラム』だけを憶えてもらうのっ! ……そうすれば、私はずっと、ずっとお父さんを想っていられる。家族のぬくもりを、ずっと感じていられるの」
「でも、このまま僕たちと旅をしても、家族であることには」
「私とずっと一緒にいて、私のことを嫌わないわけない!」
ぴしゃりとララは言い切った。
「そ、そんなこと、ないよ」
「表向きはちゃんと『思って』ても、深いところじゃ、ちゃんとお父さんは私のこと嫌ってるの! でも、それは当たり前! 心を盗み見るバケモノなんかが隣にいて、怖くないわけがない!」
ララ、落ち着いてよ。僕がララのことを嫌うわけないじゃないか。そう言おうとしたけど、なぜか言葉が出なかった。……どうして。ララはキッと僕のことを睨みつけた。
「どうしてか教えてあげる! お父さんはこれから先私がどんな秘密を握るかわからないから、嫌わない自信がないの! だから、言えないの!」
「……」
ついに、僕は何も言うことができなかった。ララは悲しそうに、僕から目をそらした。……僕は、何をやっているんだ。父親なのに。ララの言葉を、否定できない。『いつか僕の大事なことを盗み見られるんじゃないか』って不安になってる。……僕の、バカ。
「お父さんは悪くないよ。当たり前のこと。私、人の心を見れるから、人のことは一番よく知ってるつもり。……私のことを知って、怖がらない人はいないよ。お姉ちゃんも、トレースも、元の世界にいた人だって」
慰めてくれているんだということが、悔しかった。どうして、僕はこの子に何も言ってあげられないの!? 僕は、父親なのに! こんなにもこの子が苦しんでて、悲しんでて、それなのに、僕たちと別れようとしてる。家族の僕が、ここで言わなきゃいけないのに!
「学園長さんは、私を引き取ってくれるって言ってる。いろんな能力を……私やお姉ちゃんみたいに、すごい力を持ってる子供たちを育てる施設で、ちゃんとした教育を受けさせてくれるんだって」
目をそむけたまま、ララは呟くように言った。
「きょ、教育って」
そんなの、僕がいくらでも……。
「お父さんが一緒じゃ駄目なの。私は施設でもきっと、嫌われるし恐れられる。だから、ずっと、ずっと、これから一生、お父さんと旅した時の思い出を糧に、生きていくの。お父さんが私を助けてくれた時のお父さんの心を想い続けて、この世界で死ぬの」
それは、子供が語るにはあまりに悲しい夢だった。嫌われる前に僕たちから離れて、僕たちの思い出だけを頼りに、生きていく。……そんなこと、どうしてミリアと同じ年齢の子が、言わなければならないんだろう。
「……さよなら、お父さん。短い間だったけど……楽しかった」
泣きそうな表情を無理矢理微笑みの形にして、ララは僕に言った。僕は何も言えない。何を言ったらいいんだろう。
「さよなら、って一言いって。そうすれば、私は救われるよ」
そうなんだろうか。本当にそうなんだろうか。僕は迷う。本当に、僕がララの言うとおり言えば、ララは救われるんだろうか。
「うん。救われる。だから、お父さん。お願い」
「……ララ」
さよなら。
どこか霞みがかった頭で僕がそう言おうとした時。
「る、ルウ!」
外から、僕を呼ぶ声がした。
「え?」
僕はララから視線を外し、扉を見る。急に視界が晴れた気がする。ララも、学園長さんも同じく、トレースのいる外を見る。
「お父さん、ルオが!」
「え?」
ララは震えながら言った。
「お、お父さん、ルオが来た! 前の世界でお父さんに何か目印付けたみたい! お父さんを殺しに来た! 早く戦う準備をして!」
「え、え?」
僕はとにかくララに言われたとおり、コンシャンスを抜く。でも、外に出ていきなりやられたんじゃ
「でっかい魔法ビームが来る! なんとかして防いでッ!」
「そ、そんな無茶な」
そんなことできるわけがない。
「トレース! みんなを守って!」
「わかってる!」
扉の向こうで大きな力が爆ぜたのがわかった。その力は扉をなぎ倒し、入口に大きな穴を開けた。学園長さん、ララ、僕を殺そうと、その力はそのまま進んできて……。
「させ……るかぁっ!」
力が僕らの全てを飲み込もうとした時、トレースが間に入ってきて、その力を受け止め、霧散させた。
「らしくないじゃないか……ねえ」
「……本当に、そうでございますねご主人様」
魔法によって開けられた大穴から、災厄の使者ルオと、知らない誰かが僕たちの方へ向かってきた。
「こんにちは、ついさっき会ったばかりだね、ルウ。君は会いたくなかった? 俺は会いたかったよなあ、オリジン」
「はい、ご主人様」
オリジンと呼ばれた誰かは、トレースとルオそっくりだった。白い髪の毛に女性らしい顔立ち。全身を白黒のエプロンドレスで包み、さながら給仕のようだった。
「……自己紹介だ、オリジン」
「はい」
ルオが命じると、オリジンは恭しく一礼して、命令を実行した。
「私の名前はオリジン・エクシキュート。我がご主人ルオ・イノベイト様の奴隷にして使用人にして万能無限の道具であります」
僕と、ルオがそっくりなように、トレースとオリジンも、そっくりだった。
……彼らは、一体なんだ?