定まった未来
「……そもそも、じゃな」
ふう、と彼はため息をひとつついて話し始めた。
「あまり、こういうことをよそ者に話すわけにはいかんのじゃよ」
「……でも、私はもう知ってしまった。あなたが思ったから。知りたくないことまで、知ってしまう。……こんな力、要らない」
ララはルオのことなんかより、能力の方が大事みたいだ。責めるわけじゃないけど、けっこうドライなんだね。
「お譲ちゃんの能力をなくすことは」
「もういい」
きっぱりと言いきると、ララは僕のそばに来た。
「行こう、お父さん。もう、ここにいたくない」
「どうして?」
「……それは」
理由を聞くと、なぜかララは黙った。どこか、迷っているような感じが彼女から感じられた。
「ララ、こちらへ来い。君もそうだが、ルウにも相談があるのだ」
言い渋るララを、トレースが半ば強引に連れていった。
「あ……」
「早く帰りたいのだろう? ならば、早く相談し終わってもらわないとな」
「……」
トレースの言葉を聞くと、ララはおとなしく部屋の外に出ていった。
「……ずいぶんと、冷めた子じゃな」
「そう、ですね」
学園長さんに僕は同意する。ミリアとはずいぶんと違う。あの子は明るいけど、ララは全体的に暗い感じ。……出会ったころは、そうでもなかったのに。
「心を読めるような子は、大抵がああなる。……大人になれば、もっとひどくなる」
「……というと?」
「あの子レベルになると、十六歳頃になると、感情を失くすじゃろう」
「そんな……」
感情を失くすって……そんな。そんなこと、あるもんか。今のララは、確かにちょっと暗いけど、でも、確かに笑ったりするし、怖がったりもちゃんとするし……。
「心を読む、ということは、他人の心を自分の物にするのと変わりない。少年、君が私の心をそっくりそのまま感じて、君自身のままでいれる自信があるかね?」
「……ないです」
もし本当にそんなことになったらきっと、学園長さんの心と僕の心が融け合って、僕でも学園長さんでもない人間が生まれるのだろう。
「そうだ。その不安は、あの子自身も感じている。自分と他人が融け合う不安に、常にさらされている。不安を解消するためには、他人を心の中から出すか、自分と他人を触れさせなければいい。しかし、前者は能力があるからできない。だが……」
「……」
僕は、彼が言いたいことをほとんど理解していた。自分と他人が融け合う恐怖。それを回避するためには、他人を心の中から排除するしかない。……でも、ララにはそれができない。だから、あの子は。
「だが、自分を失くせば、心の中に他人がいても、『何もない自分』とはまじりあわない。だから、自分を保てる」
「……」
「だから、自分と他人の境目をはっきりとさせるために……大抵の心透視者は、思春期頃に心を閉ざす」
「……そんなの!」
わかっていても、立ち上がらずにはいられなかった。自分を保つために、自分を失くす……? そんなの、そんなの……!
「ああそうじゃ。本末転倒もいいとこじゃ。それは、心透視者達だって理解しているじゃろうよ」
「だったら!」
「でも」
学園長さんは悲しそうに僕を見据えた。
「でも、彼らはそうするしかないのじゃ。『何もない自分』を保つことでしか、『たった一人しかいない人格』を守れないのじゃよ」
「……」
「あのお譲ちゃん……ララ、と言ったかな。彼女には、もうその兆候が現れはじめちょる」
「……え?」
あの子が? そんな、嘘だ。あの子が……そんな。
「あの時、言ったじゃろう? 『声を聞いた』と」
「……あの時の……」
ルオが、誰か知らない人を殺した時、ララは頭を抱えてうずくまった。そして、それきりなんの反応も示さなくなった。
「そうじゃ。いつかは知らんが、君はあの子に『人を殺す殺意』と『断末魔』を同時に聞かせてしまったのじゃ」
「……」
僕は何も言えず、ただ目を伏せることしかできない。
「その人間が人生を閉ざす最後の『想い』。人の人生を終わらせようとする『想い』。それらが生半可なものでないのは君にだってわかるじゃろう。人生最後の叫びをあの年頃の娘が直に感じて、変わらないわけがないじゃろう?」
学園長さんのことを聞きながら、僕は思い出す。さっき、僕はララに対してドライだ、と感じた。それは本当に、ただドライなだけなのだろうか。実は、もうすでにララは、心を閉ざしかけているのでは……?
「……僕が、しっかりしていなかったから」
「これから、しっかりしてやればよいのじゃ」
優しく、学園長さんは僕に言った。
「……さっきは睨んで悪かったな。君が娘の目の前で人でも殺したのかと思うてな」
「なんでそんなこと思うんですか」
「君の本質を見たら、おそらく誰でもそう思うわい」
「……どういう意味ですか」
僕は声を荒げて言った。何を、この人は。まるで僕が、化け物か何かみたいに……!
「君は、人ではない。……君は」
「……そんな」
僕は、告げられた答えに、探し求めていたはずの答えに、絶句した。