城主様とわずかな情報
かなりの広さがある謁見室。天井にはシャンデリア、床はふかふかの赤絨毯。きらめく柱に、さまざまな調度品。部屋の中央、他の床よりも一段高くされている場所にある絢爛豪華な玉座に、ひとりの男性が座っている。深い青マントと青い服。茶色の髪と茶色の目を持っていて、容姿は淡麗。豪華な王冠も相まってまさしく王様、といった風だ。彼がこの城の城主様、ということなんだろう。僕とトレースは隊長に連れられて、彼の前に引き立てられた。
「連れてまいりました」
「そうか。下がっていいぞ」
城主様は隊長に命令し、彼を下がらせた。隊長は後ろに下がって、僕たちが何か怪しい動きをしないかどうか見張っているようだ。
城主様は僕たちに顔を向けると、厳しい声で言った。
「お前たちが、酒場の主人を殺害したのか?」
「違います」
僕はすぐに否定する。
「……ふむ、そうか。ならば訊こう。目撃証言にある容姿と、お前たちの容姿は完全に一致している。そのことについて、何かあるか?」
「僕と犯人は、別人です」
「……犯人と自分たちが偶然似ていただけと、そう申すか」
「はい」
城主様は顎に指をあて、しばらく思案するように目を閉じた。
「もし、お前たちが殺人を犯していたとするのなら」
城主様は眼を開けて、僕たちを見た。
「さきほどの質問に、『目撃者の見間違い』だといったであろう。つまり、自分が犯人でないことを確信しているというわけだ。嘘を言っている風でもない。……この者は無実だな」
「……しかし、城主様」
あまりに早い判断に、後ろの隊長が苦言を呈した。
「この二人、驚くほど顔がよく似ている。……ならば、三人目がいる可能性もある。お前ら、少し部屋から出ていけ」
「はっ?」
あまりに唐突だったらしく、隊長は短く聞き返した。
「お、……私とこやつらで、少し話したいことがある。……だから、兵士ともどもこの部屋から出ていけ」
「し、しかし」
「私がこやつらに、こいつら程度に殺されるとでも本気で思っているのか?」
「……わかりました」
隊長は敬礼をすると、部下たちと一緒に謁見室から出ていった。
「……ったく、頭かてえよな、あいつら」
「え?」
城主様はいきなり玉座から立ち上がると、僕たちの方へ歩いてくる。吟遊詩人のように両手を広げながら、高らかと歌い上げるように言葉を紡ぐ。
「俺は王じゃない。孤独な囚人さ。従者も奴隷も誰一人いない王など、いるものか。俺は『私』と呼ぶことを決められ、『私』には王であることが義務付けられた。なぜか? それは簡単だ。私が強いからだ」
「……」
後ろのトレースが息を呑む。なぜだろう。
「私は強い。俺は強い。だから、ここにいる」
「……どういうこと?」
意味がわからず、僕は聞いた。
「わからねえか? 俺は囚人。この城の城主にして、この国の奴隷にして、この世界最強の魔法使い。強すぎるがゆえにこの国に備え付けられ、縛られ、孤独に過ごす。……いい加減、この暮らしにも飽きてきた」
彼は広げた両手を胸の前に持ってきて、僕の方に掲げた。
「……やはりお前らはこの国、いや、この世界の人間じゃねえな」
「!?」
僕は身構える。ばれた? どうして? トレースもかなり警戒してるみたいだ。気をつけないと。
「もしこの世界の人間なら、俺に手の平を向けられることの意味が、理解できるだろうからな」
彼は僕の方を向いていた手を、一つの柱に向けた。
「……崩れろ」
まるで言葉に従うように、その柱は砂になって崩れ去った。
「……言霊か?」
「違う」
トレースの推理を、彼はすぐさま否定した。
「魔法だ。『崩れろ』っていう魔法。無機物相手なら、この程度は一言で済む。有機物……主に人間相手だと、そうはいかねえが」
「そう簡単にいかれてたまるか」
トレースはおもむろに手を前に突き出した。
「……へえ、何をするつもりだ?」
城主様もトレースに向けて手を突き出す。僕にはわからないけど、これが魔法使いにとっての構えなんだろうか。
「今すぐこの城から出してもらおうか」
「……たしか、てめえらのガキがいただろ?」
「ボクたちのではない」
「攫ってきたガキか? 異世界の人間を売り飛ばすとは、またあくどい……」
「そんなつもりは毛頭ない。とにかく、ボクらをここから出せ」
「いいぜ。ただし、条件がある」
「……なんだと?」
城主様はにやりと笑うとかざした両手を降ろした。え? どうして?
「何のつもりだ?」
「俺はな、どこかに行きたいんだよ」
「どこかって、どこ?」
「どこでもいい。俺はもうこんな城、いたくねえ。かれこれ十六年ここにいるが、暇すぎてしょうがねえ。なあ、俺も連れてってくれよ」
城主様の言葉に、僕はひどく驚いた。どうしてこんな人が、僕と一緒に来たいだなんていうんだろう?
「何をたくらんでる?」
「何もたくらんでねえ。俺はお前の仲間になりたい。……だめか?」
「……。どうするのだ、主人」
トレースは手を降ろし、僕に聞いてきた。……どうするのだって言われても……。
「……ねえ、ルオって知ってる?」
「ルオ? ……流王のことか?」
「リュオ?」
いきなり聞きなれない単語が出てきて、僕は戸惑う。どうしてルオについて聞いて、リュオって人が出てくるんだろう?
「流れの王と書いてリュオ。昔この国に現れた『災厄の象徴』だよ。一部の文献にはルオって示されてるみてえだが……それしかわからねえ」
流れの王。流れ、流。ルウ。名前の由来さえ、僕そっくりだ。
「ふむ、災厄の象徴か。……ところで、こいつはどうする、ルウ」
「……僕は、別にいいけど」
むしろ仲間が増えてうれしいかも。
「そうか! 俺はルーン。ルーン・マギテック。お前はルウだな。んで、お前がトレース」
「……そうだよ」
「そうだ」
城主様……いや、ルーンは快活に笑った。
「いやあ、うれしいなあ! これで俺はこの世界から、この牢獄から出ていけるんだ!」
「フン。ボクはまだ許可を出した覚えはないな」
喜びに水を差すようにトレースは言った。
「……なんだって?」
「なぜボクがキミと一緒に旅せねばならない。ボクは嫌だ」
「……でも、トレース」
せっかく仲間が増えるチャンスなのに。
「ルウ、キミがどうしてもというのならボクもしぶしぶ受け入れよう。だが、ボクはこいつは好かない。それだけはわかってくれ」
「……」
もし僕がルーンを仲間になってくれと言ったとして、その上仲良くするように、なんて言ったら……きっと、彼女は自分を殺して仲良くしようと努めるだろう。……そんなうわべだけの関係、僕は嫌だ。……トレースが嫌だっていうのなら、僕は、僕は。
「ごめん、ルーン」
「……ちぇっ。ま、いいけどよ。後のことは任せとけよ。俺が全部やっといてやるよ」
「いいのか?」
トレースが驚いたような声をあげた。確かに、条件も蹴ったというのによくしてくれるなんて、普通ならありえない。
「ああ。初めて真剣に、素のままで話し合えた。これはいい経験だ。きっと、これから俺は少しづつだが自分を出していけるかもしれない。……多分、今日がなかったら、こうは思わなかったろうな。……それの、せめてもの礼だ。異世界の旅人」
明るい、清々しい表情でルーンは言った。外に未練がないというわけではなさそうだが、それでも納得はしたようだった。
「ほら、行けよ。安心して、旅立て。……それと、わがまま言って、すまなかった」
「いいよ、別に」
「ボクは構わん」
僕たちが言うと、彼はそうか、とだけ言って玉座に戻った。
「……俺は寝る。じゃあな」
「うん、バイバイ」
「さよならだ」
僕は踵を返した。
「……トレース、ララを連れてきて」
「連れてきたぞ」
僕が言うと同時に、トレースはララをこの場に連れてきていた。……すごいな、相変わらず。
「おお、すげえ。俺並みに魔法使えるんだな」
「……自慢するほどのことでもない。さあ、主人、行こうか」
「……そうだね」
僕は言われるままに『扉』を開け、世界の外に出る。
……そういえばルオも、この『扉』を使えていた。……一体、ルオは何者なんだろうか。
ルオの正体が気になって仕方がない僕と、僕に従うことしか考えてないトレースと、眠りっぱなしのままふわふわと浮かばされ、トレースについて浮遊するララ。この三人で、僕たちは次の世界に……。
「……おとう、さん」
「ララ」
ふわふわと浮いていたララが、ゆっくりと目を開けた。注意深くまわりを見て、僕たち以外の誰もいないことを確認すると、ほ、と彼女は一息ついた。
「降ろして、トレース」
「うむ」
トレースはうなずくと、ゆっくりとララを降ろしてやる。浮いていたというのに、彼女はそれに対して何も言わなかった。
「どうなったの?」
ララが気絶してしまった後のことを聞いているんだということは簡単にわかった。
「なんとかなって、こうしてここにいる」
「……そう」
ララがそう言うのは、トレースが言い切る少し前のことだった。
「……どうした?」
「え?」
「様子が変だぞ?」
「……だ、大丈夫だよ! うん、大丈夫!」
ララは柔和な笑みを浮かべた。
「そういうのなら、大丈夫なのだろうが……」
「い、いこ? もう次の世界に行けるんでしょ?」
「うん」
ララはとにかく次の世界に行きたいのか、僕を押しのけて近くの扉を開いた。
「ま、待ってよ!」
「早く来て!」
「お、おい、主人」
ララは世界の扉をあけると、きゃっきゃと笑ってその中に入った。僕も急いで追いかける。
「トレースも、早く!」
「……ったく、あのおてんば娘が」
トレースはそう短く言うと、僕の後に世界に入った。