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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
七つ目の世界
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連れてこられた先で

 絢爛豪華な城の中を案内され、連れてこられた先は客間のような部屋だった。広さはだいたいミリアがいるアパート四つ分ぐらい。相当広い。絨毯も赤じゅうたんで金縁で彩られ、天井にはシャンデリア。ベッドは天蓋付きでクローゼットまである。……本当にここが『人を殺した後の人間』をいれる部屋?


 「ここで待っていろ。逃げようとするなよ。……ではな」


 そう言って隊長さんは言ってしまった。扉に鍵がかかる音がした。よく見ればこの部屋の扉、ノブがない。……つまり、外から開いてもらわないと出れない、ということか。窓もないし、確かにここは……豪華なだけで、たしかに牢獄だね。


 「……ララは大丈夫?」


 牢獄に閉じ込められたことなんてこの際どうでもいい。いま重要なのはララだ。さっきから何も言ってくれないけど……。


 「わからん。震えているばかりで何も言わない」

 「……ララ、ララ?」


 意を決して、ララを揺さぶってみる。びくりと身体を大きく震わせたけど、細かい震えは止まった。ララは恐る恐る耳をふさいでいた手を離して、ゆっくりと目を開けた。不安そうに眉を下げているけど、異常はないみたい。


 「…………お父さん」

 「ララ、大丈夫?」


 よかった。ルオに何かされたというわけじゃなさそうだ。ほっ。


 「…………お父さん、耳を……」

 「え?」

 

 声が小さすぎて、聞き取れなかった。何? 耳が、何?


 「…………お父さん、私の耳を、削いで」

 「な、何を言っているの?」


 耳を削ぐ? そんなことして、何が……?


 「…………お父さん、私変になっちゃった」

 「どうしたの? ねえ、教えて?」

 

 何があったの? 本当にルオに何もされてないの? それとも何か僕がまずいことをしたのかな?

 教えて、ララ。僕に君が何を思っているか、教えてよ。

 ララは無情にも、首を振った。


 「…………ダメ。お父さんは綺麗なままでいて……何も言わずに、耳を……」

 「綺麗なままのルウが娘の耳を削げるわけがないだろう。理由を言え」


 ぶっきらぼうを装ってトレースは言ったけど、その顔も声も、心配そうだった。


 「…………トレース、声が、声が」

 「声がどうかしたのか?」


 ララの目は不安そうで、まるで僕たちの反応を探っているかのようだった。


 「…………声がね、聞こえるの」

 「声?」

 

 ララはまた、耳をふさぐ。ふさいだまま、言う。


 「…………『死にたくない』って、とっても、とっても大きな声が聞こえるの。そのあとに、『殺す』っていう声が聞こえて……」

 「聞こえて?」

 「…………すごく怖くなって、すごく痛くなって、そのあと、なんにも感じなくなっちゃった。なんだか……消えちゃった感じ」

 「ふむ……。たしか、キミは強く心に思ったことは聞こえ、感じるんだったな」

 「…………うん」


 ああ、そうか。そうだったのか。ララは、青年の断末魔と、ルオの殺意とを、一緒に感じちゃったんだ。

 「…………痛くて苦しいのが終わって、何も感じなくなって……そしたら、ぽっかり穴が開いた気分になったの。そのあと、そのあと、ルオって人のすごい声が聞こえて……怖くなった」

 「……そうか」


 トレースはそう言って、ララを抱きしめた。え、珍しい。トレースが、そんな優しいことをするなんて。

 

 「何も問題はない。キミは少し、感化されただけだ。しばらく休めば、その時の記憶も薄れていくはずだ。……すまなかったな。キミは、ルウ以上に死を見てはいけない人間だった。それに気付かなかったボクのミスだ。……ララ、今は休め」

 「…………目を閉じたら、声が聞こえる。あの時の声が……」

 「ならば、眠らせてやろう」

 「…………ありがとう」


 ララが頼りない笑顔をトレースに向けると、何度も目を瞬かせ……そして、数秒もしないうちに寝息を立て始めた。トレースはララを抱き上げ、天蓋付きのベッドまで連れていく。ゆっくりとベッドに寝かしつけてやると、優しく布団をかけた。


 「……心を覗くというのは、辛いものだな」

 

 トレースがララを憐れむような目で見る。

 

 「そうだね」

 「ララの能力は、さらに辛い。普段は見えるだけなのだ。文字のように心を見るだけだ。しかし、見る人間が強く思うと、声も聞こえる。何を感じているかもわかる。……それはもはや、その人間になるのと、かわりはない」


 思っていることが聞こえて、感じていることを一緒に感じる。幼いララは、自分と殺された青年との境目が、分からなくなったのだろう。

 

 「いうなれば、ララは一度死を経験したも同じ。……言葉にすれば簡単だが、ララの傷は深い」

 「わかってるよ」


 そんなの、さっきまでのララの様子を見れば、すぐにわかるよ。嫌でもわかっちゃうよ。


 「……ララも、置いていけばよかったな」

 「そうかな」

 

 トレースがそんなことをいうなんて、意外だった。まるで、そう、後悔しているような感じ。トレースは自分のミスを認めることはあっても、後悔することはなかったはず。


 「ミリアは未来が見えるから、あの世界が平和なものだと気づけた。……が、ララはそうではなかったのだ。ミリアは大人だが、ララはそうではない。ボクたちは、ボクは、その違いに気づいてやらねばならなかったのだ」

 「……そうだね」


 ララは当たり前のように付いてきた。……けど、それは必ずしも、ララにとっていいことではない。だって、異世界は危険がたくさんある。ララの知らないところでも、僕たちはたくさん酷い目にあってきた。それなのに僕たちは、ララがついてくることを、止めようとしなかった。


 「……ボクたちは、気づいてやるべきだった。心が見えて、強い思いは聞こえ、感じるララを危険な異世界で連れまわすことが、どれほど危険なことかを」

 「……うん」

 「この先、危険はいくらでもある。……ボクが人を殺すことだってある。その時、そばにララがいたら……」

 

 ララはまた、こうなってしまうかもしれない。トレースはララの眠っているベッドに腰掛けた。


 「……主人、こっちへ来てくれないか」

 「どうして?」

 「頼む」


 どうして? ここで話すのではダメなの?


 「……不安なんだ」

 「……そう」


 また、珍しいトレースが見れた。僕はトレースのそばまで歩くと、トレースの隣……ララが眠っているベッドに、腰掛ける。


 「すまない、主人。頼りない従者で……」

 「キミは、仲間だよ」 


 きゅっと、手を握られた。……え。


 「……頼む。主人。今は、今だけは。今だけは、ボクを従者として扱ってくれ」

 「でも」

 「ボクは道具だ。使われることにしか存在価値と幸せを見いだせないつまらない存在だ。……情けをかけると思って、頼む」

 「……わかったよ」


 僕はトレースの手を握り返す。……でも、僕、従者の扱い方なんて、知らないよ。


 「主人。ボクは、ボクは……不安なんだ。この先、ララがこうなったとしたら、ボクは一体どうすればいい? こうやって眠らせて、ただ時間に治療を任すのか? ……もし、それさえもできない状況に陥ったら? 時間は確かに心の傷をいやす薬だ。だが、毒になることだってあるのだ。……なあ、主人。教えてくれ。ボクはいったい、どうすればいい? 命令してくれ。どうすれば、ボクはララを、キミを守っていける?」


 ……僕は、答えることができない。僕だって、答えを知らないんだ。一体僕は、どうすれば……。


 「……トレース、君は……」


 僕が口を開きかけた、その時。


 「おい! 尋問の時間だ。出てきてくれ」


 隊長の声が、扉の向こうでした。


 「……行こうよ」

 「了解」


 僕たちは立ち上がり、扉の前まで歩く。


 「来たよ」

 「出ろ」


 扉が開いて、隊長の姿が見えた。


 「城主様がお前を直接尋問なさる」

 「……どうして?」

 

 こういうのは下っ端の仕事じゃないの?


 「お前らは仮にも『魔法殺人容疑』だからな。城主様でないと魔法を使って逃げ出しかねんからな」

 「……そう」


 城主様か。どんな人なんだろう。……トレースを造った人みたいな人間じゃなければいいんだけど。


 「ついてきてもらおう」

 「……わかった」


 隊長とその部下たちの後ろを歩き、城主様の元へと、僕は向かう。

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