初めての魔法世界……だけど
扉をくぐり、世界に入る。この世界の景色は中世……ミリアがいた世界にとてもよく似ている。レンガ造りの家が立ち並び、露天商がたくさんあって、道がすごく広い。マントをはおっているいる人がちらほらいて、少し特徴的だけど、服装も簡素だ。
「うわあ、すごい! 何ここ?」
「ララはこのような世界に来たことがなかったな。中世……といえばわかるか? ……どうも、ここは魔法に特化した世界のようだがな」
「魔法?」
魔法って、あれでしょ? ものすごく便利なやつ。
「そう。魔力を消費して使うのか世界にある力を遣うのかは世界によってまちまちだが……この世界は、どうも前者のようだな」
「そんなことすぐにわかるの?」
毎回思うけど、トレースはどうやって世界解説をしているんだろう?
「ボクは万能無限の道具だからな。世界の情報くらいなら、すぐにつかめる」
「さすがだね~」
本当、感心するよ。……道具と自負するのは、あまりしてほしくないけど。
「ねえお父さん、あのお店は何?」
「ん?」
ララが指さしたのは、パンやら何やらよくわからないモノが売られている露天商だった。
「多分……食べ物屋さんじゃないかな?」
「そうなんだ……。お父さん、おなかすいた」
「……え、ええっと、トレース?」
こんなとき、トレースに頼るしかない僕っていったい何なんだろう? 父親面する甲斐性なし、かな?
「あれはパンに見えるがそうではない。魔力を帯びた魔獣用の餌だ。常人が食えば、魔力が暴走して破裂するぞ」
「何が?」
「全身が」
もし僕がお金を持っていたら、何もしらずにパンを買って、そしてララに食べさせて……ボン。
そんなことを考えて、全身に冷や汗が流れた。……し、しばらくは甲斐性なしのままでも、いいかな? 少なくともこの世界の食べられるもの、食べられないものがわかるまでは、トレースに買い物は任せるべきだ。
「……あれ、もしかして今、私ピンチだった?」
「そうだな」
目に見えてララがショックを受けた。
「まあ、もしルウが金を持っていたとしても、買わせることはなかったがな」
「あ、当たり前だよっ!」
ララが涙目で叫ぶ。……確かに、今紙一重で命がつながったと知ったら、泣きたくもなるだろうなあ。
「……この近くに食べ物を売っている露天商はない。近くにレストラン、というか酒場があるから、そこで食べよう。味は保証せんが、腹は膨れる」
「大丈夫! 私、おなかすいてたらなんでも食べれるから!」
快活にララは笑って、トレースについていく。……元気だなぁ。ミリアとは大違い。
そう思って、始めて僕は気づく。そうか、そういえば僕、ララとちゃんと旅したのって、これが初めてなんだ。ララが一緒になってからは僕が眠りこけたり気絶したり、ララがシンクロしてたり気絶されたりで、ほとんど会話らしい会話もしていなかったような気がする。よくもまあこんな状況で僕は父親が名乗れた物だよ。
「お父さん! 早く早く!」
「うん、わかったよ」
そう僕が少し前をいくララ達に歩調を合わせようとした時……。
目の前にあったお店が、赤い光に包まれて吹き飛んだ。
「うわっ!?」
風と一緒に粉じんが舞い上がり、何も見えなくなる。何が、何が起こったの?
「……てめえ、ぶち殺す! なめんじゃねえ!」
「うるさいな、黙ってよ」
怒鳴っている声と、鬱陶しそうに言う声とが聞こえた。怒鳴っている声は聞きなれない声。でも、鬱陶しそうな声は、どこかで聞いたことがあるような……?
「主人! 大丈夫か!?」
トレースの声だ。……ララは? ララは大丈夫なの?
「トレース! ララは!?」
「無事だ! かすり傷一つない! 君は無事か?」
「大丈夫! ……この煙、晴らせる?」
こんな状態じゃ何も見えないし、何もできない。ただでさえ僕は周りを探る手段を持たないって言うのに、目まで封じられたんじゃどうしようもないよ。
「まかせてくれ! ……晴れろ!」
一陣の風が吹いて、その強さに思わず僕は眼をつむる。再び目を開けると、煙はすっかり晴れていた。トレースとララは意外と近くにいて、吹き飛んだお店の方を見ている。
「……あれ、意外と早かったね、晴れるの」
「うるさい! 早く構えろ! 殺されてえのか!?」
「殺すのではなかったの?」
崩壊した店の中で叫んでいるのは、ひとりの青年。その向かい側には、トレースそっくりの少年が、嘲りと共に青年をあしらっていた。……どうして、トレースがあそこに?
「ああいいぜいいぜ殺してやる!」
青年は大きく手を振り上げて、目を閉じる。
「光よ熱よ我に集まり恒久を成し、光球と成れ! 光と熱で我が目の前の敵を――」
「魔法詠唱が長いよ?」
トレースそっくりの少年は、まるでトレースのように手を地面と並行に掲げ、一言だけを言った。
「貫け『世界の槍』」
一瞬だけ光の線が青年を貫くと、彼は動かなくなった。……動きを封じたの?
「……主人、見るなッ!」
「え?」
トレースの言葉を理解する前に。
「かは」
「きゃっ!?」
たくさんの血が、血が、首が、血が。青年の身体が、崩れ落ちた。ゆっくりと、まるでコマ送りしたみたいに彼の身体が傾いて、そして、倒れて、動かなくなった。
「え、え?」
「……主人、見るな、あれは……」
「おや?」
青年を殺した少年が、僕の方を向いた。その目は人を殺したすぐあとだと言うのに楽しそうで、頬には微笑みさえ浮かんでいた。
「キミは……もしかして、ルウ?」
「え、え?」
「あはは、ルウ? ルウだよね? まさかこんな所で、やっとルウに会えるなんて思いもしなかった!」
「な、何を」
少年は僕に近づくことなく、ただ笑って自己紹介をした。
「俺はルオ。ルオ・イノベイト。君の苗字を教えてよ、ルウ?」
「ぼ、僕は」
俺、という一人称がひどく不似合いな彼――ルオは、満面の笑みで、僕に訊いてきた。答えるべきなのだろうか? 答えて、何か意味が……?
「答えないなら、君の大事な物を、壊すよ?」
「きゃっ!」
そうルオが言うと、呆然と青年の方を向いていたララが耳をふさいでうずくまった。……!
「ララに何をした!?」
「何も? ……いや、本当に驚いた。何もしてないのに痛がられるなんて初めての反応だよ。俺は脅しの意味で使うだけだったんだけど……」
「……ぼ、僕はペンタグラム! ルウ・ペンタグラム! これで文句はないだろう!?」
早く、ララからこいつを、ルオを遠ざけないと! 名前を言ったところで逃がしてくれるとは思わない。だったら、戦わなきゃ! ララは、娘は僕が守る!
「……お父さん……」
「ふふふ、ペンタグラム、ね。またまた因果な名前だね。じゃあねルウ。また会えたら。いや、俺らは必ず出会う。俺の望みのある限り、俺と君は出会う運命なんだ。……じゃあね。ふふふ……」
ルオはそう不敵に笑うと、『扉』を開けて、その向こうに入って、そして消えていった。
……え?
「ぼ、僕と同じ……?」
何が起こったのかわからない。人が死んで、トレースそっくりのルオがいて、僕に自己紹介して、そして、僕の名前を言ったら、僕にしか使えないはずの『扉』を使って消えていった。
状況はしっかりと把握できる。でも、でも、わからない。わからないんだ。何で、なんでルオは人を殺したの? なんでルオはトレースそっくりなの? なんでルオは僕に名乗ったの? なんでルオは僕の名前を知ったら帰ったの? なんでルオは、僕と同じことができるの?
「……主人。兵士が来ているぞ。どうもボクたちを犯人だと思っているらしく……」
「……逃げなきゃ。ララ、早く立って」
ララはさっきからうずくまったまま、耳を押さえて震えている。どうしたの? 早くしないとつかまっちゃうよ。
「……ララ?」
「…………」
震えっぱなしのララを置いていくなんてできないし、無理矢理立たせるなんていうのも可哀そうだ。
「……トレース、転送は?」
「もう遅い。転移魔法の封印結界が張られた。逃げれん」
「そんな」
人混みをかき分けて鎧を着こんだ兵士たちがやってきて、僕らの周りを囲う。その中の一人、ひときわ強そうな鎧を着込んだ兵士が一歩僕たちに近づいた。
「お前達は旅人の身分にありながらこの国の人間を傷つけた。間違いないな?」
「間違いです」
「……目撃証言もある」
「彼と僕たちは、似てるだけです。僕たちは何もやってない」
ふむ、とその兵士は呟くと、周りの兵士たちに何かを命令する。ジェスチャーなので僕には意味がわからないけど……きっと、捕えろ、ってことなんだろうと思う。
「やっていない、というならこちらは調べなければならない。しかし、その間に逃げられても困る。……ゆえに、しばしの間こちらに来てもらうが、構わないか?」
「……断ったら?」
「実力行使になってしまうのは致し方ない」
周りの兵士たちが一斉に剣を抜いて、僕たちに突きつけた。……トレースに全てを任せて逃げてもいいけど……。そんなことをして、僕ははたして旅人と言えるだろうか? この世界に旅をしにきたと、言えるだろうか。まるで逃げにきたみたいじゃないか。……それに、もしかしたらこの世界の人たちはルオのことを知っているかもしれない。……なら。
「……わかったよ。僕は、あなたたちのところへ行きます」
「ルウ!」
トレースが驚いたように声をあげた。彼女の方を見ると、手のひらが何やら光っている。……僕が兵士たちに攻撃しろとでも言うと思っていたのだろうか。
「……ただ、一つお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「僕とトレース、ララと、同じところに……」
「それくらいなら、構わん。脱走しようとすれば、別々の部屋になるから、その点気をつけろよ」
「……はい」
僕はうなずいて、ララの方を見る。まだしゃがみ込んで目を閉じ、耳をふさいで震えている。何があったのかは分からないけど、むやみに引き起こすこともできないし……。
「その子、大丈夫か? 震えているが……」
「うん、大丈夫……だと思う」
兵士が心配してくれることが、意外だった。僕らは罪人とみなされてるんじゃなかったの?
「……トレース、ララをそのまま、連れてきてくれるかな」
「しかし、主人」
「お願い」
「……了解」
トレースは光ったままの手のひらをララの方に向けた。ふわりとララは浮き上がり、トレースの後ろをふわふわと漂う。
「この状態なら、問題ないだろう」
「そうか。……ついて来てくれ」
「わかった」
「全隊員、移動開始」
強そうな鎧を着た彼の命令通りに、兵士たちは動いた。僕たちは彼についていき、兵士たちは輪を崩さずに僕たちを囲う。
「……名前を、聞いておこうか。私はレイ。この隊の隊長を務めている」
「僕はルウ」
「ボクはトレース。こっちはララ」
隊長だったんだ。僕はそう思いながら、周りを見る。兵士たちは一糸乱れず陣形を守り、僕たちを囲っている。何があっても対処できるように、常に腰の剣に手が置かれている。トレースは神妙な顔を隊長を睨んでいる。ララは……相変わらず、震えている。自分が浮いていることにも、気づいていないようだ。
「……僕たちは、どこへ」
「城だ」
「城? 牢屋じゃなくて?」
「ああ。……城の一室に、被疑者用の部屋がある。そこにお前たちを連れていく」
「……そう」
お城、か。あまり行きたい場所じゃない。またトレースが狙われたりしないだろうか。
「そろそろ城が見えるはずだ……ほら」
隊長が指をさした方向を見ると、きれいな尖塔が三本ある、白亜のお城があった。僕は今から、あそこに行くのか。……トレースたちを連れて。
「さ、行くぞ」
これから僕は、僕たちはどうなっちゃうんだろう。
そんな不安が、いまさらながらにわいてきた。