リンクとの激闘
断続的に、継続的に、瞬間的に、刹那的に、金属音が体育館に響きわたる。
「っはぁ、はあ……」
ひたむきに打ち合ってから、一度距離を開ける。リンクは僕の視界のど真ん中にいる。距離はだいたい歩数にして五十。……今の僕たちにとって、あってないような距離。未だに羽毛のような軽さを保ち続けるコンシャンスに視線を落とす。あれだけ力任せにぶつけあったというのに、コンシャンスの刃には傷一つついていなかった。……すごい剣だな、これ。金貨数枚で買うには安い剣だと、今ならわかる。あの店主さんにはもっと出してあげるべきだったと思う。
「……ははは、ははははは! 面白いぜ! 道具の力とはいえ、俺とこんなにもやりあうなんて、なかなかできるもんじゃねえ!」
後ろっ!
急いで振り向いて、首を狙っていた黒剣を、右の剣でなんとか防ぐ。……防ぐだけじゃ、もう終わらない!
「うるさい! 君は道楽だろうけど、僕は違うんだ!」
「そうかい? なら殺す気でやれよ? な?」
「ヤダ!」
何度も何度も、力任せ、速さ任せに剣を振るう。よけられる速度でもないため、リンクは防がざるを得ない。断続的に金属音がして、一つの音のように聞こえる。
「なんでヤダなんだよ?」
「たとえ君でも、殺したくない!」
「おいおい……さすがガキ。殺さずに済むとでも思ってんのか? 吸血鬼相手に!?」
「思ってる!」
「んだと……!?」
殺さなくても、方法ならある! あるはずなんだ!
「……トレース! 吸血鬼の弱点を教えて!」
もう僕はトレースに頼ることをためらわない。僕の目的はアカネを助けること。これからも他人を守ること。別に、トレースに頼ってはいけないというきまりはない。トレースに頼りきることなく、でも、頼らなさすぎることもなく。それが、僕の理想!
「吸血鬼は日に弱く、水に弱く、聖なるものに弱く、朝に弱く、神に弱く、異邦の地に弱く、心臓の一撃に弱く、血に弱い!」
「弱点だらけじゃないか!?」
僕は思わず叫ぶ。何それ? なんでそんなに弱点あるの?
「だが、その九割の弱点を俺は持ってねえ!」
「そんなっ!?」
「しかもこの戦闘じゃどうあがいたってつけねえ弱点だ。俺を吸血鬼として殺すのは不可能だ」
少し、引っかかった。……吸血鬼として?
「っく、じゃ、じゃあ! 人の弱点を!」
「はあ!? 何を言っている、ルウ!」
「いいから!」
もしかして、人としてなら、倒せる……!? 斬り合いをしながら、生死のやりとりをしながら、僕は思案する。もしかして、もしかしたら、勝てるかも?
「人など吸血鬼以上に弱点だらけだ! 体、心! どっちの弱点が知りたい!」
「体!」
「ふん。所詮はガキの浅知恵……!」
リンクの反撃が少しだけ強くなった。焦ってるのかな? ……いや、違う。ただ僕をさっきよりも敵だと認めただけだ。僕も必死で、剣を振るう。金属音がさらに大きく、長く継続的に響く。
「頭、首、胸、脇、手首、太もも、足首! そのどれかを壊せば勝負はつく!」
「人が相手ならな!」
リンクがトレースの言葉に呼応して、僕に言ってくる。……人が相手なら? たしかに、リンクは吸血鬼だ。人ではないだろう。でも、リンクは人の姿をして、人と同じような体の使い方をする。リンクは吸血鬼としては倒せない。けど、人としてなら、倒せる!
「……狙うは……」
ひとつ。……死んじゃわないか不安だけど、でも、リンクは吸血鬼、人よりタフなはずだ。……頼むから、死なないでね……?
「一つ!」
「どこを狙う気だ? 言ってみろよ!」
そんなの、言えるもんか! 黒剣をはじきながら答える。
「言うもんか!」
「試しだよ、言ってみな」
なんでそんな……。何が狙いなんだろう? ……一度嘘を言ってみるかな?
「君の、首!」
「そうか。なかなかいい着眼点だ。……ほら、よく狙え」
「は?」
リンクの動きが止まった。首をがら空きにして笑む。剣は使う気がないのかだらりと垂れ下がっている。無形の型、というわけでもなさそうだ。
「……いいの?」
「ひゃはは、てめえにできるんならな」
「……わかった」
僕はコンシャンスに力を込める。殺しちゃだめ、殺しちゃだめ。でも、通り抜けるほど弱くてもだめ。意識を刈り取って、それでおしまい。首を狙って、僕は思いっきりコンシャンスを振るった。
「やあっ!」
「へへへ……ごふっ!?」
コンシャンスが首に当たって、すごい音がする。メキリ、とかゴキョ、とかいう嫌な音。
「……」
リンクは黙ったままだ。……まさか、これでも倒せない?
そう思っていると、リンクはだんだん後ろに傾いていって……最後に、どたりと音を立てて倒れた。
「……よしっ!」
喜んでいる場合ではない。今すぐ、アカネを助けないと!
僕はリンクと戦っていた身体能力のまま、舞台に上がる。かなり距離があったけど、ほとんど数秒で舞台までこれた。
「……エリアさん」
忘れてた。この人が、いるんだった。僕はコンシャンスを構えて、エリアさんを睨みつける。
「エリアさん、僕はあなたを倒します」
「ひっ……」
……あれ? ちょっと反応が違う?
「エリアさん?」
「り、リンクを、リンクをたおしちゃった……」
エリアさんは目を見開いて、僕を見る。その視線には恐れとか怯えみたいなものしかなく、吸血鬼にはあまりふさわしくないような気がした。
「……アカネ、返してもらいますね」
「ど、どうぞ、どうぞ! だ、だからいじめないで……」
「……いじめませんって」
僕はジェスチャーでトレースを呼んで、アカネを助けるように言う。
トレースは一瞬でアカネのそばまで来て、彼女を縛っていた縄を切った。
「大丈夫? けがはない?」
自由の身になったアカネに話しかける。
「あ、あ、あなたは……」
ずいぶん恐縮されちゃってるみたい。まあ背中斬られて死にかけて、すぐに治って戦い始める人間なんてあまりお近づきになりたくないタイプだろうし。
「主人は問題ない。……キミはどうなのだ?」
「わ、私は大丈夫です。でも、どうして……?」
「君は、ミリアの友達だろう?」
「え、あ、はい」
「だからさ」
あまり詳しく言っても説明する手間があるので、簡潔にすませる。
「……さ、トレース。帰ろうか」
「だな」
トレースはアカネを抱きかかえる。
「え、はい? お、お姫様抱っこなんて、恥ずかしい」
「いいから黙って抱かれていろ。ミリアのところに連れてってやる」
「ミリアちゃんのところ?」
ミリアの名前を聞くと、アカネは眼をぱちくりとしばたたかせた。
「そうだ。キミはしばらくミリアと共に暮らせ」
「え?」
「……そんな心配そうな顔をしなくてもいい。ほんの数時間だ」
それだけでいいの? この子を殺そうとした依頼人を探すのに、もっとかかる気がするんだけど……。
「とにかく、帰るぞ」
「うん!」
駆け出していったトレースを追って、僕も走り出す。
……この時の僕は、すっかり忘れていた。
トレースに傷を治してもらっていた、ということを。