リンクとの戦闘
体育館。僕は人生で初めて、一対一で戦う。その舞台が学び舎で、なおかつ運動をするための施設だなんて、冗談にもならないよ。
「ねえ、リンク」
「んだよ」
「君は、戦うのが怖い?」
「……ふざけてんのか?」
リンクは構えた剣を降ろして、脱力した。僕は敵にも値しないとでも言うように。
「まさか」
僕は油断しているリンクまで一気に走って、左のコンシャンスを思いっきり縦に振る。余裕を持って防がれる。金属と金属が重なりあって、甲高い音を鳴らした。
「君は、僕と戦うのが、怖い?」
「怖いわけあるかよっ!」
!?
横に逸らされた!? リンクは左にすばやく移動して、剣を振り上げる。
僕の姿勢が崩れて、前のめりになって、背中が空く。――まずい!
「死ね」
「嫌だ!」
右手を背中を守るように後ろにあげる。
また金属音。
「ちっ。運のいいやつ」
地面を蹴って、リンクとの距離をとる。彼は首をこきこきと鳴らしながら、僕の方に歩いてくる。その様子は油断していて、けれど、どこまでも強い。
「……トレー……」
トレースを呼ぼうとして、やめた。だめだ。便利な力に、頼っちゃだめだ。僕一人で勝たないと。僕一人で勝たないと、この先……。
「おいおい。他のことに気を使ってていいのか? ほら……よ」
「な」
金属音が、目の前で大きく鳴った。リンクが一瞬で僕のところまでやってきて、黒剣をふるったのだと、思う。
とっさに剣を前でクロスさせたからよかったものの、もし反応できなかったら、今頃僕は……!
「その構え、結構厄介だが……リスクもあるみてえだな」
「な、なんの……こと?」
右腕が、コンシャンスの腹に当たる。黒剣の鋭い刃が、コンシャンスを挟んですぐのところまで迫ってくる。もし、もし一瞬でも気を抜けば、右手が、右腕が、斬られる。
「それ、変則的な攻撃ができるんだろうが……。防御面は悪いみてえだな! そんな防ぎかた何回もしてたら……右腕、すぐにいかれるぞ?」
「そんなこと……っ!」
そんなこと、言われなくても気づいたよ!
「どうしたどうした! 俺を倒すんじゃなかったのか!? 全然つまんねえぞ、ルウ!」
くっ、一体どうすれば……。
「やっ!」
僕はリンクがしたように、押してくる刃を受け流し、横に逸らす。僕は急いで左に流れ、左のコンシャンスを横なぎに振るう。
「あぶねえあぶねえ、っと。遅いぜ、ルウ」
僕のいる方と反対側に動いて避けたリンクを追撃、右のコンシャンスを振り上げる。また振り下げて、二連撃。左で振り払い、そこで回転斬り。
「へへへ、なかなかな連撃だな! でも、俺には届かねえ、全然、かすりすらしねえ!」
でも、必死の連撃もことごとく避けられる。
「まだ……まだっ!」
左で斬り降ろし、斬り上げ、リンクに避けられたところを右で斬り上げて、そのまま牽制の突き、左の……斬り払い!
「遅くなってるぞ、ルウ? まだまだお子様だな。確かに攻撃はつながってるが、ダメダメ。もっと奇抜に行かなきゃな。こんな風に」
まるで今までがおまけだとでも言うように、リンクは反撃に移ってきた。真正面に向かってきて、黒剣を振り下ろしてくる。それを右に跳んで、なんとか避ける。僕を狙った黒剣は体育館の床に当たり、その周囲を根こそぎ削る。な、なんて威力……。
「ほらほらほらほらぁ! 攻撃ってのは真正面から斬るだけじゃねえだろう!?」
振り下ろした体勢のまま、リンクは異常なまでの力で右に払おうと……消えた!?
「あっ」
背中が、急に熱くなった。熱湯でもかけられたかと思うぐらい熱くなって、だんだん痛みが……。
――――ッ!?
「う、ぐ、うわあああああああああ!?」
あまりの痛みに、僕は膝をついて、すぐにそれすらもできなくなった。無様に倒れ、背中の痛みに耐える。
痛い!? 痛い、痛い! 背中が、どうなったの? なんでこんなに、痛いの!? な、何をされたの?
「……よわ」
ぼそりと言われた一言が、心に突き刺さる。痛みよりも何よりも、弱いと断じられたことが、何より怖かった。僕は弱い。誰も、守れない? 視界が歪んで、頬が熱くなる。
「はっ。何てめえ。バカ?」
「な、……なにを」
言葉を返そうとしたら、思いっきり背中を蹴られた。
――!?
「っ」
痛みがさらに激しくなる。もう、口も動かす気力がない。何これ。痛い、痛いよ。
「マジで? 何それ。お前真性バカだろ? 俺もバカだけどよ、てめえは俺以上だよ。何考えてんのマジで。理解できねえ。それともお前俺をなめてる? なめてんだな?」
ち、ちがう、ちがう!
僕は殺されまいと、必死で首を振る。
「何泣いてんだよ、バカ。てめえ、俺の種族わかってたろ?」
もう僕は、うなずく気力もない。
「……うっせえなぁ! そこの道具! 黙ってろ! こいつがこうなったのてめえのせいだろ、無能!」
……え? リンクは、何を?
痛いのを我慢して耳を澄ませば、自分の心臓の音に紛れて、一つの声がする。
「――無能だと? ボクが無能だと!? ふざけるなバケモノ! そこになおれ、滅してやる!」
トレース? どうして、さっきまで……黙ってたの?
いや、違う。心臓の音に隠れて、今まで聞こえなかっただけだ。ずっと、僕が斬られた瞬間から、トレースは叫んでくれていたんだろう。
「無能は無能だ。てめえ、なんでこいつを生身のままで俺と戦わせんだよ」
「!」
トレースは、黙ったのだろうか? 声が、聞こえなくなった。……それとも、僕の耳がもう駄目になっちゃったのかな。
「てめえは道具なんだろ? ならなんで主人の身体能力とかを強化しとかなかったんだよ? ああ?怠慢かコラ。こんなに簡単に死なれたら、つまんねえだろうがッ!」
リンクの声は相変わらず聞こえる。近いからかな。でも、トレースの声は全然聞こえなくなった。
「何黙ってんだよ無能! まさかこいつが何も言わなかったから、なんて理由じゃねえだろうなっ!?」
「……そ、そうだ」
リンクの怒気が、さらに強くなる。……だめ……。リンク……。お願いだから、もう誰も、誰も殺さないで。
「そうだ、だと!? てめえこいつがガキだってこと知ってたよな? 吸血鬼相手に正々堂々なんてのが馬鹿げてるってのも知ってるよな? こいつがお人よしで正義バカだってのも知ってるよな、俺が戦闘狂だってのも、知ってるよな!? てめえだ! てめえだけが、俺とルウとのバトルを対等にできたんだよ! なんでそれをしなかった!?」
なんで、ルウは怒っているんだろう。……ああ、そうか、リンクは僕と戦いたかったんだ。僕と対等な勝負がしたくて、だから、僕を挑発するようなことも言って。
「……リンク。わかった。ボクが、悪かった。ボクが間違っていた。だから、そこをどけ」
「やれるもんなら、やってみな!」
「ルウ。すまない、またせた」
耳元で、トレースの声が聞こえた。
「……なっ」
リンクの驚く声が聞こえる。……へえ、リンクでも、驚くんだ。
「すまない。キミがこうなったのも、すべて、全てボクの責任だ。キミに、吸血鬼と戦うリスクを教えなかったボクのミスだ。……ルウ、傷を治そう」
だ、駄目。痛いのは、嫌、嫌だ。
「……そんな顔をしないでくれ。背中の傷は深い。治療をしなければ、死んでしまう」
それでも、これ以上痛いのは嫌なんだよ。お願い、トレース。このままで……。
「……つくづく、すまない」
やめ、やめて、やめ、う、うぐ、うあ……。僕は、こんな痛みを、娘に……与えたの……?
痛みが、僕を襲う。でも、叫ばない。嗚咽が漏れそうになるのを必死でこらえる。駄目、駄目! ミリアは我慢したんだ、父親の僕が我慢しないでどうする! 痛みはだんだん性質が変わってくる。痛みの鋭い局所的な痛みから、鈍い全身的な痛みに。文字通り身が裂かれるような痛みだったのが、全身を鈍器で殴られ続けているような痛みに変わる。痛みが及ぶ部分が広がっただけでなく、痛みも心なしか強くなっているようだ。
戦わないと……!
「……立ち上がらなくてもいい。ボクが戦う」
「てめえも力不足だ。出直しな」
「無理だ。ボクには、主人が成したかったことを成す義務がある」
僕の手を握りながら、トレースは言う。そんなことはいいよ。それは僕がやらなきゃいけないことなんだ。いいから、早く僕をこの痛みから解放して。早く!
「……と、とれーす……」
「なんだ、ルウ?」
「痛いのは……いゃ……」
「ルウ、すまないが」
「いまだけでも戦わなきゃ……」
「ルウ?」
「……ほう」
リンクが、うれしそうな声をあげた。
「早く、トレース、急いで……」
「だ、だが、痛みはなくならないぞ。ずれるだけだ。戦いが終われば、キミはまた……」
痛みは抜ける。でも、また痛みは訪れる。……この戦いが終われば、平和が戻ってくる。傷は、痛みは、平和な時にじっくり治せばいい。僕が痛みで壊れてしまっても、痛みが引けば、戻れるはずだ。……なら。
「急いで……!」
「……わ、わかった」
痛みがすうっと引いていく。それだけじゃない。力があとからあとから湧き出てくる。今なら、なんでもできる気がしてならない。立ち上がって、愛剣コンシャンスを構える。右手は逆手に、左手は順手に。
「……へえ。顔つきが変わったな? ……いいぜ。第二ラウンド開始だ。てめえが勝てば、それでお前の勝ちだ。商品はあちら、小さな小さなガキ一人。文句はねえな?」
「ない! ……行くよ! 今度こそ、僕は君を倒す!」
僕は再び、リンクと戦闘を開始した。