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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
六つ目の世界
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死と生の狭間

 僕は朝七時ごろに目覚めた。……う、ううん。頭がぼーっとする。ええと、昨日どうなったんだっけ?

 たしか、ミリアとララがどうにかなっちゃって……それで……。

 あれ、思い出せないや。

 うんと背伸びをして、大きく一呼吸。普通に眠って普通に起きたのが生まれて初めてだからなのか、頭が中々働かない。……ううん、トレースは……?

 学校は? いろんな疑問を想い浮かべて、答えが出る前に疑問に思っていたことさえ忘れる。


 「起きたか、主人」

 「……とれーす?」

 「寝ぼけているようだな。手ずから目覚めさせてやってもいいが、それをすると癖になるからな。頼りにはしてほしいが依存はキミのためによくない。と、いうわけでボクはしばらく待つことにする」

 「……? なにいってるの?」

 「……そういえばキミは赤子同然だったな。少し普段とギャップがありすぎるぞ」


 ……? どうしてそんなこというのかな? れ、そんなことってどんな意味だっけ? ああ、もう、なにがなんだか……。


 「まあ、生物の本能は寝ぼけていても働くだろう。さ、食事だ主人。たらふく食べて学校へ行くといい」

 「……うん」


 なんだかおいしそう。僕はテーブルに置かれた朝ごはんを見て、漠然と思う。ご飯に、卵焼き。お魚に、おみそ汁。なんだかとっても懐かしい感じ。

 ずるずるとお布団から這い出て、テーブルにつく。手を合わせることもなく、僕はお箸を取り、ご飯を食べようと――。


 「おや、主人。キミは食事のあいさつはしないのか?」

 「……あいさつ?」

 「ほら、祈りをささげたり感謝の辞を述べたりするあれだ。キミの記憶には何かないのか?」

 「……いただきます?」

 「日本式なのだな。ならば、キミの母親は、日本人か?」

 「わかんない。ご飯食べるから、黙ってて」

 「……」


 僕は黙々とご飯を食べる。……うん、おいしい。これは……卵焼きかな? とにかく思い立ったらお箸でつつく。うん、おいしい。


 「これ、トレースが作ったの?」

 「ボクじゃない。ミリアだ」

 「ふうん……ミリアかぁ……」


 あの子、相変わらずすっごい多才だね。


 「というか、二人の姿が見えないけど、どうしたの?」

 「学校に行った」

 「……こんな時間に?」

 

 昨日よりも一時間近く早い。早くに学校に行って、どうするんだろう? もしかして昨日遅刻したのかな? あ、このお魚おいしい。


 「ああ。なんだか早くにいかねばならない用事があるそうだ」

 「用事?」

 「ああ。なんでもないからキミをしっかり見ていろと言っていたな」

 「……なんでそんなことを?」


 ご飯を食べながら、どうしてそんなことを二人が言ったのか考える。ご飯を食べたおかげなのかどうかは知らないけど、だんだん頭がはっきりとしてきた。記憶もだんだん鮮明になっていく。

 ……あ。


 「トレース、なんで二人を行かせたの!?」

 「な、なんだ急に」

 

 僕はご飯を食べるのをやめて、玄関に行く。靴を大急ぎで履いて、外に出る。


 「どうしたのだ主人!」

 「ミリアとララはアカネを助けに行ったんだよ! 昨日の会話を聞いてて、なんで引き止めなかったの!?」

 

 トレースも大慌てで僕についてくる。靴を履いて、僕のそばに。


 「な、なぜだと言われても、なんでもないと言われたら、信じるしかないだろう」

 「そうだけど! でも、このままじゃ二人とも死んじゃうよ! なんとかならない!?」

 「なる。が……」


 トレースは顎に指を当てて考える。何をぼさっと……!

 

 「本当にミリア達を助けるのか?」

 「何当たり前のことを言ってるのさ! 助けるにきまってる! 僕は、父親なんだから!」

 「……すまん」

 「謝らないで! さあ、早く二人、いや三人を探そう! 頑張れば見つかるかもしれない!」

 

 僕はアパートの敷地を飛び出すと、道路があって、左右に進める。……右、左、どっち!? ……右! 朝の住宅街を走りだす。幸いなことに、人の気配は少ない。これならミリア達と他の人を見間違うこともない!


 「ま、待て主人! こっちだ!」

 「え?」


 僕が駆けだした方向とは反対の方向を指さし、トレースは走っていった。


 「そんな」


 トレースがいなかったら。僕はもう二度とミリア達に会えなかったかもしれない。会えなくなる? ……なんで。

 とたんに、怖くなった。ミリアが消える? 死ぬ? あの子が?

 あの子は口では常日頃自分の死をちらつかせる。でも、実際に死ぬことはない。……それは、ひとえにミリアが『死なないため』に頑張っていたから。もし、ミリアが自分の命を顧みなかったら? 簡単に、死んでしまうんじゃあ……? そんなのは、嫌だ。


 ……急がなきゃ!


 僕はトレースを必死で追いかける。ミリア、ララ、生きていて。お願い。










 

 ……そんな。そんなそんなそんな!


 「……ミリア。……ララ」

 

 道端に二人の女の子が倒れている。血まみれになった状態で、体を細かく痙攣させながら。

 片方は銀髪で、間違いなくララだった。もう片方は茶髪で、見まごうことなくミリアだった。

 二人が背負っているランドセルは昨日のようにピカピカではなく、血にまみれ、元の色に赤のまだらを加えていた。服は所々が裂け、その部分からは生々しい傷がある。傷口からは今もとめどなく血が流れ、アスファルトを染める。生きてるの? 死んでるの? それすらも、僕には判断できない。


 「ミリア、ララ!」

 

 倒れてる二人に駆け寄って、顔を見る。苦しそうに歪んではいるが、まだ動きはある。薄眼を開けていることから見て、意識も途切れてないみたい。かなりぎりぎりみたいだけど。


 「ミリア……ララ……」


 よかった。本当によかった。まだ、二人は生きている。傷だらけだけど、でも、生きている。

 生きているなら、なんとかなるはず。


 「う…………あ…………おとう……さん」

 「ミリア!」


 僕はうめくミリアの手を握る。彼女の手がとても冷たくなっていることに、酷く驚いた。なんでこんなに冷たいの?


 「あ、アカネ……が……。アカネが、攫われました……。早く、お父さん……。私たちは、いいから……」

 「よくない! 僕は君を助けたいんだ!」

 「……今は……私より、アカネ……を……。あの子、怖がってた、から……。私の、初めての友達……。助けて、ください……」

 「助ける、アカネちゃんも助けるから! だから、だから……」

 「……ありがとうございます」


 ミリアは力なく微笑んだ。


 「と、トレース! ミリアが!」

 「あわてるな。時間はかかるが傷なら治る。今すぐにでもボクの力を使えば治せるが……」

 「治して! 早く!」

 「……しかし。副作用が」

 「何? 副作用って、どんな!?」

 

 なんでトレースの力はいちいちそんな余計なものまでついて回るんだ! ……もう!


 「体に極端に無理をさせるからな。傷は治るが、激痛にさいなまれるぞ」

 「……!」


 痛みか、治療か。今一刻も争えない事態だというのはわかっているんだけど、でも、僕は判断できない。激痛って、どれぐらいの? 本当に大丈夫なの?


 「……お父さん、いえ、トレースさん。構いません。やってください」

 「しかし」

 「私は、死にたくありません。……死ぬよりは、痛みの方が、いいです」


 ミリアは落ち着いた口調でそう言った。けど……。


 「トレース……」

 「そういうなら、遠慮なく」

 

 でも、でも……。


 「トレース、本当にそれしかないの?」

 「……すまない」

 「でも」

 「……本人の許可が出ているのだ、別にかまわないだろう」


 でも、ミリアの手、すごく震えてるんだよ? 怖いから震えるんじゃないの? 怖いのに、痛いとわかってるのに、僕は……何もできないの?


 『お前はガキだ』


 リンクに言われた言葉が、頭の中で響く。僕が子供だから? 僕が子供だから、子供に激痛を覚悟させてしまうの?


 「……ミリア、しゃべるなよ。舌、噛まないようにな」

 「……はい」

 「……では、始めるぞ」

 「トレース、待っ」


 僕が止める間もなく、トレースは二人に向かって手をかざした。みるみるうちに二人の傷は治っていって、そして数秒ほどで完全に治癒した。よかって。でも、単純に喜んでもいられない。


 「う、ぐう……」

 「あうっ」


 痛っ。 僕の手は、砕かれそうなほど強く握りしめられる。痛い。痛いけど。ミリアはもっと、痛いんだ。


 「ララは……気絶したようだな。ミリア、痛いのなら気を失わせてやろうか?」

 「……」


 ミリアはゆっくりと首を振った。


 「わ、私は、見ますから……見なきゃ、いけないから……」


 僕の手に、さらに力がかかる。


 「……そうか。ルウ、すまない」


 トレースは僕たちのそばまで歩いてくると、ミリアの手を取った。僕の手はすごい力で握りしめられていたにも関わらず、すんなりと外れた。なんで?


 「ミリア、ルウにこんなにも力をかけてやるな。ボクなら力があるから大丈夫だが、ルウはそうでないんだぞ」


 単純に力技なんだ。僕が感心しているうちに、トレースはミリアを抱き上げる。彼女はひざの裏とわきのしたで支える。

 

 「……すみま……せん」

 「……まあいい。行くぞ」

 「……どこ……へ……?」

 「家へだ」

 「……アカネ……は……?」

 「今は無理だ」

 「で……も……!」

 「ルウはララを頼む」

 


 僕は言われたまま、ララをトレースがしているみたいに抱き上げる。


 「血が酷いな……。警察が来たらしばらくこの道は使えなくなるぞ」

 「そんなこと言ってる場合?」

 「だな。急いで帰って看病だ」

 「……ちが……! アカネを……!」


 ミリアはアカネを助けることしか頭にないみたい。


 「でも、ミリア」

 「いいか、ミリア。彼女はキミが助けるんだ。悠長にしていられないのはわかってる。が、焦って急いでも、何の意味もない」


 僕の言葉にかぶせて、トレースが言った。


 「……でも、アカネが」

 「進みながら話そう。ルウ、走りながらついてこれるか?」

 「いけるよ」


 トレースはそう言うと、風のように走り出した。え、速。追いつけるわけが……。

 そう思って一歩走り出して、驚愕。トレースに離されることなく、追い縋れる。景色がすごい速さで流れていく。僕、今すごい速さで走ってる? トレースが僕の力を強くしてくれたんだろうか。いや、きっとそうだ。そうでなければ、説明がつかない。


 「リンクたちがアカネを殺す気だったとして、もし即刻殺害の命ならばもう彼女の命はないだろう。キミの未来は今どうなってる?」

 「……わからない……わからないん……です。今……すごく未来があいまいで、とけあってるみたいで……。どこがどの未来なのか、どの未来にアカネがいるのか、どの未来にアカネがいないのか、わからないんです……」

 「……痛みのせいだろうな。無理するなよ。話を戻そう。これは正直あってほしくないが……依頼によっては、まだアカネは生きている可能性がある」

 「……本当に……?」


 トレースの腕の中で運ばれているミリアは、うれしそうに言った。その声はかすれるようだったけど、確かに聞こえた。


 「……喜んでいるところ水を差すようで悪いが、もしそうならアカネは今拷問および何かしらの苦痛を与えられていることになるぞ」 

 「え?」

 「攫った意味を考えれば、だ。妥当な線で考えれば証拠を残さないため、だろうが、奴らは異世界の人間なのだから、異世界に逃げれば警察の目はかいくぐれる。証拠をいくら残したとしてもな。ならばなぜだ? ……依頼主が『できるだけ苦しめて殺せ』と依頼していたら……?」

 「もうやめて」


 僕は思わずそう言っていた。もう聞きたくなかった。誰かが、今現在命の危機に立たされているなんて、想像したくもない!


 「……わかった。つまり、もしそうなら生きている可能性はある。無事だとは思わない方がいい。……まあ、誰かをおびき寄せるための餌だとしたら……無事かもしれんが」

 

 まるで希望を与えるように、トレースは最後に付け足した。


 「……とにかく、今は家に急いで、二人を置いてからリンクのところに! トレース、リンクの居場所はわかる!?」

 「それは……」

 「……学校の、体育館です」

 「え?」


 ミリアが、とぎれとぎれに言った。


 「私たちが通う……学校。そこの、体育館」

 「なんでそんなところに……」

 「……そんなの、知りません。本人に、訊いてください……」


 くたりと、それきりミリアは何も言わなくなった。


 「ミリア? ミリア!?」

 「気を失っただけだ。子供にしてはよく耐えた方だと思うがな。よく叫ばなかったものだ」

 「なんでそんな痛みが……?」

 「仕方あるまい。体の細胞を強制的に活性化させるのだ。無理した分、ツケが来たんだ。……とにかく、家にこの二人を置いてきたら、ミリアの話を信じて体育館に行ってみるしかない」

 「そうだね」


 僕は思いっきり足を動かした。ただでさえ速かったのに、さらに速くなる。


 「その意気だ、主人。急ごう!」

 「うん!」


 風と同化しそうになるほどの速度をまとって、僕たちはアパートを目指す。

 ……リンク。エリア。


 来るべき吸血鬼との戦いに身を震わせながら。

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