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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
六つ目の世界
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帰宅――ルウの場合

 僕は陰鬱な気持ちで薄暗くなった商店街を歩く。

 はあ……。どうしてみんな教えてくれなかったのか、ようやくわかった……。

 えっちな意味だったんだ。それを知って、いまさらながらに無知であることが悔しく思う。もし意味を知っていたら、トレースたちを質問攻めにして困らすこともなかったのに。あ~あ。ほんと僕って子供だなぁ。


 『ルウ、聞こえるか?』


 あ、トレースだ。きっとテレパシーを使って通信してきているのだろう。……それにしても、頭の中に直接自分でない声が響くっていうのは、どうにも変な感じだ。なんだか、侵入されてる感がある。


 聞こえてるよ、トレース。


 心の中で言う。ここで口に出してしまったら独り言を言う変な人になってしまう。


 『聞こえるならいい。ミリアとララの二人が帰ってきたぞ』

 ありがと。

 『だが……少し様子が変だ』

 変? 変って、どういう風に?


 まさか傷だらけとか……? 敵襲だったらどうしよう?


 『身にも心にも傷らしい傷はみられん。ただ二人で黙って睨みあうだけで会話の一つもしようとしないのだ。……もしやとは思うが、二人は仲が悪いのではないのか?』

 ……そうかな。いや、ララはもしかしたら遠慮してるだけかも。

 『だが、ボクには普通に返事をするぞ?』

 じゃあ、やっぱり仲悪いのかな……。


 確かに、失念していたかもしれない。ミリアとララは全然違う世界の人間だし、最初の出会いもあまりいいものではなかったし……。


 喧嘩でもしてるの?

 『そういうわけではない。が、険悪な雰囲気であることは確かだ』

 ……。


 なんとかならない、トレース?

 『……子守りは専門外だ。が、命令とあれば努力しよう』

 

 もう。どうしてトレースは何かにつけて命令、命令なのかな? もっとさあ、人間らしく、人間っぽくふるまえないのかな。

 

 『で、命令は?』

 しないよ。命令抜きでできるでしょ?

 『……むう。了解した。善処しよう』

 

 それを最後に、トレースの声は聞こえなくなった。……トレース? トレース?

 呼びかけても返事がないことから、テレパシーを切ったんだと思う。もっと判断しやすくしてくれればよかったのに。たとえば電話みたいに切断音入れるとかさ。面倒かな。


 それからしばらく歩いて、アパートについた。テレパシーが終わってもかなり歩いたためか、あたりはすっかり暗くなっている。僕のアパートはどうやら二階建てで、僕の部屋は一階の一番奥にある。……それにしても、暗い。……これが夜、かあ。初めてだな。暗くて、怖い。まるで、扉の世界みたいだ。あそこは安心するのに、どうしてここだと不安になるんだろう。


 「ただいま」


 扉を開けると同時に、僕はトレースが言っていた意味を悟る。

 ミリアとララが無言で睨みあっている。


 「え、え? ララ? ミリア?」


 僕がそばに寄って声をかけても、一向に返事しない。どうして? 何かあったの?


 「トレース、本当に何もなかった?」

 「あ、ああ。別段ののしり合うわけでもなく、殴り合うわけでもなく……平和的だか、剣呑だ」

 「そんな感想言ってる場合? とにかくなんとかしなきゃ……」


 僕はとりあえずミリアの肩を掴んで揺さぶる。


 「ミリア。ミリア!?」

 「……え、え?」


 がくがくと頭を揺さぶられ、ミリアはようやく僕の方を見た。ミリアは何が起こったのかわからず、目を何度もしばたかせる。


 「ねえ、何があったの? 喧嘩?」

 「え? ……あ、え、えっと、あの、お父さん、聞こえます?」

 「うん、聞こえるよ?」

 

 僕が答えると、ミリアは自分を確かめるようにうなずいて、それからララの方を向く。


 「ララ、ララ。お父さんが帰っていますよ」

 「…………え」


 ミリアに呼びかけられ、ララは僕の方を見た。全てを見透かすような、きれいな瞳が僕を射抜く。


 「本物だ。おかえり」

 「あ、う、うん、ただいま」

 「…………」


 ララは一瞬だけ、悲しそうな表情を作った。もしかして僕が動揺したのが見られたのだろうか。


 「二人とも、どうしたの? にらみ合ってるし、返事もしないし……。心配させないでよ」

 「ごめんなさい、お父さん。これには少し、わけがあります」

 

 わけ? わけって何?


 「…………少しだけ、相談してた」

 「何を?」

 「…………少しだけ」


 あ、あれ~? なんかララの視線が冷たい。というか、なんかララ雰囲気変わった?


 「……お父さん、お願いがあります」

 「なあに? 何でも言ってよ」


 僕はなんにもできない癖に、自信満々でそう答えた。


 「リンクさんとエリアさんと、敵対してください」

 「待て、ミリア。なぜだ?」


 トレースが非難がましく訊いた。


 「私の友達を、守ってください。そのためにはどうしても、リンクさんとエリアさんと敵対し、そして打ち勝つ必要があります」

 「…………なんど確かめても、それしか道はなかったの」

 「……どういうこと?」


 二人は一体何を言っているのだろう? ミリアはわかる。ミリアは未来が見れる。でも、なんでララまで? なんで、まるで二人で相談していたみたいなことを言ってるの?


 「どうも、混乱しているようですね、お父さん」

 「え?」


 ミリアが僕の心を見透かしたようなことを言った。ど、どうして? 心を読むのはララの能力じゃ……?


 「……そう、ですね。まずは私たちがどうして睨みあっていたのか、という説明から入る必要があるようです」


 ミリアとララの二人は一度見つめ合うだけで、意思疎通ができているようだった。まるで、それこそテレパシーでも使っているみたいに。


 「私は未来を見ることができ、、ララは心を見ることができます。睨みあっていた理由は単純です。私は未来を見て、その未来を見ている私を、ララは見ていたのです。まあ、要するに」


 ミリアが言って、再び、二人は見つめ合う。今度は少し長めに。


 「……未来を見ているミリアを見た私は『発言する』つもりで心に思う。すると未来は変わる。その未来を見てミリアはまた思う。それを読みとる。繰り返せば、会話ができる。……ねえ、お父さん。すごいでしょ?」


 今度はララが説明する。また二人は見つめ合い、そして次はミリアが口を開く。


 「私はアカネという人と友人になりました。しかし、アカネは」


 まるで二人が融け合ったみたいにテンポよく、交互交互に口を開く。ララがまるでミリアのような口調でしゃべる。


 「リンクさんに命を狙われていた。正確に言うならば」

 「リンクさんを誰かが雇った。その犯人の究明は意味を成さない。なぜなら」

 「リンクさんを雇った人間を探す間に、アカネは殺されてしまう。迅速な対応が必要」

 「そのためには、アカネが殺される前にリンクさんを撃退しなければならない」

 「たとえトレースさんが数億回リンクさんを切り刻んだとしても無駄。殺すには至らない」

 「だから、お父さんの力が要る」

 「未だに私たちは回答を見つけていない」

 「アカネを、友達を助けれる未来はまだ見えない。誰一人犠牲が出ない未来が、まだ見えない」

 「だからお父さん」

 「どうか助けて」


 二人はそう言いきったあと、また見つめ合い、そのまま人形みたいに固まった。僕の返事がもらえるまで、二人の硬直は解けそうにないんじゃないか、このまま放っておいたら世界の終わりまで見つめ合ってるんじゃないか、そう思えるほど、微動だにしない。


 「ふ、二人とも」


 どうしちゃったの? まるで、機械か何かみたいじゃないか。ミリア、君はもっと感情を交えて話す子だったよね? ララ、君はもっと子供っぽく話す子だったよね? どうして、そんな風に言うの?


 「……ルウ、少し呑まれてるな」

 「……うん」


 トレースが悲哀を交えて言った。……うん。ちょっと、僕はこの二人の変化についていけそうにない。


 「どうも、未来を見すぎたようだな」

 「え?」 


 すたすたと、トレースは二人のそばまで歩み寄った。腰を降ろし、見つめ合う二人の頭に手を乗せる。……呑まれてるって、僕じゃないの?


 「……ほら、やはりそうだ」


 得心したようにトレースはうなずく。


 「ど、どういうこと?」

 「この二人、どうやら学校から帰ってからキミが声をかけるまで、ずっと未来を見続けていたようだな。会話も能力に頼りきっていたせいで、未来と現在の境目があいまいになっていたんだろう。……ただでさえ自我が確立し始めるこの年頃だ、あっというまに今の自分と未来の自分との境界がわからなくなって……煮詰まったんだな」

 「……だ、大丈夫なの?」


 未来と現在の自分がわからなくなるって……。も、元の二人に戻るのかな?

 

 「そんな顔をするな。しかし、ミリアはともかくララがまずいな」

 「どうして?」

 「ミリアは比較的未来を見ることに慣れている。が、ララはそうではない。おそらく今も、膨大な未来をミリアと共有しているはずだ。このままだと……二人の自我が混ざるぞ」

 「ま、混ざるって!?」


 そ、それってとっても大変なことなんじゃ……?

 

 「ミリアであってミリアでない。ララであってララでない。このままだと機械人形が二人出来上がってしまうな。……さて、どうするか……」

 「ど、どうにかならないの?」

 

 も、もしかしたら僕が返事をしたら、助けるって言ったらこんな風に見つめ合うことはなくなるのかな?


 「……ボクには治すすべがない。こればかりは時間に頼るしかないだろう。……君が返事をしたとしても、この子たちにとっては未来の延長にしか過ぎない。……ま、とりあえず」

 「きゃ」 

 「きゅ」


 くたり、と二人は畳の上に崩れ落ちた。トレースがすかさず支える。


 「ルウ、布団を押入れから取り出してくれ。……やり方はわかるな?」

 「うん。……何したの?」


 押入れを開け、敷布団を敷きながらトレースに訊く。


 「気絶させた。ああ、隣り合わせるな。目が覚めたとき『もう一人の自分』がいたら戻れなくなる」

 「あ、うん」

 

 二つ目の布団を少し離して敷く。間に僕たち二人が寝れるぐらいのスペースだ。トレースは二人を敷いた布団に寝かせた。


 「これだけ離れていれば大丈夫だとは思うが……。まあ、よく見張っておけば問題はない」

 「うん。……それにしても、アカネって誰だろう?」


 少し、疑問に思った。二人が壊れそうになるほどの思いで守ろうとする友達が、気になった。


 「よくわからんな」

 「監視してるんじゃなかったの?」

 「不審者がいないか校庭前を張るぐらいだ。……さすがに教室の中までは覗かん」

 「そうなんだ」


 でも、それじゃあ、アカネって子は二人がこの世界で知り合ったごく普通の女の子友達ということになる。そんな子がなんでリンク達に狙われるの?


 「……アカネ、という少女がどんな子供かボクは知らない。が、何かあるのだろうな、やはり」

 「ふうん……。二人の友達だし、助けてあげたいよね」

 「……まあ、キミが言うのなら助けよう。が、おそらくアカネはミリアの友達だ。ララには面識がないはずだ」

 「なんで知ってるの?」


 もしかして、下校途中を監視してたのかな?


 「帰ってきた時の顔だ。ミリアは切羽詰まっていたが、ララはどこか他人事の表情をしていた。……が、さっきはまるで違う。おそらくミリアの心を見ているうちに感情が引っ張られたんだろう。ま、これは致し方ないだろうが……」


 はあ、とトレースはため息をついた。


 「それにしても……ボクが何億回切り刻もうが、か」

 

 遠くを見つめるように、トレースはミリア達を見る。その声にはいつもの自信はなかった。


 「……どうしたの?」

 「リンクたちは、化け物だ」

 「……わかってるよ」

 「ボクが何度やっても勝ち目はないそうだ」

 「……うん」

 「そんな連中から、非力な小学生を救い出せ? ……無茶にもほどがある。ルウは本気なのか?」

 

 すぐにうなずけなかった。リンクは強い。そんなこと、今までの経験でとっくに理解してる。僕なんかが逆立ちしたところで、天地がひっくりかえったところで勝てる相手ではない。


 「……この二人を納得させる方法は、二つ」

 「え?」

 「一つは、化け物二人組からアカネを救い出すこと。……だが、これは事実上ほぼ不可能に近い」

 「……うん。もう一つは?」

 「この二人から、アカネやそれらに関する全ての記憶を、奪うこと」

 「……」


 そんなこと、できるはずがないよ。


 「そう怖い顔をしないでくれ。正直、こちらのほうがはるかに楽だ。今すぐにでも実行できる。命の危険もない」

 「でも」

 「もしリンクと敵対すれば、ここにいる四つの命全てが消し飛んでも不思議ではない。ボクとて、不死身ではないからな」

 「……」


 どうしてリンクは、アカネを殺す、だなんて依頼を受けたんだろう。どうして、ミリアはアカネと友達になってしまったのだろう。なんで、なんで。そんな疑問が頭の中にあふれる。


 「……すまない。少し、出すぎた真似だったな。今日は休もう。明日中に結論を出してくれ。……そうすれば、いかな決定でも、ボクは従う。責めも詰りも弾劾も断罪もしない。……ただ、命令を実行するだけだ」

 

 トレースは僕と自分の布団を押入れから取り出し、ミリアとララの布団の間に敷いた。


 「ではお休み主人。よい夢が見れるといいな。……お互いに」

 「……そうだね」


 僕は布団にもぐりこんだ。……眠るってどうすればいいんだろう。よくわからない。眠ったら、次は本当に目が覚めれるのだろうか。そんな疑問と同時に、ミリアとララのことも考えてしまう。


 ……僕は一体、どうすればいいんだろう。


 眠りにつけたのは、それからだいぶ経ってからだった。

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