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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
六つ目の世界
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帰宅――ララの場合

 夕暮れの街中を独り歩く。所々ですれ違う人の心を覗き見しながら、お父さんがいるアパートに帰る。

 狭い路地をいくつも曲がって、広い道に。人がにぎわい車が横行するこの辺で一番大きな道だ。この先をまっすぐに行けば、アパートにつながる商店街に着く。

 

 「……」


 今のところ不穏な心は見えない。学校にも、ここにも。いい人がいっぱいいて、ときどき嫌なことを考えてる人がいるけど、それでも普通の範疇だ。


 「お~い! ララちゃ~ん!」


 呼びとめられ、振り返る。


 『止まって! お~い!』


 このきれいな心は……シイナちゃんか。でも、どうして追いかけてきたのかな?


 「はあ、はあ……! ら、ララちゃん、一緒に帰ろ?」

 「え……、あ、うん……」


 あまりにも裏表のない言葉に、ついうなずいてしまった。……心と言っていることが一致するなんて、珍しいこともあったものだ。


 「ねえねえ、ララちゃんのおうちってどこにあるの?」

 「この先の商店街の向こう。狭いアパート」


 おんぼろ、なんて表現は避けた。だって、お姉ちゃんとトレースさんがせっかく頑張って稼いだお金で借りたアパートなのに、おんぼろなんて思ったら申し訳ない。


 「ふうん……。あそびに行ってもいい?」

 「え……?」


 あ、遊びにって、何しに?


 「ねえ、ララちゃん? 

 「え、えっと、……その……お父さんが、駄目っていうと思う」

 「ええ~!? ……ざんねんだなぁ~」


 ごめん、お父さん。私は心中で謝った。


 「ごめんね、シイナちゃん」

 「いいよいいよ。おうちのつごうじゃしょうがない、ってお母さんもよくいってるし」

 「へえ~」


 シイナちゃんの心にお母さんから言い含められる場面が浮かんだ。……へえ、きれいないいお母さんっぽそう。

 

 「……ね、ねえねえ」


 『ど、どうしてララちゃんわたしのことずっとみてるのかな? ……も、もしかしてなんかわたし、なにかいやなこといったかな……?』


 ずいぶん深い意味のこめられた『ねえねえ』だった。


 「…………なあに、シイナちゃん」

 「え、えっと、えっと」


 シイナちゃんが記憶を必死で探っているのがわかる。……でも、次第にシイナちゃんの心は、よくないモノに満ちていく。


 「ね、ねえ、ララちゃん。隣のクラスのさいぎょう あかねちゃん、って知ってる?」

 「…………知らない。興味もない」


 冷たく突き放す。……私は噂話は嫌いだ。特に、噂を喜々としてする人の心が。

 

 「ね、ねえってば! 隣のクラスのさいぎょうさんって、すっごいお金もちみたいだよ?」

 「…………だから何」


 さいぎょう……西行? 西行 茜、が名前だろうか。


 「その子のお父さんってね、すっごく悪いことしてお金持ちに」

 「やめて」

 「え?」


 私はたまらなくなって、言葉を遮った。

 別にシイナは言葉の意味や事の重大さを知って話しているわけではない。私との会話の糸口をつかむために必死に話題を探って、転校生の私でもわかりやすくてとっかかりやすいのを選んで、こうして話しているのだ。でも。


 『よく聞きなさい椎奈。あの子の親はやくざよ』

 『やくざ?』

 『そう。やくざ。悪いことしてお金を稼いでる悪党よ。だから、茜ちゃんにもあんまり優しくしちゃだめよ?』

 『う、うん……?』


 私が読みとっているのはただの記憶にすぎない。けれど、それがシイナちゃんを汚しているものなのだ。


 「シイナちゃん。アカネちゃんとは会った?」

 「え? う、ううん」

 

 シイナちゃんは首を振る。なんでそんなことを訊かれるのかがわからない、といった風な感じだ。


 「じゃあ、勝手にそんなこと思っちゃだめ」

 「え?」

 「会ってもないのに、その子がどんな子かも知りもしないで優しくしちゃダメだ、とか思わないで」

 「そ、そんなこと」

 「思ってないの? ……なら、いいの」


 嘘だというのがわかった。でも、シイナちゃんは反省してる。

 『ああ、そうなんだ』

 そう思ってくれるなら、私はもう満足。……自己満足、なのだろうか。ううん、よくわからない。

 ……それにしても、やくざ、か。なんだろう? 漢字がわかったところで意味がわかるとは思えないし……。悪党って言ってたから、きっと何か悪いことする人のことなんだろうな。

 でも、それじゃあ一体なんでお金持ちなんかになれるんだろう……?


 


 「アカネは私が守る!」


 

 !?


 「誰!?」

 「え?」


 周りを見回す。誰も声を出した人はいない。隣のシイナちゃんも不思議そうにしている。

 アカネ? アカネって西行 茜のこと? でも、それじゃあ私が守るって? 聞いたことのあるようなないような声だった。

 一体だれ?


 「どうしたの、ララちゃん?」

 「え? あ、う、うん、なんでもない。空耳、聞き違いかな?」

 「そうなんだ~! よかった。すっごい表情だったから」

 「そ、そう……」


 取り繕いながら、私は警戒を解かない。あんな切羽詰まった声、聞いたことない。きっと何かあったんだ。よく見まわして、それらしい人影を見落とさないようにしないと……。


 「あ、ララちゃん。私、ここで曲がるね。それじゃ、ばいばい!」

 「ばいばい」


 商店街の前まで来たところで、シイナちゃんと別れる。

 彼女の姿が見えなくなるまで私は手を振り続けた。


 「……ララ」

 「あ、お姉ちゃん」


 『なんでララがこんなところに?』


 シイナちゃんとすれ違いで、ミリアお姉ちゃんがやってきた。


 「こんなところに? って、やだな、お姉ちゃん。私たち、おうち一緒だよ?」

 「そうですね。……なんであなたが知ってるのですか?」


 『私がアカネのことを守ろうとしていたことを、どうして?』


 正直言って、ミリアお姉ちゃんと話すのは苦手。だって、心を覗いたらいっぱいの未来も一緒に呼んじゃうから、それだけで頭がいっぱいになる。

 でも、それだけわかることも多いから、便利だけど。


 「その理由、知ってるんでしょ? ミリアお姉ちゃんってば、意地悪」

 「あなたの方が百倍意地悪ですよ。私が知った未来も読むなんて」

 「まあまあ。お父さん待たせちゃ悪いから、早く帰ろう……? なんだ、お父さん帰ってないんだ」

 

 私たちが急いで帰ってもお父さんがいない未来がちょっと見えた。

 

 「……そうよ」


 『だから、少しだけここで待とう』


 いいよ。


 私は言うつもりで思う。こうすれば未来が変わって、お姉ちゃんに言いたいことが伝わるはず。


 『それで、最初の質問に戻ります。どうして私のこころを遠くから知ったんですか? ……そこまで広範囲なんですか?』


 ううん、そういうわけじゃないよ。でも、聞こえたの。

 今でも、思い出せる。守りたいっていう真摯な気持ちがじかに伝わってきそうなほど緊迫して、迫力のあった『私が守る』っていう声。


 『……聞こえた? 普段は聞こえないのですか?』

 うん。聞こえないの。……でも、研究所の人とか、お姉ちゃんとか……人によって違うのかな? でも、今は聞こえないし……。

 『今はそんな推測をしている場合ではありません。私の未来を見たのなら、わかることでしょう?』

 ……うん。誰にも死んでほしくない。そのためには、ちょっとその吸血鬼の二人、危険だね。

 『よくわかっていますね。しかし、未来の通り私たちにはなすすべがありません。少しだけ未来が変わったと言えば変わりましたが、それでも数パーセント上がった程度です。まだ私たちが勝つ確率は小数点以下……なのですから』

 小数点以下ってなに……と訊こうとして、やめた。


 気がつけばそろそろ完全に日が落ち始めている。ずいぶん長い間会話していたようだ。


 ねえ、そろそろ帰ろ? この『話し合い』なら、お家でもできるし。

 『そうですね。では、帰りますか』


 「うん、そうしよう!」

 「ええ、そうですね」


 会話を切りやめ、商店街の中を歩き、アパートへ向かう。

 あれ、どうして周りの人たち、私たちのこと不思議がってるのかな?


 『お、おい、あの子たち、数十分近く黙ったままだったぞ……?』

 『誰か待ってるのか……?』

 『もしかして迷子か……?』


 あ。そう言えば、事情をしらない人から見れば私たち、ただ黙ってるだけに見えるんだ。

 ……どういいわけしたらいいかな……?


 『……ララ、余計なことはしなくてもいいですよ。何も心配はいりません』


 お姉ちゃんの心を見て、私は何も言わないことにした。さ、おうちに帰ろっと。

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