初めてのお城
首都。
首の都、と言う意味ではなく、中心地と言う意味での首都。僕が初めて踏み入れた人里は、土地を切り開いて作られた、城壁に囲われた国だった。
「……………」
右を見ても左を見ても人人人。
絨毯を道に敷いて露店のように物を売っている人がいると思えば、大柄な人たちが列をなして闊歩している。頭に籠を乗せた女性もいれば、全身を黒のローブで覆った男性もいる。
多種多様、さまざまな人がたくさんいて、人に慣れるどころか今日初めて『他人』を見た僕は、この人の波に圧倒されて、人酔いしそうだった。
「茫然とするのも無理はないと思う。ボクだって
久しぶりにたくさんの人を見たけど……ここまでうっとうしいとは思わなかった」
「うっとうしい?これが?きれいじゃないか、素晴らしいじゃないか!こんなにもいっぱい、命があふれてる!きれいだ、本当にきれいだ!」
僕は感嘆していた。同時に悲嘆していた。どうしてこの人の美しさをトレースはうっとうしいなんて言うんだろう?
「……キミが美しいと言うのなら、美しいのだろう。うん、これから僕はたくさんの人を美しく素晴らしいものだと思うことにしよう」
「うん。それがいいよ」
僕は首都を歩きだす。露天商、服屋、果物屋、武器屋、魔法道具屋、次々に通り過ぎる。
「……うん、そろそろかな?」
「何が?」
大きなお城の前まで来たところで、トレースはそうつぶやいた。
「……キミは何が好き?」
「え?」
何が好きって、何でそんなこと訊いてくるの?
「おいしい食べ物を食べるのが好き?いっぱいのお金に囲まれて暮らすのが好き?楽しくただ毎日を怠惰に過ごすのが好き?きれいな女の子を何人も抱くのが好き?」
「……どうしてそんなことを」
おいしい食べ物なんていまだに食事一つしたことないのにわかるはずないし、お金に囲まれて何がうれしいんだろうと思うし、毎日楽しく過ごすのはまだしも怠惰は嫌だし、きれいな女の子を何人も抱くって、そんなのして何が楽しいの?
「……もしかしてだけど、まさかキミ、他人が殺し合いするのを見て楽しむタイプ?」
「僕にそんな趣味があると思う?」
「思わない」
だよね。そんな人間の屑みたいなこと、僕はしたくないし。
「……ううん、キミの趣味嗜好が全く見えてこない」
「見えてくるものなの?」
「ああ。愛さえあれば可能だ。……と、言いたいのだけど。実はさっきから記憶を探らせてもらってるのだけど……」
「……だけど?」
いつの間にそんなことを。別にみられて困る記憶なんてないからいいけど。
「だけど、まったくと言っていいほど見えてこなかった。……どうしてだろう?」
「当たり前だよ。僕今日生まれたばかりだもん」
「………っ!!」
僕がそう言うと、トレースはダメージを受けたようにのけぞり、鼻血をどくどくと流し始めた。全身を僕とは反対の方向に向けて、ブツブツと何かをつぶやく。
「……ま、まさかそんな展開が……ッ!?つ、つまり、これから事あるごとにボクは頼られるのか!?そして、その度にルウをボク好みに調きょ、いや、教育できるのか……ッ!?た、たとえば主人と従者の禁じられた恋とか、そっち方面の知識も教え放題!?そ、そんな……なんて、なんておいしい展開!」
「……あ、あのさ」
妄想は、本人の聞こえないところでやってよ。意味半分も理解できなかったけどね。いや、理解したくなかったのかな、僕は。
「……っは!?す、すまない。なんでもない」
「何でもなくはないよね?」
「いや、気にしないでくれ。……そうそう、実はな、ボクはキミにキミのしたいことなんでもさせるつもりだったんだ」
……?
「つまり、だ。とりあえずこの国を乗っ取って、キミに国を献上して、それからいろいろと快楽と享楽に満ちた日々を送らせてあげようかと……思ってたんだ」
「……そんなこと、しなくていい」
何を言い出すかと思えば、国を乗っ取るだなんて。そんなことしたら、このきれいな人だかりがなくなっちゃうかもしれないじゃないか。
「わかった。キミならそう言ってくれると信じていた!ちなみに、ここがこの国の中心地、国王城だ!」
門とお城を指してトレースは言う。またまた安直でストレートなネーミングだね。僕が言えたことじゃないけど。
「そうなんだ。国王様ってどんな人なんだろう?」
「とてもいい人だ。そして政治に関してもひどく優秀でね、ここの住人たちは特に不満を抱くことなく毎日を過ごしているよ。会いたいかい?」
「……いや、いいよ」
会いたいって言ったらどうせ連れて行かれるんだろう?王様と会って何を話せって言うんだろう?トレースは国のことをどう思ってるか訊け、とか言ってくるんだろうな……。しかもそのノリで国をよこせとか言いそうだし。
「そうか。では、次に行こう!次はこの国一番の料理店街にご案内!」
満面の笑顔でトレースは僕の手を引き、あるき始める。
「……ご飯か……」
おいしいのかな?きっと、トレースが言うんだ、おいしいんだろう。おいしいって言うのが僕はよくわからないけど。
「美味かどうか不安か?大丈夫!ボクを、いやこの国の人々の感性を信じて!さあ、行こう!」
「……うん」
僕は手を引かれながら、国王城を後にした。
「……なあ、あれって、もしかして……」
「ああ」
国王城の門を見張っていた、兵士二人の会話。
「『トレスクリスタル』、じゃねえか?」
「……かもな」
「本物……か?」
「さあな」
「で、でもよ、もし本物で、あいつらが国を攻めてきたら、俺らに何かできることあるか?」
「ねえな」
「なんでだよ!何でもできるとかいう伝説だけどよ!いくらなんでもありえねえだろ!?き、きっと伝説なんて嘘なんだ!だ、だからあいつらが攻めてきても、きっと、なんとかなる……」
「わけねえよ」
「なんでだよ!?あいつらどう見てもただのガキだったろ?」
「ああ」
「トレスクリスタルは万能無限、何でもできるなんて大ウソだ!そうだろ?」
「んなわけあるか」
「なんでそう言い切れるんだよ!」
「……国王様」
「は?なんで国王様がここで出てくんだよ!」
「歴史見てみろ。二十万年前からこっち、戦争が一切ない。どころか権力争いや、国王相続争いすら起きてねえ。……何故だと思う?」
「は?そりゃ、歴代の国王様が」
「『歴代の』国王様なんていやしねえ」
「なんでだよ?」
「……歴史見てみろ。……国王様はな、今まで一度として、死んだ記録がねえんだよ」
「ま、まさか、んなわけあるか!」
「……さあな」
国王城門番二人組の会話。