学校生活――ララの場合
心が心地いい。
私は教室で周りのお友達を見回しながら、そう思った。大丈夫、まだ見えるだけ。何も聞こえない。
元いた世界じゃ、施設の中とその近くしか出入りできなかったせいで、子供の心を見たことはほとんどなかった。……そういえば、あの街ってなんで子供がいなかったのかな? もしかして、あそこが研究施設のそばだから、かな。大人の人たちの中には、『この施設って子供で人体実験してるんだろう?』みたいなことを思ってた人がいたくらいだし、子育てするには評判の悪い街だったのかも。
「ええっと、じゃあ、ララちゃん、この問題、わかるかな?」
「あ、うん!」
『この子って、どれくらいできるんだろう? これくらいならわかるかな?』
優しげな心が見えた。……うん、この人はいい人だ。
「三たす二は、五!」
「正解!」
よ、よかった、合ってた。私、算数は苦手。国語なら得意なんだけどな……。
「……じゃ、次の問題に行くわね~?」
みんなの心は本当に純真で、何も悪意がない。……本当に、子供ってきれいだな。私、子供大好きかも。
そんなことを考えているうちに、授業が終わった。
「ねえ、ララちゃん、トランプしない?」
「え、トランプ?」
お昼休み。もっといろんな心を見ようとグラウンドに出ようとして、お友達のシイナちゃんに引き留められた。
「うん! ババ抜き、しよう!」
「え、……いいの?」
施設でもさんざんやらされたけど、私、負けたことないよ?
「うん! 一緒にやろ、一緒にやろ!」
「で、でも、二人でやるのは……」
「そうだね~。じゃ、他にも誘おっか!」
シイナちゃんは暇そうにしてる女の子を何人か呼んだ。ええと、『ながいかみのあいちゃん』、『くりくりまつげのみかちゃん』、『みつあみしっぽのつかさちゃん』、らしい。つまり、アイちゃん、ミカちゃん、ツカサちゃん、ね。
「なになに~?」
「トランプするの? ババ抜き?」
「ララちゃんもするんだ~!」
三人はみんな楽しみにしてるみたい。
「じゃ、配るね!」
シイナちゃんはたどたどしい手つきでカードを配っていく。配り終えると、そろっている札を捨てて、準備完了。
「……あ、シイナちゃん」
「何?」
「…………え、えっと、その、ジョーカー、抜いた?」
「もちろん!」
危なかった。つい、いつもの癖で、持っている札を言いそうになった。
ミリアお姉ちゃんは努力を怠るな、と言っていた。……今なら、その意味がわかる。もしここでいつものように言ってしまえば、きっと私はもう、遊びには誘ってもらえないだろう。……そんなのは嫌だ。ここと施設は、全然違う場所なんだ。……忘れては、だめなんだ。
「じゃ、はじめよっか! じゃんけん……」
「ポン!」
私はグーを出した。うわ、みんな直感で出してる。これじゃ読めない。読むつもりがなかったから好都合だけど。
「……あ、負けちゃった」
「じゃ、ララちゃんが最後ね!」
結局、シイナちゃんが最初、次にミカちゃんアイちゃんツカサちゃんの順で時計回りで最後に私、という順番になった。
「じゃ、はじめるよ! ……はい!」
元気よくシイナちゃんはミカちゃんの札を引く。そろわなかったようで、残念だな……って言う心が割と色濃く見えた。
「……はい、次、ララちゃん!」
「え、私?」
意外とすぐに順番は回ってきた。ええっと、私の手札がこれでこうなってて、ツカサちゃんの手札がこうだから、……これを引けば、そろうね。
「えいっ! そろった!」
「あ、いいな~」
純粋にうらやましそうな目を向けてくるお友達に、私は軽く罪悪感を覚える。……う、なんだか私、ずるしてるみたい。……いや、これ、間違いなくずるだよね……。
「……どうしたの、ララちゃん? ほら、ひかせて?」
「あ、うん」
……ジョーカーが手札にあるか疑ってるけど、ジョーカーはツカサちゃんが持ってるんだよ? だから、大丈夫。……え、ちょっとまって。私がジョーカーを引かない以上、ツカサちゃんの負け、決定してるんじゃない……かな……?
……どうしよう……。
「はい、ララちゃん、どれ引く?」
『お願い、一番右、一番右、一番右……』
……本当に、どうしよう……。
結局、私は一番右を引くことにした。
「やった!」
「……ああ……」
よかった。ちゃんとジョーカーだ。これで勝負はわからなくなった、かな……?
結局、昼休みの間に勝負はつかなかった。……私の、というかツカサちゃんのところにジョーカーが来た回数、実に三回。みんな引きすぎだと思う。
昨日は質問攻めで、今日はトランプ。新鮮だとは思うけど……正直、気を遣うから疲れる。あんまり学校は好きじゃない。
……あ~あ。お父さんと早く会いたいな。お父さんは大人の割にはきれいな心を持ってたから、結構好き。
「私、ちょっと外出てくるね」
「あ、私も行く!」
トランプが終わると、私はグラウンドに出ることにした。シイナちゃんがついてくる。
『ララちゃん、どこでおあそびするのかな? わたしもまぜてもらえるかな……』
本当に謙虚な人。子供ってみんなこうなのかな? ……ざっと教室を見まわして、そうでないことをすぐに悟る。同時に、他のことも私は悟る。
ああ、子供って小さくてもちゃんと『人間』なんだ……。
それは失望、あるいは諦観だったのかもしれない。きれいだと思っていた子供の心。でも、嫉妬や独占欲、その他もろもろ人間らしい欲があった。正しいこと。わかってる。でも、気分が悪い。しばらくは汚い心を見たくない。
「……うわあ~! いっぱい人がいるね! 遊ぶスペースあるのかな……?」
「いらないよ。私、歩くだけだもん」
「え?」
『なにを言っているんだろう? そんなことであそべるはずがないよ』
……まあ、正論かな。
「多分私についてきてもつまんないよ? それでもいいなら、ついてくる?」
「う、うん」
『でも、もしかしたらララちゃん、きっと楽しいことしってるのかも!』
そんな希望を押しつけられても、困る。
しばらく私はグラウンドを歩く。サッカーや追いかけっこ、縄跳び、鉄棒。いろんな遊びがここで繰り広げられている。
「……」
うん、遊んでいる最中の子供はとっても純真だ。目が潤うような気がする。
「……ね、ねえ、つまんなくない?」
「ううん。とってもきれい」
「何が?」
「……こ、この景色が」
「人だらけだよ?」
「……それがいいの」
きっと、私の見ている景色は誰にも想像できないんだろう。これだけの人の心があふれにあふれてこぼれそうになっている、そんな景色は。
「……そろそろ、チャイム鳴るね」
「え、あ、うん、そうだね」
チャイム、授業、規律……。なんだか、管理されているような気がする。施設を思い出してしまいそう。
……あの時聞こえた『声』。衝撃的だったな……。
「教室もどろっか」
「う、うん」
女の人のどなり声、それから、今まで聞いたこともないような大きな声。なんだっけ。そう、胸の中がすごくモヤモヤして、暴れまわりたい気分になったことだけは覚えてるんだ。……でも、あの人、なんて言ってたんだろう。あんまりにも大きすぎて、よく聞き取れなかった。
「……」
私が教室に戻ったと同時に、チャイムが鳴った。
……早く放課後にならないかな。私、どうも学校は苦手だ。