学校……だって?
……う、ううん……?
「……お、意識が回復したぞ」
「……と、れーす……?」
なんだか、体が重い。横たわっているのだろうか。どこに?
「…………お、お父さん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ、ララ。眠ってなかっただけなんですから」
「……ミリア……ララ……」
二人もちゃんといる。……でも、ここってどこだろう? 僕はゆっくり体を起こした。狭い部屋が目に入った。畳が六枚敷かれていて、押入れがあるだけの部屋だ。
「こ、ここは……?」
「アパートだ。三日間頑張ったがここを借りるぐらいしか稼げなかった」
「…………それでも、ミリア達かなり頑張ってたよ?」
そんなことは、ミリアの顔を見ればわかる。隠そうと頑張ってるみたいだけど、二人の顔には疲弊の表情があった。
「というか、どうやって?」
「まず、私が占いである程度お金を稼ぎます」
「そのあとにボクとミリアで株を少しやって、売り買いを何度か繰り返したら、ある程度のお金にはなってな」
「……株はある程度安定している未来なので、楽でした」
……それ、法律とか引っかからないの?
「…………この国は、特殊能力を法的に認めていないから、大丈夫」
わざわざありがとう、ララ。
「…………いい」
「内緒話ですか? ……それと、お父さん」
「なあに、ミリア?」
ちょっと笑顔が怖いんだけど……?
「学校、というものをご存知ですか?」
「……知ってるけど……」
子供たちが知らない知識を埋めるために行くところだよね。まだ僕は行ったことがないけど、まあ、行く必要はないと思う。
「この国は信じられないくらい学校が多いんですよ」
「へえ、そうなんだ」
そういえば、トレースの世界でもミリアの世界でもララの世界でも、学校は見たことがなかった。
「そこでですね、私から提案なんですが……」
「うん」
一体なんだろう?
「お父さん、学校に行きましょう」
「はい?」
学校? なんで僕が?
「その、キミ、学校に行けばいろいろなことが知れるぞ?」
「……行く」
知らないことを知れるんだ。じゃあ、行っておいた方がいいと思う。
「その、お父さん。実は私たち、昨日からもう通ってるんです」
「…………楽しい」
「え?」
通ってる? どうやって? というかいつの間に!?
「小学校は楽だった。住所さえあれば転校手続きをとってくれるからな。国民皆学さまさまだな」
「え、いや、え?」
僕たち、異世界から来たんだよ? 学校なんて、行っていいの?
「なにを疑問に思っている?」
「そ、その、行っていいの?」
「ここでだめならいつ行くというのだ。それともルウ、キミにこの二人の教育ができるのか?」
「う……」
言葉に詰まった。確かに、僕にはたくさんの知識がある。けれどそれは完璧じゃない。学校に行かなくても大丈夫、だなんて父親である手前言えるわけがない。
「それに、親には子供を学校に行かせる義務がある。ここでキミが学校に行くなと言えば、それは法律違反だ。虐待にあたる」
「そ、そうなんだ……」
そうらしい。虐待って言葉の意味はわかる。僕は娘を虐待するような親になりたくない。
「い、行ってもいいですか……?」
「いいよ。あたりまえじゃないか」
「…………ありがとう」
「ありがとうございます、お父さん」
というか、どうしてこの子たちは僕にお礼を言うの? 僕何もしてないよ?
「……そ、その、トレース、君は学校に行ってるの?」
というかそもそもトレースって学校に行くのかな?
「ボクはミリア達の護衛で、特に学校は必要ない。ちゃんとキミも守るから、安心して学校にいくといい」
「……わかった」
「と、いうわけで」
僕が返事をすると同時、トレースが一瞬でかばんを出現させた。
「さ、行くぞ」
「今から?」
「ああ。手続きは済ませてある」
「行けるの?」
「ああ」
何か必要なものとか、ないんだろうか? ……そうだ、お金は?
「お金とかは?」
「お金に関してはもう大丈夫だ。昨日の時点から倍々ゲームのように資本が増えていってるからな。ここまで来ると申し訳なく思えてくる」
……ならやめればいいのに。
「履歴に関しても、造ったから問題はない。中学校にも、小学校にも在籍の記録を作ってある。……まあ、教師たちの記憶までは作れんが、『こんな生徒覚えていない』など教師が言えるわけがないだろう」
……うわあ、せこい。
「……今からキミが行く高校は私立、東成高校。ちなみに、ミリア達の小学校は、市立学校だ」
「それって、重要なこと?」
「まあな。さて、早く行こうかララ、ミリア!」
僕は疑問が晴れないうちに、学校へ行くことが決まっていた。
「はい」
「…………うん」
二人は赤いかばんを背負って、玄関で靴をはいた。そのよどみない動作に、ああ、僕は三日間もここで眠りこけていたんだな、って実感した。ミリア達が経験していた三日間が、僕にはない。僕にはそれが酷く悲しいことのようにおもえた。
「……僕も行くよ」
「道順はボクが教える。テレパシーを送るが、返事はしなくていい。……わかってくれたか?」
「うん」
僕はうなずく。……ほんと、ありがたいよ。
「行ってきます!」
「…………いってきます」
「おう、いってこい!」
トレースはそう言って二人を見送った。
アパートには、僕たちだけになる。
「……僕も、行ってくるよ」
「ああ。何かあったらボクが注意するから、できるだけそれに従ってくれ」
「わかった」
僕は何も知らないからね。学校の生活の仕方も、何もかも。トレースに教えてもらわなきゃ、何もできない。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
そういえば、この挨拶をしたのは、最初だけのような気がする。……なんだか、懐かしいや。
僕はアパートを出た。
……学校か。どんなのだろう? すごくすごく、楽しみだ。