事の真相
「ひゃはははははははは! さっすがルウ! ほどよく偽善とエゴと優しさが混ざっていい具合になってるな!」
実験動物が逃げた、と大騒ぎする科学者連中を横目に見ながら、俺は大笑いする。
「……ったく、バカ笑いやめてよね。こっちまで知性がバカになる」
「ひゃははははははははははははははははは! てめえから知性とったら何が残るだろうな? 血と純潔ぐれえじゃねえの? ひゃはは、役立たず丸出しです、みたいな感じで!」
「……ほんっと、バカ」
うるせえ。ほっとけ。
「それにしても、俺の読みは当たってたろ? 面白いことになる、ってな」
「これのどこがおもしろいことよ……」
エリアは頭を押さえた。あれ? なんでだろうな。これ、結構おもしれえじゃねえか。
「ったく、わかんねえかな。エリア、てめえが考えなしに、人工人間『ホムンクルス』の技術を与えるから、ララみてえなかわいそーなガキが生まれちまうんだろうがよ」
「それのどこがおもしろいのよ?」
「わかってねえな。それを、突如現れた旅人が攫うようにして助けるってのがおもしれえじゃんか!」
「ぜんっぜん」
本当にこいつは物語ってのがわかってねえ。にしても、まさかあいつらとまた見ることになるとはね。
「いやあ、あいつら八年も旅続けてたのか~。なかなか根性あるじゃねえか」
「……どうしてそう思うの?」
「え? そりゃ、異世界を旅するなんて、そう長く続かねえよ。いつか一つの世界にとどまりたい、って思うはずだ。生まれたてのあいつなら、なおさら」
「……感心してるとこ悪いけど、もしかしたらあの子たち、別れてすぐにこっちに着いたのかもしれないわよ?」
「なんでだよ?」
「世界世界で流れてる時間は違うわ。私たちだってよくあるでしょ? 依頼のあった世界に着いたらもう依頼はなくなってた、とか」
「ああ、あるね」
「まあ、それとおんなじことが起こっ可能性はあるわ」
「……あるえるか?」
別れてすぐこっちに向かったと仮定して、それでこっちについて八年って……。
「私たちと異世界移動の手段が違う以上、ありえるでしょうね。というかこんなによく出会うのが奇跡みたいなもんなのよ。百年単位ですれ違っても不思議じゃないのに、ほんと奇跡だわ」
「そうかよ」
つうかもうどうでもいい。八年ぐらいのラグ、あったところでどうだ、って話だ。
「……はあ。まったく、気が滅入るわ」
「なんでだよ」
「私のせいで、あんな子が……」
「は。なんだよ、落ち込んでんのか?」
「……ええ」
お。意外と素直に認めやがった。……もしかして、それだけ沈んでるってことか?
「どうしたんだよ。お前らしくもねえ」
「……うるさいわね」
悪口もいつもの切れ味がねえ。いつもなら口の切れ味がなかったら本当の刃が飛んでくるんだが……そいう気配もねえ。
「そんなに気にするようなことか?」
「まさか、ここまで育つとは思わなかったじゃない。ここの科学技術をなめきってたわ」
まあ、それは認める。俺とエリアはここよりももっと科学技術の発達した世界をいくつも見てきた。だから、こういう、人が自分の足で歩く科学世界ってのを、ついつい軽く見ちまう。……それが、今回エリアが落ち込む原因になってる、ってわけか。まあ、俺だって技術はあっても生まれたホムンクルスを育てることはできないと踏んでたけど……あてが外れたな。
「でも、リンクの提案、面白半分だったとはいえ、よかったわ」
「そうかよ」
面白半分? ふざけんな。まじめなとこなんて一つもなかったぞ。俺は、仕事を終えて次の依頼がある世界に行こうとするエリアを止めて、しばらくこの世界に残ることを提案した。もしかしたら、与えた技術で何かが生まれるかも、なんて直感が働いたからだった。
「……思えば、最初に気づくべきだったのよ」
「ま、そりゃ仕方ねえよ。科学者が実験、って言うのに不思議がってたら、始まらねえよ」
ことは十数年前にまでさかのぼる。
「つうかよ、何も落ち込むこたぁねえだろ?」
「……悪い?」
「……悪かねえけど」
人が人の心を読めるようになったら、素晴らしい世界ができるのではないか? そう、ひとりのバカが考えたそうだ。で、実際にプランも薬も全てを済ませて、あとは実行するか否か、ってだけのレベルまで進んだ。そこで、また一人のバカが言うわけだ。
『もし、物語のように取り返しがつかなくなってからでは遅い。一人の実験体を作って、人が人の心を読めたらどうなるか実験してみよう』
そこで始まった、『ララプロジェクト』。名前の由来は、誰もがラララと歌える世界を目指す第一歩、だとか何とか。アホらしい。
「けど、何よ?」
「お前、バカだろ」
「殺すわよ?」
「やってみろ」
「……うるさい、バカリンク」
で、人を一から創り出すのに困った科学者どもは、俺らにたよって、技術を取り入れた。そして何億回にもわたる実験と試行錯誤の果てに生み出された唯一の成功体、『ララ』ができた。これがだいたい八年前。てことはあのガキ、今八歳か。ガキのくせに不憫だね、あのミリアってのと合わせて。
「大丈夫だって。ララは死なずにルウが引き取った。そうだろ?」
「そうだけど……」
「ルウのとこにゃ道具もあるし、十中八九死ぬことはねえよ」
「……うん……」
で、ララの成果なんだが、想像以上に異常なまでに人の心が見えたらしい。心の奥の奥、深層心理のさらに奥まで見きることができたんで、上層部の人間はだんだん警戒し始めたんだ。こいつがいつか世界を滅ぼすんじゃないか、って具合に。ま、そんな風に実験成果が疑われるぐらいだ、全人類読心術者計画は立ち消えになった。……が、ララは消えなかったわけだ。当たり前だよな。ララは人間なんだから。
「ミリアもいるから常にいい未来を選びとっていけるし、ララがいるから悪人かそうでないかが一発でわかる。何かが起こっても最終兵器の道具がいる。こんだけありゃ、快適で幸福で安全な旅路が送れるだろうぜ」
「……うん」
それで、なんかいろいろ本人のいないところで協定とか結びあって、それで今日、ララはそれの一つにひっかかっちまったわけだ。まったく、ひでえことするよ。勝手に生みだしといて、いらなくなったらポイ、だもんな。俺ら吸血鬼よりたちが悪い。
「……ま、そういうわけだから、元気出せよ」
「……駄目」
「どうしてだよ?」
ま、今回の事件を報告書にまとめるとしたら、こんな感じか? よくわかんねえけど。つうかエリア、元気ねえな~。
「……私のせいで、私のせいで……」
「あのなあ。別にこうなったのはお前のせいじゃねえだろ」
「でも……」
「それに、お前のせいだったとしても、気にするな」
「え?」
俺は隣でぐちぐちうるさいエリアに言う。
「俺らは吸血鬼だ。純血のお前に言うのもなんだが、俺たちは人間とは違う」
「でも」
「ならよ、ここでするべきなのはララを生み出した原因を作ったことを悔やむことじゃねえだろ?」
「……じゃあ、何すればいいってのよ?」
「俺たちがやるのはただ一つ。自由に、きままに、自己中心的に暴れまわって好き勝手することだ」
「……今と変わんないじゃん」
「いいや、違う。エリア、お前がしたいのは……」
俺は黒剣をマントから取り出す。
「あいつらに、復讐することだろ? 『なんで私の技術をあんなのに使ったんだ、殺してやる人間どもー!』って無様に叫びながら、な?」
「……ったく、吸血鬼はそんなんじゃない、って言ってるでしょ!?」
「ぐ、ぐふ」
また俺は切り刻まれた。……ったく、いてえ。いてえけど、まあエリアに元気が戻ったみたいで何よりだ。
「じゃ、じゃあ吸血鬼ってなんだよ?」
「吸血鬼とは! 純潔にして至高、純粋なる血をこそ尊び、弱きを助け、強きをくじき、女子供には手を出さず、誰よりも孤高であるものよ!」
「……どこの任侠だよ……」
俺らはやくざか。
「似たようなものかもね。最終的に暴力に訴えるのも、似てるし。あんたはどっちかというとチンピラ、いえ、チンピラ以下よ。真っ先に出てきて主人公に瞬殺される脇役Aよ」
「……今脇役をバカにしたな?」
「気のせいよ」
「いや、しただろ」
「うるさいわね」
「いや、絶対し」
「だから、すぐに切り刻むなって言ってんだろ!」
「うるさい! 次の依頼行くわよ! 文句ないでしょ!?」
エリアは勝手に、次元航行船のポータルを呼び出していた。……ったく、それ、いくらかかるか知ってるよな? 俺らの仕事で一番かかるのって、やっぱり移動だよなあ……。
「……わかったよ!」
「素直でよろしい」
うるせえ。
おれはそう思いながら、次元航行船のポータルをくぐった。