彼女の境遇
「このガキっ! やっぱり俺は反対だったんだ!」
僕たちが駆け付けると、白衣を着た一人の男性がいた。彼は拳を振り切り、ララを殴ったままの姿勢で怒鳴り続ける。
「俺は実験段階から嫌な気はしてたんだ! 研究部の野郎ども、こいつが望み通りに、いや望み以上に出来たからってチヤホヤしやがって! そんなことするから、こんなことに、こんな化け物を生み出すんだ!」
遠くから、白衣の女性が駆け付けてくる。彼女は男性に駆け寄ると、何事かと訊いた。
「ねえ、何があったの?」
「ああ!? うっせえ! 研究部のメスは黙ってろ!」
鬱陶しそうに、男は怒鳴る。負けじと、女の人も怒鳴り返す。
「なんですって!? 開発部のクズがなに偉そうに!」
「てめえらこんなもん作るからいけねえんだろ!?」
「原案はあんたらがしたくせに!」
「うるせえよ! とにかく、こいつは処分だ! これは決定だ! わかってんだろうな!?」
「なんでよ! 開発部の無能が勝手にこれの処遇を決めないでくれる!?」
「こいつが問題行動を起こしたら即刻処分! 作ることが決まった時にそう決めただろうが!」
「何が問題行動よ! これ、まだ何にもしてないじゃない!」
「俺の最重要機密を読んで、こともあろうに叫びやがった! これが問題行動でなくてなんだ!」
「……っ」
女の人は黙って、唇をかんだ。鬼のような形相で、ララをにらみつけた。
「え、……え? な、なんでそんな怖いこと思うの? ね、ねえ、なんで? なんで? 昨日までは『俺は』『私は』ほめてくれたよね? どうして『こいつを』『これを』そんな、怖いことを思うの? ねえ、答えて『殺してやる』『殺す』。ねえ、どうして私を殺そうとするの? 『殺す』ってなあに? ねえ、教えて? ねえ、ねえ!」
ララは、何がなんだかわからず、ただ周りに訊くだけだった。いつもなら、答えてくれていたんだろう。けれど、大人たちは何も言わない。
「……連れていくわ」
女の人は懐から黒い何かを取り出した。何か記憶に引っかかる、あれはなんだ? あれは、あれは。
あれは、拳銃だ!
「トレース!」
「あわてるな、大丈夫だ」
「何が大丈夫なんだ!?」
女の人はララに銃口を向けて、なんのためらいもなく撃った。
小さな音がして、ララがくたりと倒れこむ。女の人はまるで荷物でも扱うかのように片手でララを持ち上げると、肩に担ぎ、どこかへ連れて行こうとする。
「ま、待ってください!」
僕はたまらず、止める。女の人は振り返った。
「……何よ? てか、あんたら誰?」
「そ、その子をどうするつもりですか?」
「……これ?」
女の人は銃口でララの体を指した。
「……ええ」
物扱いが気に入らなかったが、ここは我慢する。
「これ、処分するの。殺処分よ。わかるでしょ?」
「わかりません。 どうして、殺すんですか?」
「殺すだなんて言い方、やめてよ。まるでこの子が、人間みたいじゃない」
「人間です」
僕は言いきる。
「……夢見がちね。これは確かに人の形をしているけど、人間じゃないわ。私たちが作った、人間以下の」
「人間です!」
僕は叫んだ。人の形をしていたら人間。それじゃ駄目なの? 人が作ったから人以下? じゃあ僕はなんなのさ。僕は人間じゃない。けど、人の形をしてるから、人間らしくあろうとするんじゃないか。それなのに、ララは人間そのものだったのに、どうしてそんなことを言うの?
「……ま、水かけ論ね。この子は処分。それはもう決まっていたことなのよ」
「ま、待ってください!」
女性は、もう止まらなかった。追いかけようとしたところで、白衣の男性に止められた。
「おい、待てよ」
「は、離してください!」
「無理だ。俺の進退がかかってるからな」
「し、進退なんて!」
「あんなガキよか、よっぽど重要だ。……ほら、とっとと帰れ。今日は大きな手術があるから忙しいんだよ。てめえのせいで患者が助からなかったらどうする?」
その言葉に、僕は動きを止めた。大きな手術? もしかしてそれって、矢間君の手術のことではないだろうか。
「……わかってくれたみてえだな。じゃあな」
男の人はそういうと、すたすたと女の人が向かった方向へと行く。あっちに、医者専用の、手術室へ通じる通路があるのだろうか。
「開発部、なのだろう?」
「あん?」
歩き始めた男性をトレースが引き留めた。
「キミは開発部だそうだな。それがなぜ手術などを?」
「……開発部は開発部でも、俺は『技術開発部』だよ。手術の技術向上に向けて日々頑張るオイシャサマって奴だ。わかったら消えろ」
「……そうか」
トレースは呟くように言って、それきり男性を引き留めようとはしなかった。
「……どうして」
男性が完全に見えなくなって、僕たちだけになってから、僕はつぶやいた。
「どうして、ララが」
「それは、……その」
「どうして、なんで、あの二人はあの子を殺すことになんのためらいも見せないの!?」
「それは……」
トレースは言い淀むばかりで、何も言ってはくれない。ミリアに視線を移す。
「……私にはわかりません。ただ、この先やるべきことは、わかりますが」
「何? 僕は、何をすればいいの?」
何をすればララを助けてあげられるの?
「……私はあれを助けるのに賛成しません」
「どうして?」
僕の声は咎めるような雰囲気になっていた。
「変わりすぎています」
「なにが変わるってのさ?」
「ララは、あれは、もう」
「あれって言わないで」
君まで、あの子を物扱いしないで。
「……あの子は、もう別のだれかです」
「そんなこと、あるもんか」
「これはもうどうやっても変わらない未来です」
「そんなことあるもんか」
「あの子は、短期間で人の強すぎる悪意に触れすぎたんです。一瞬、一瞬ではありますが、初めて受けた強すぎる思いに、心がパンクしてしまいました」
「あの短時間でそんなこと起こるわけがない!」
そんな、そんな風に心が壊れちゃうのは、もっと長い間苦しめられてたとか、そういうのじゃないと……起きないはずだ。
「あの子は人の心が見えます。だから、人の悪意も何もかも、人より影響されやすいんです。……あの子はもうあの子ではありません。それでも、お父さんは助けますか?」
「助ける!」
僕は自信を持って答える。助けたい。助けれるものなら、何がなんでも助けたい。あんなに勝手な都合で殺されるなんて、可哀そうすぎる。
「……そうですか。なら、ついてきてください」
ミリアはそう言って、入口へと駆け出した。僕とトレースはあわてて追いかける。入口を出て、すぐ右に曲がり、施設の裏へと回りこむ。
「ど、どこへ行くつもりだ、ミリア!」
「いいから、ついてきてくださいトレースさん! 私には、視えてます!」
何が見えてるんだろう。僕がララを助ける未来だろうか。……そうだったら、いいな。