思わぬ招待
僕たちは、というかミリアは未来を見続けていた。占いをする人間そのものが珍しいのか、人はひっきりなしにやってくる。次第に、すごく当たるぞ、とかいう噂が立って、ドンドン人がやってきて、いつの間にか行列をなしていた。
「……え、ええっと、あなたの未来は、あまりよくありません。けれど、今の食生活……つまり、食後のビールを控え、煙草をやめて、通勤を電車でなく自転車を使うようにすれば、少しづつではありますがよくなります。十年単位で続ける必要があるので、留意していてください」
「ほほう……すごい! ほんとによく当たる!」
けれど、当たる当たると言われるほどに、ミリアの機嫌は悪くなっていった。占ってもらっていた人は五百円玉を置いてどこかへと行ってしまった。晴れやかな表情なのはどうしてだろう。まだ、何も変わったわけじゃないのに。
「……私は見世物ではありません。それに、占いは当たる当たらないではないのに……」
彼女はそうつぶやく。ミリアなりに、矜持みたいなものがあるみたいだ。
「さあ、俺の未来を見てくれ!」
「……はい」
五百円玉を叩きつけるように、ひとりの少年がミリアの前に立った。
「さあ、俺にはどんな未来が待ち受けてる!? 俺は自信に満ち溢れてる! 絶対にいい未来が……」
「……演技は、やめてくださいますか」
騒いでいた少年が、ぴたりと止まった。彼の豹変ぶりに、行列の人たちも何事かと目を丸くする。
「……演技だって?」
「あなたは、心臓病でそう永くありません。それはあなた自身、もう知っているはずです。……試されるのは、好きじゃありません」
「はは、すごい、すごい!」
少年はまた、大騒ぎした。
「すごい、すごいや! 今までたくさんのインチキ占い師と会ってきたけど、俺のことを見破ったのはあんたが初めてだ! すげえ! なあ、おれんとこ来いよ! おもしれえもん見せてやるからよ!」
なんだかリンクみたいな話し方するなあ。そういえば吸血鬼ってみんなあんな話し方なんだろうか。……だったら、この少年も吸血鬼? いや、さっき永くないって言ってたじゃないか。
「い、いえ、私はここで仕事が……」
「ここの連中が払うお金の千倍払ってやる! だから、来い!」
「遠慮します。労働と不等価な報酬は受け取れません」
「……固てえよ」
「職人気質だと言ってもらえますか」
なんだか、ミリアは占いに関しては折れる気がないみたい。
「……ったく、わかったよ。じゃあ、金はやらねえけど、来てくれねえか? 仕事が終わるまで、待っといてやるからよ」
「それなら……。いえ、駄目です。今すぐ帰って、温かくして眠ってください」
「なんでだよ!」
「心配しなくても行きます。ここの近くの大きな施設でしょう?」
ぱちくりと、少年は目をしばたたいた。
「……すげえ」
「わかったのなら、帰ってください」
「わかったよ。約束だからな!」
「はい、わかってます」
彼はミリアに手を振ると、遥か彼方にある大きな建物の方に向かっていった。
「……休憩、です。疲れました」
「わかった。さあ、聞こえただろう、本日閉店! またいつか!」
仕事道具を片づけ始めたミリアを見て、トレースは叫ぶ。最初は行列に並んでいた人たちも嫌な顔をしていたが、しぶしぶ、列を離れて行った。
「……何があった?」
「少し、暗い未来が視えたもので」
行列が完全になくなると、後に残るのは車が通る危険な道だけ。人通りもめったになく、どことなく侘しい感じがする。
「暗い未来? 何が視えたの?」
「あの人がここで待ち続けて、発作を起こして死んでしまう未来です。……他人の死を見たのは久しぶりでしたから、びっくりして」
それで途中で言葉を翻したのかぁ。……ん?
「久しぶりってことは、前の世界じゃ見なかったの?」
「いえ? けど、移動の最中を合わせたらもう十時間ぶりじゃないですか。……久しぶりだなって」
人の死を十時間見なかったら『久しぶり』って。やっぱり、未来視はあまりほしくないかも。
「……ね、ねえ、お金も増えた事だし。どこかへ行かないかい、ミリア?」
行動の主導権はミリアが握る。当たり前だろう、なんたってミリアが稼いだお金だからね。
「いえ、あそこへ」
ミリアが指さしたのは、さっき少年が向かって行った大きな施設だった。
「あそこに、行かなきゃ。あの人が、待ってるの。あの人を、……看取らなきゃ」
彼は、もう死ぬことが決まっているのだろうか。……そうでなければ、ミリアがこんな苦渋に満ちた顔をするはずがない。
「……そうか。約束は、守らねばならんからな……」
「うん。……わかってる」
「偉いね」
僕は素直にそう言った。もし、僕がミリアと同じ能力を持っていて、同じ状況だったとしたら。
僕はミリアと同じ行動を起こせるのだろうか。人の死を見たくない、そんな理由で約束を破るのではないだろうか。
「……行きましょう」
暗い表情で、ミリアは施設に向かう。