初めての観光
僕は従者を手に入れた。
どうやら、今日のことを文面にするとこうなるようだ。
『世界』に入り、一番最初にできたことがこれって、僕の先行きを案じているようで……怖い。
「……で、だ!ルウ!」
従者……トレース・トレスクリスタルが封印されていた御神木からそう遠くない小高い丘。
僕はトレースに導かれてここまで来ていた。
「うわあ……」
「ここが『首都の千人が選ぶ絶景スポット』のうちの一つだ!」
そうトレースが豪語しながら、手を丘の向こうへと向ける。その先には。
本当にきれいな、『世界』があった。
町、村、山、川、草原……この『世界』を一望しているのではという錯覚に陥るほどの絶景が、眼下に広がっていた。
「ふふふ、苦労した。本当に苦労したぞ。いろんな経験をしていて、センスのいいやつを千人選んで記憶を一から覗き見て一番感動した景色を探したのだらから……。きれいでないはずはないのだ」
ブツブツと小声でトレースは言っているが、何を言っているのかは分からない。なんでだろう?
「……きれいだね……。これが、『いい景色』というものなんだろうか」
僕は素直に感想を口にする。
「いや、違う!」
トレースに思いっきり否定された。
「なんだろうか、ではない!これがまさしく『いい景色』なのだ!おそらくこの世界のどこだろうと、ここ以上の景色はないだろう!……では、次へ行こうか」
「え、次があるの?」
「うむ。……まあ、この景色ほど美しく耽溺できるようなものではないが……。まあ、キミがどのような人かわからないから、一応選べるようにはしておこうと思う。………と、言うわけで。首都へ行こう」
「……首都?」
僕はトレースに手を引かれながら、疑問を口にする。僕に合わせてゆっくりと歩いてくれるので疲れはしないが……。こうして手をつないでいるとなんだか気恥ずかしい。
「そうだ!この世界の中核をなし、商業の中心地であり、どの町よりもどの村よりも人が住まう街、首都!食料、嗜好品、娯楽、なんでもそろっている大きな街だ!魔法文化も発展しているからかなり便利だぞ?」
「……魔法?」
聞いたことのない単語が出て来た。なんだろう?魔法?すごく興味を引かれる。多分、トレースの言い方だとこの『世界』の住人はみんな知っていて、当たり前に在るものなのだろうけど、異世界から来た僕にわかるはずもない。
「魔法とは!」
僕に知らない言葉を教えれるのがうれしくてたまらないのかトレースは満面の笑みを僕に向けて話してくれる。……前見て歩いて。危ないから。
「魔法とは、人にできないことをさせてくれる夢の技術だ!」
「……どういうこと?」
「火は火蜥蜴でないと吹けない。しかし、魔法を使えば人でも火を扱うことができる!まあ、種類によって唱え方から効果まで千差万別ではあるが、な」
つまり、空を飛ぶ、とかもできるようになるのか。……ふうん。
「すごいね。……僕にもできるかな?」
きっと空を飛べたら楽しいだろう。そんな思いで僕は訊いてみた。
「……できなくは、ない」
「そうなんだ!よかった。できないとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「だが、ひどく時間がかかる」
「……え」
ど、どのくらいだろう?一年?十年?
「百年ちょいくらい」
「……僕は魔法をあきらめるよ」
そんなにかかってたらおじいさんに……なるのかな?僕はどうも人間とは違うみたいだし、もしかしたら年を取らない、なんて夢みたいなことだってありえるわけで。
「だ、だが、ルウは心配しなくていい」
「どうして?」
「ボクが魔法の代わりになってあげるからだ!」
「……え」
今度はまた別の意味で驚いた。
「ボクの出自を話していなかったな、ルウ。……いや、ご主人様」
「……ご主人様、って言うのはできればやめてほしいかな……」
なんだかこそばゆいからね。
「まあ、聞いてくれ。ボクはもともとトレスクリスタルと言って、人の願いを模写する石だったんだ」
顔を前に向けて、歩きながらトレースは話してくれる。自分の、出自……なぜ、生まれたかを。
「人の願いを感じ取ってそれを表面に映し出す、それだけの石だった。それがね、ボクはいつしか石でなくなったんだ」
「……どうして?」
「魔法にかけられたことは覚えているが……それ以上のことは、な。生まれた瞬間のことならともかく、生まれる前のことなどわからない。……はは、出自になっていないな。……まあ、とにかくだ。魔法のおかげでボクは生まれながらに『世界を自由に操作する』能力を得られたわけだ。……まあ、これを使ったのは最初と、さっきだけだからいまいち使いこなせてないけど」
トレースは前を向いていて表情は見えなかったけど、どうもさびしそうだった。……そうか、魔法にかけられた、と言うことはトレースには作り主がいると言うことなんだ。
「……トレース」
「何?」
「作り主に会いたい?」
「まさか」
トレースは即答した。
「……そう」
「ああ。ボクはもうキミの物だからね。前の主人のことは綺麗さっぱりもうどうでもよくなってるんだ。……無駄話してる間に、ほら、着いた。……首都だ」
城壁があった。高い高い城壁が。
そして目の前には、城壁の大きさと比べたらとてもちっぽけな門があって、その前に門番の詰所があった。
……ちっぽけな門、だなんて思ったけど、近づいてみたらびっくり、僕の身長の五倍ぐらいはある。……大きいな。城壁も、門も、とても大きい。
「…………ルウ、その従者トレース、と。よし、ルウ。できたぞ。審査が通った」
「ありがと……」
僕はそれらの大きさに圧倒されるばかりで、入国審査等のことはまったく頭に入っていなかった。
「さあ!高い城壁や大きな門に気を取られるのはわかるがここはただの殻だ!重要なのは、中身だからな!ルウ、楽しんでくれ!」
ゴゴゴゴゴゴゴ………
大きな門が僕たちのために開いてくれる。
「ようこそ、首都へ!」
トレースがそう言うと同時に、僕は首都に足を踏み入れた。
……トレースが僕に『何』を選ばせるのか全く気付かないまま。