依頼を受けて
「で?」
「何が、で? よ」
エリアは俺につっけどんに答えた。ったく。ちょっとぐらい愛想よくしてくれてもいいじゃねえか。これからもずっと一緒にいんだからよ。
「なんであのガキ……、ええっと、なんだったっけ……そう、ミリア。ミリアの奴を治せたんだ?」
それだけがどうにも引っかかっていた。依頼をミスって焦ってたのはわかるけど、それがなんで記憶消されたガキを助けれることにつながったのか、さっぱりわかんねえ。
「なんで? ハン! それぐらいもわからないから、あんたはいつまで経っても半人前なのよ」
「うっせ役立たず。殺すぞ」
「やれるもんならやってみなさいバカリンク」
「あん? ヤってろうか?」
「そんな度胸あんたにあるのかしらね?」
「試してみるかゴラ」
「お断り」
ブツリ、と意識が途切れた。
すぐに意識が戻って、俺はエリアに突っかかる。エリアの手には大鎌があった。吸血鬼の力を使って作った血の鎌だ。新鮮な血じゃないから、黒く見える。
「てめえ、また殺りやがったな!? ルウの前じゃ控えてたくせによ!」
「あんただって私のことヤってやる云々言わなかったじゃない」
「言えるか!」
あんな、世界の全てが善意でできてると本気で信じてそうなガキの前で、いくら本当にする気がないとはいえ、そんなことが言えるわけがねえ。つうか『ヤる、って何?』とか聞かれたら俺どうすりゃいいんだよ。素直に教えるわけにもいかねえし、ったく。これだからガキは嫌いなんだ。
……まあ、その点で言ったら、ミリアってあのガキ、ずいぶん物わかりがよかったけどな。
「ふん、腰ぬけが。……で、あんたはなんで私があの子を治せたのか知りたいわけね」
「……そうだよ、なんか文句あっか」
「それが人に物を頼む態度?」
「てめえ人じゃねえだろ化け物」
また意識が飛んだ。今度もまた頭を吹き飛ばされたんだろう。……ってか。
「いつもより多くね?」
「あんたがハエみたくブンブンうるさいからよ」
「うるせえ青狸」
「……いっぺん、死んでみる?」
「何度も殺ってるじゃねえか。てか、早く教えろ。着いちまうだろうがよ」
今俺たちは次元航行船に乗っているわけだが、目的地まではそう遠くない。もしかしたら、一番肝心なところで降りなければ、なんてことになるかもしれねえ。そんなことにはなりたくはなかった。……だってよ、あの『万能無限』が触れ込みの道具が三日かかるって言ってたのをものの数分で終わらせたカラクリ、知りてえじゃねえか。
「あの道具ね、実はそーとー役立たずよ」
「てめえみてえにか?」
「殺す」
「ぎゃっ!」
腕を斬り落とされた。俺はマントの中から、吸血鬼の力で作った血の剣を残った腕で持ち、反撃する。エリアの腕を斬り落とす。
「痛っ! やったわね!?」
「てめえが始めたんだろうが!」
数秒経つと、俺とエリアの腕はどっちも元通りになる。吸血鬼だからな。死なねえんだ。
「あんな道具と私を一緒にするからでしょ!?」
「少なくとも依頼ミスるてめえよりあいつの方がましだ!」
「ミスってない!」
「ならなんであいつらを説得、ないし殲滅できなかったんだよ! てめえのせいで余計な労力つかったじゃねえか!」
「う、うるさいバカリンク! どうやってあの子を助けれたか教えてやるから少し黙れ!」
ごまかすようにエリアは俺に言った。……ったく、絶対なんかあったな。どうせ怖くなったかなんかだろう。こいつ、吸血鬼で、永遠の命持ってて、ありえねえくらい強えのに、バカみたいに臆病だからな。
「わあったよ。とっとと吐け」
「……ちょっとミリアの意識を促したら、すぐに治ったわよ」
「はあ?」
「あのね。あんただって記憶操作受けたのに今もこうしてバカ丸出しで叫んでいられるのはどうして?」
「一言うるせえクソアマ」
「とっとと答えろ半人前」
いちいちうるさいな、こいつ。どうやって黙らせてやろうか。
「そんなもん決まってるだろ。俺には記憶が消される以前の記憶があったから」
「でも、記憶は消されてるはずよね?」
「何が言いてえんだ? とっとと話せって」
「……あんた、ほんっとに情緒ないわね」
「無駄口たたくな」
「命令するな」
「偉そうにするな役立たず」
「わめくなバカリンク」
……ものすごく不毛だ。
「ったく、わかったから、とっとと話してくれよ。もう着くぞ?」
「仕方ないわね。……ま、ひとえに助かったのは、全部あの子の実力よ」
「はあ?」
「あの道具は一から全部正しい記憶を作り上げるつもりだったみたいだったけど、そんなの、時間かかるわ。記憶を消された、ということを思い出せば、少しづつだけど、記憶は戻っていくわ。あんたがここでぴんぴんしてるってことは、記憶の消去も完璧じゃないみたいだし。記憶消去と、記憶の刷り込みとを合わせて初めて、メリメの能力は進化を発揮するようだったしね」
「だったらなんで数分で治ったんだよ」
「あの子、未来視持ってたじゃない」
「……そう言えばそうだったな」
だからと言って、記憶に関してどうこうなるわけじゃねえだろ。
「それがね、あの子、恐ろしいことに記憶がなくなった、と認識したとたんすごい速さで頭が回り始めて、『記憶をトレースに治しきってもらった未来』の自分を見て、感じて、それで今の記憶とつなぎ合わせて、自分で作ったの」
「……はあ?」
どういうことだよ、それ。なんか、ミリアってガキ、ほんとにガキか?
「だから、私の力で回復を促したわけだけど、それと同時に道具もやってたわけでしょ? その二つがうまい具合に作用した、ってわけよ」
「ああ、なるほど。やっぱりてめえは役立たずだったってわけか」
「人の話聞いてた?」
「もちろん。お前、ようするにミリアに『記憶がなくなった』って教えただけだろ? 吸血鬼の基本能力、『精神感応』を使って」
「う……」
「で、ミリアの記憶が治ったのは、ミリアが未来視で、あの道具が必死に頑張ってミリアの記憶を治していたからだよな。……ほら、やっぱりてめえなんの役にも立ってねえ」
「う、うるさいうるさい! だ、黙れバカリンク! 切り刻むぞ!」
「……切り刻んでから言うなよ」
「あんたが悪いんでしょうが!」
てか、大丈夫かよこれ。周り血だらけだぞ? 弁償とかさせられねえよな?
「……あ~あ。ルウの移動方法がありゃ、こんなところに金払わなくても済むのによ」
「何、それ」
エリアの目が、獰猛な獣のように怪しく光った。
「あいつ、ちょっと見たこともねえような異世界移動すんだよ」
「詳しく」
「扉を出して、その向こうに行く」
「それだけ?」
「そう。それだけで、もう異世界に行ける」
ま、実際は扉を出現させるとこまでしか見てねえが、だいたいこんな感じだろうな。
「……そう。……ふふふ、たまには役に立つじゃない、リンク」
「てめえはたまにも役に立たねえけどな」
「うっさい」
鎌が振られるが、俺は剣で防ぐ。
「……む。生意気な」
「自分の身を守ってなんで生意気なんだよ」
「守る必要ないくせに」
俺は反撃する。で、エリアは鎌で防いだ。
「てめえも守る必要ねえだろうが。てか、てめえルウに何するつもりだよ」
「な~んにも」
「ぜってえ嘘だ」
「……鋭いじゃない」
「で、何するつもりだ?」
俺は訊く。別にルウがどうこうなったところで知っちゃこっちゃねえが、こいつが行くところには俺も行かなきゃいけねえ。ルウとはあんまり戦いたくねえんだよな。純粋すぎて、やりづらい。
「ま、ちょっと教えてもらうだけよ。というか、また会えるのかどうかもわかんないしね」
「だな」
ほんと、立て続けに三回もよく会えたもんだよ。めったにあることじゃねえ。俺だって何度か他に異世界を旅する、っていう金持ち連中と会ったが、二度会うやつなんてほとんどいねえ。
「……お、ついたわよ」
「だな。さ、依頼依頼」
「あんたが言うな。私の依頼だ」
「役立たずが偉そうに」
「半人前が偉そうに」
軽口を飛ばしながら、俺たちは甲板に出て、依頼のある世界に降りる。乗り降りする時だけ、甲板には異世界に通じるゲートが出現する。ここを通れば、目的地、ってわけだ。
「じゃ、行きましょう」
「わかってるっての」
俺たちはゲートをくぐった。
次の依頼は異世界の技術伝来。『人工的に人間を生み出す方法を教えてくれ』というごくごく簡単な依頼だ。鉄火場もないだろうし、本当に楽だよな。
さて、と。依頼をこなそうか。つっても、俺はなんにもしねえけど。こういうのは、エリアの仕事だからな。とちらなきゃいいけど。