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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
四つ目の世界
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想いあふれて終をなす

 僕たちが『忘却の庭』に入ると、そこは、もはや別世界になっていた。扉をくぐったわけでもないのに、異世界に来たような気分になる。

 メリメが、広間の中心に立っている。その手前に、彼の方を向いているリンクとエリアの両名。そして、メリメの後ろには、たくさんの人が直立不動で立っていた。


 「あ、来たな」

 「メリメ」


 彼は僕たちを見つけると、気軽そうに声をかけた。


 「……へえ、ほんとに治ってる。意外だなあ。びっくりだ」

 「何をしている?」

 「何って、戦争だよ」


 戦争? 僕は首をかしげる。その意味がわからないのではなく、誰と、なぜするのかがわからなかった。


 「楽しいじゃないか、戦争。相手が恨みつらみのこもった相手なら、なおさら」

 「思いあがるなよ、ガキ!」

 

 リンクはメリメに斬りかかる。


 「ジータ」

 「はい」


 名前を言っただけで、ジータと呼ばれた女の人は、黒剣を振りかぶり、メリメに斬りかかっているリンクの前に立ちはだかった。


 「!?」


 リンクは刃を横に逸らした。


 「……優しいんだね、吸血鬼も」

 「う、うるせえ! 今のは、風が吹いたんだ!」

 「ここ、無風なんだけどね」

 「ああもううるさい!」


 リンクはそう叫ぶが、メリメをジータごと斬ろうとはしなかった。良心がとがめる……とかじゃ、ないよね?


 「何が起こっている? エリア、説明してくれ」

 「……あの坊やが、ここら辺にいる人間全員に戦争を仕掛けようとしてるのよ」

 「なぜ?」

 「昔の恨み、としか本人は言わないわ」


 昔の恨み? どういうことだろう。


 「リンクさん、わかった? 私は勝てる。この戦争に勝てる」

 「させねえ、って言ってんだろ! てめえが大人たちに戦争仕掛けても、負けるだけだぞ! 死ぬ気か!?」

 「それもいい」

 「ったく、ガキが!」

 「そうだ。私は子供だよ。でも、私は子供らしくないだろう?」

 「ああ、そうだな!」

 「世界が、そうさせてくれなかったんだ。私はもっと遊びたかった、楽しいことしていたかった。けど、世界が滅んだから、神様に見はなされたから、私はこうして、戦争を仕掛けている」

 「……謎理論だな!」


 リンクの言うことはもっともと思えた。……でも。


 「リンク、駄目だ!」

 「ルウ!?」


 僕はメリメのところまで走り、リンクが振り下ろした黒剣をコンシャンスで受け止めた。


 「なっ! 何している、主人! 戻ってこい!」

 「ルウさん、戻って!」

 「嫌だ!」

 「んだとこのガキ! 殺すぞ!」


 殺気をじかに向けられて、足がすくみ、全身が震えだす。怖い。殺されるかも。でも。


 「め、メリメは、どうして戦争なんてするの?」

 

 僕は刃を受けながら必死に、メリメに話しかける。


 「どうして? 簡単だ。復讐したいのだ。あの子たちの仇を、とるんだ」

 「……あの子?」

 「あの子だと?」


 僕とリンクの質問が重なった。リンクの刃が、少しだけ威力が弱まる。


 「そう。一人は『託宣の教団』に、もう一人はそこら辺にいた男に殺やれた。最後は記憶を操作して、幸せな記憶を植え付けたけど……、それでも、あの子たちは死んでしまった」

 「だからてめえは『託宣の教団』をつぶせなんて依頼してきやがったのか」

 「そうだよ。さすがに、君たちを雇うお金はもうないから、あとは自分でやる。だからこうして、彼らを操っている。……今まで、私は彼らを意図的に操ろうとはしなかった。優しい記憶で包んで、守ってあげていた」


 メリメは後ろにいる、人形のようになっている人たちに慈しみの視線を向ける。次第に、それは後悔と絶望の色に染まる。


 「しかし、無理が来た。私の能力はもはや人を操ることしかできなくなってしまうほど、衰えている。今まで、記憶を作りすぎた。……もう、私にできることは、戦争だけだ」

 「そんなの、知るか! ならなんでミリアを操った!?」

 「……すまない」


 メリメはミリアの方を向いて、謝った。


 「……謝らないでください」

 「いや、君のは間違いなく、私の自分勝手だ。……君があの子に似ていたからと言って、記憶を好き勝手いじるなど……。『託宣の教団』とやっていることは変わらん」

 

 ひどく悲しげに、メリメは自分の手を見つめる。


 「そうさ。……こうして、ミリアを狂わせ、彼らを操った。そんな私は、あの子たちを殺したこの世界と、何も変わらない……」

 

 その手を軽く握り、力を抜く。メリメはリンクを見つめて、言った。


 「……リンク」

 「なんだ、ガキ」

 「私を殺してくれ」

 「……ったく。残念だが、異界士は自殺の幇助はやってねえんでな」

 「ならば、私はあなたを殺そうとする。あなたは自分を守らなければならない」

 「俺、死なねえから」

 「……そうか」


 リンクは、攻撃をやめた。変わらず不機嫌そうにゆがめられた眉の溝は、さらに深くなる。僕はどうしてリンクがこんな顔をするのだろうと思いながら、コンシャンスをしまった。きっと、もうここで戦いは起こらないだろう。


 「てめえ、死にてえのか」

 「そうだ」

 「あんだけ息まいてた戦争はどうした?」

 「私は、彼らを死なせたくない。……それを忘れていた私は、愚かだった」

 「なら、なんでまた今まで通りにしようとしねえ?」

 「……もう疲れた」

 「何に疲れたってんだ」

 「嘘をつき続けることに疲れた。嘘しか周りにない状況に疲れた。子供でいてはいけない自分に疲れた」

 

 くたり、くたり。周りの人間が、次々と地面に横たわり、眠りについていく。


 「彼らは目覚めればもう何もかもを忘れているだろう。私のことも、ここのことも。私のような子供死体が一つあったところで、なんの感慨も抱かないはずだ。……さあ、リンク。殺してくれ」

 「しねえって言ってんだろ」

 「ならば、ルウ。やってくれ。……あなたは、私に恨みがあるはずだ」

 「……僕は人殺しなんてしたくないよ」


 僕はメリメの自殺をどうやったら止められるか、ずっと考えている。でも、何も出てこない。


 「……メリメ」


 その時、ミリアが僕のところ……つまり、メリメの正面までやってきた。


 「……なに、キィ」

 「私はミリアです」

 「……すまない、ミリア」

 

 キィ。それが、メリメが守れなかった子の名前だろうか。


 「目を、覚ましなさい」


 頬を張る鋭い音が広間に響き渡った。


 「な、え、き、キィ?」

 「私はミリアだと、言っています」


 平手を振り切ったままの体勢で、ミリアは訂正する。


 「ご、ごめん」

 「あなたは、考えがなさすぎます。ここであなたが死んだら、記憶がきれいさっぱりなくなってしまった後ろの方たちはどうするのです?」

 「……なんとか一人で生きていくよ」

 

 もうどうでもいいことであるかのように、メリメは言った。

 

 「なんの知識もなく、ですか? あっという間にキィのように死んでしまいますよ」


 キィのように、という言葉効いたのだろうか、メリメは顔をさっと青くした。


 「そ、そんな……! き、ミリア、私はどうすればいい?」

 「簡単です。今までのように、導いてあげてください」

 「み、導く……?」

 

 メリメは驚いたような声をあげた。ミリアはつらそうな顔をしながら、続ける。


 「ええ。今度は、偽名や偽声を使うのではなく、きちんと、あなたの言葉で、あなたの意思で導いてあげてください」

 「そ、そんなの、できるはずが」

 「あなたは、きっかけの記憶と声を作っていただけにすぎません」

 

 ミリアは、優しげにメリメに言う。


 「あなたは、リーダーとしての素質があります。いくら記憶を操っていたとはいえ、少なからずあるはずです。断言できます。……だから、頑張ってください」

 「……うん、わかった、キィ」

 「……もう、私はミリアだと何度言ったら……」

 「あ、ご、ごめん」


 メリメが『キィ』と話すときだけは、彼は年齢相応になっているような気がする。とても自然で、とても、純粋だ。


 「……わかったよ、ミリア。私はもう少しだけ、頑張ってみる。もう能力は使えそうもないけど……」


 メリメの能力は、今や記憶を創り出す能力から、記憶を奪って操り人形にする能力になっているのだろう。その能力ができるのは、人形の兵隊を創り出すことぐらい。


 「……偉いですね。では、私は、もう行きます」

 「そう……。また、来てくれる?」

 「……約束は、できません」


 ミリアはふっと微笑んだ。


 「でも、あなたが彼らを導いていけるのなら、きっと、です」


 そして、ミリアは僕の手を引いて、トレースたちのところに戻った。


 「さ、行きましょう、ルウさん、トレースさん」

 「……うん」

 「そうだな」


 僕たちはミリアに連れられ、『忘却の庭』を出る。


 「……ミリア! 私は、僕は頑張るよ!」

 

 そんな、誓いの言葉を背に聞きながら。


 










 「……ったく、終わってみりゃ楽な依頼だったぜ。さて、行くかエリア」

 「そうね」

 

 『忘却の庭』を出てすぐのところ。白服たちの死体が山積みになっている場所まで来ると、リンクはおもむろにそう言った。


 「え、もう行っちゃうの?」

 「俺らがどこに行こうが勝手だろうが」

 「どこにでもは行けないわ。依頼のあるところだけ」

 「そうなの?」

 

 なんでそんなややこしいことになってるの? 好きなところ行けばいいじゃないか。


 「行けないんだ、ルウ」

 「え?」

 「彼ら吸血鬼のほとんどは、新しい土地には招かれないと行けない。だから、依頼という形で招いてもらっているんだろう」

 「正解。依頼は山積み、でも異界士は一人。一瞬たりとも休んでられないのよ」

 「なんで一人だ。お前と俺とで二人じゃねえか」

 「あんたなんて小間使いその一よ」

 「はいはい」


 二人は楽しそうに会話する。なんだか仲が悪いように見えて、仲いいんだなあ、と感慨深く僕は思った。

 

 「そういえばさ、どうしてメリメを守ろうとしたの?」

 「てめえの目は節穴か。思いっきり斬りかかってただろ」

 「……でも」

 

 でも、殺意がある斬り方じゃなかった。人形みたいになってしまった人たちも殺さなかった。リンクになら、殺せたのに。ここに転がっている死体の山をもう一つ作り上げるだけなんだから、とても簡単なことなんだろう。

 

 「……依頼人はとりあえず守る。それが、異界士の掟だ」

 「そんな掟ないわよ」

 「……黙っててくれねえかな脳なし」

 「お前こそ黙れバカリンク」


 ということは、掟だなんだの言うのって結局のところ、メリメに同情したリンクのてれ隠し、ってこと?


 「ね、ねえ」

 「あら、残念。次の依頼よ」

 「おう。それじゃ行くか」

 「ええ。じゃあねルウ、ミリア、それから道具」

 「もう会わないことを祈ってるぜ!」


 マントを翻し、二人は闇に溶け込む。僕が瞬きをして、もう一度目をあけると、二人の姿はどこにもない。


 「……速い」

 「吸血鬼だからな。さあ、ボクたちも行こうか」

 「そうですね」

 「……そうだね」


 僕は扉を虚空に出現させる。それを開くと、白と黒のチェック模様の床と、無数の扉が見える。

 

 「……でも、ここもあと四年で滅んじゃうのか」

 「滅びませんよ?」

 「はい?」


 僕は扉に手をかけたまま、疑問を口にする。


 「でも、だって、ミリア、前に四年で滅びるって」

 「ああ、あのときは、確かに四年で滅んでました。でも、今は違います」

 「そうなのか」

 「ええ。五年でも十年でも、『忘却の庭』はありますよ」


 軽く微笑んで、ミリアは言った。


 「さ、もうここには特に何もありませんし、行きましょうか、ルウさん。……忘れてました。お父さん」

 「……そ、そうだったね」


 僕はミリアのお父さんになったんだった。忘れてた。


 「……じゃ、出発だ」

 「はい」

 「了解」


 僕は、扉をくぐり、世界を出た。

 

 次の世界はどんなのかな。今からでも、楽しみだ。

 

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