蘇る記憶
「……ルウ?」
リンクの血でさらに真っ赤に染まった僕に、目覚めたトレースが声をかけた。
「トレース! ミリアは!?」
「大丈夫だ。……しかし、まだ数時間しかたっていないぞ? それなのになぜ、ミリアが……」
トレースは何が起こったのか理解しようとして、周りを見渡した。血と、死体と、二人の吸血鬼。片方は首がない。……あまり、そっちは見ないようにしよう。気分が悪くなる。どうして、エリアがリンクを殺したりなんてしたんだろう。
「そうか、エリア、リンク。キミたちが……」
「そうよ。というか、その子動かないけど大丈夫かしら?」
「え!?」
僕はあわてて、ふらふらになりながらもミリアのところまで駆け寄る。
「大丈夫、ミリア!?」
「……う、ううん……」
ミリアは少しだけ目を開けた。だ、大丈夫だろうか? 何か問題はないだろうか? まさか、僕たちのこと全部忘れちゃったりとか……。
「ルウ、さん」
「ミリア」
「……トレース、さん」
「そうだ」
「……ありがとう、ございます」
よろよろと立ち上がると、ミリアは僕たちに頭を下げた。
「何が起こったのか、覚えているのか?」
「いいえ。でも、視ましたから」
「……へえ。それが噂の未来視ってやつ? ねえ、あんた。ちょっと私の名前、当てて見せてよ」
「そんな、ことできるはずないじゃないですか、エリアさん」
「……できてるじゃない」
エリアは目を丸くした。
「いいえ。言葉の途中まで、あなたのことは知りませんでした。ただ、訊き終わった後に、親切に名前を教えてくれる未来が視えたので、視えた名前をそのまま言っただけです」
「すごいね、あんた」
「いえいえ、それほどでも」
「いいや、謙遜すんなよ」
リンクが突然現れて言った。頭を吹き飛ばされたはずなのに、リンクは元気にしゃべっている。……え?
「謙遜ではありませんよ」
「いやいや。そこの駄目吸血鬼よりはよっぽどぶっ!」
その次の瞬間、リンクのおなかから大鎌の刃が視えた。ひっ!
「おい、怯えてるぞ?」
「ごめんね、ルウ。仕方ないことなのよ」
僕は何も言えない。な、なんで。
「ルウさん、落ち着いてください。彼らは吸血鬼、よほどのことがあっても死にません」
「で、でも」
「大丈夫だ、って言ってんだから、それでいいだろうがよ」
「それで割り切れないのが主人なのだ、仕方ないだろう」
トレースがフォローのようなものをしてくれる。
「……それにしても、派手にやりましたね、あなたたち」
ミリアはふと周りを見回してつぶやいた。
「こ、怖くないの、ミリア?」
僕はこんなに怖いのに、どうして?
「まあ、正直言って、この人たちがいなくなってくれたおかげで、私が死ぬ未来が、だいぶ消えましたから。リンクさんたちには頭が上がりませんよ。怖いかどうかで言えば、自分が殺される未来よりは、よっぽど安心して見れます」
どうしてこうも、ミリアは子供らしくないのだろうか。大人になった自分のしゃべり方から人格、教養までもを未来視という形で受け取っているからだろうか。
「それと、これは余談ですけど」
「え?」
全員が、僕と同じような声をあげた。
「実は、記憶を消された『私』達、最初の一人を除いて全員自分が偽物だって気づいたんですよ」
「なんだと? じゃあ、トレースとルウが頑張ったのは徒労だってか?」
「いや、それはないだろう。……しかし、それだと、なぜボクたちが治そうとした時、拒否したのだ?」
トレースは、メリメのところからミリアを連れだしたときのことを言っているのだろう。たしかに、偽物だと知ってたんなら、断る理由も……。
「いくら自分が偽物だからって言っても、『自分』はもうあるんですよ。それが消えてしまう、というのはとてもとても怖いことです。わかりますよね?」
「……」
僕以外の全員が、ミリアの言っている意味を理解できたようだった。
「……ルウさん用に付け足しておくと、たとえ自分が偽物だとわかっていても、最後の最後で、未来を視ている先の私こそが偽物だと、信じたかったんですよ」
「……そうなんだ」
たとえ造られた記憶から成る人格でも、人として生きようとしていたんだ。でも、造られた人格と記憶はこうして消されて、なくなって、元のミリアに戻っている。誰かに作られた記憶なんて、そう長続きするものではないのかもしれない。……って、あれ?
「待ってよ」
「なんです……、ルウさん、大丈夫ですよ?」
「キミはわかってもボクらはわからないんだ。ルウ、なんだ?」
大丈夫、なんて言われても全然ダメだ。何で気づいてしまったんだろう。
「ねえ、トレース、ミリア、リンク、エリア」
「なに?」
「なんだよ」
「なんだ?」
「……ルウさん」
僕は、疑問を口にする。
「……僕は、『何』?」
生まれたときからいろんなことを知っていて、考えれて。最初は白黒の空間に戸惑ったけど、意外とすぐになじめて。どこか遠くから声が聞こえて。それで、生まれて数分で、僕は世界を渡る旅人になった。
……僕は人間じゃない、と頭では理解している。でも、『何か』までは言ってくれない。
「ねえ、教えて。僕は何? 人じゃない、なら、化け物?」
「違う」
トレースが否定してくれる。でも、それなら。
「それなら、何? 人でなく、化け物でもなく、じゃあ、何?」
「……ちっ。知るかよ」
リンクが、つかつかと歩いてきて、僕の胸倉をつかんだ。僕を見下ろし、顔をかすかな怒りに染めて、僕に言う。
「『僕は何?』だと? よりにもよってそれか。てめえが人間じゃねえ、化け物でもねえ。ならなんだ? そう訊きてえんだろ?」
「うん」
「じゃあ答えてやる。知るか。てめえは生まれたばかりだろうがなんだろうが、ちゃんと自分で物を考えて、自分で行動できるんだ。それぐらい、自分が何かぐらい、自分で見つけやがれ。俺は見つけた。人間でなくなったとき、誰にも訊かずに見つけれた。なら、てめえもできるはずだ。……それも出来ないんなら、たとえ嘘でも父親名乗んな!」
「うわっ!」
僕は突き飛ばされる。あまりに急だったので、不格好に尻もちをついてしまう。
「……ったく、気分悪ぃ。行こうぜ、エリア。依頼達成の報を、依頼主に届けねえとな」
「……そう、ね」
リンクは『忘却の庭』へと向かって言った。それにエリアもついていく。エリアはリンクに何も言わなかった。きっと、リンクの中に正しさがあると思ったんだろう。
僕だってそう思う。僕はたとえ嘘でも、ミリアの父親を名乗ったんだ。
「……ねえ、ルウさん」
「何、ミリア」
「実はですね、うれしかったんです」
「何が?」
僕はなんのことかわからず、訊く。
「未来で、ルウさんとリンクが喧嘩しているのが視えました。そこで、リンクが言うんです。『お前は父親になったんだろう』って。……少しだけ、未来は変わりましたけど、やっぱり、あなたは私を助けようと、『お父さん』になってくれたんですね」
「でも、意味なかったよ」
父親がそばにいればいくら彼らでも、生贄に捧げようなんてことしないと思っていたんだ。僕が浅はかだったんだ。
「意味はあります。私、とってもうれしかったんです。……それじゃ、駄目ですか?」
「……ううん」
ミリアが喜んでくれたんなら、いいや。僕はミリアを、助けたかったんだ。また、明るい未来を見てほしかった。だから、頑張ったんだ。未来を見てうれしいと思えることがあったのなら、僕はそれでいい。
「……じゃ、せっかくなので、私、これからルウさんのこと『お父さん』って呼びますね」
「え?」
「だって、私昔からお父さんってどんなのか知りたかったんですもの」
その結果なんて、とっくに未来で視てるだろうに、ミリアは何も言わなかった。
「……わかった。僕は君の父親になるよ。トレースは、それでいいよね?」
「……仲間としてのボクも、奴隷としてのボクも、何も問題はないと言っているな」
「なら、いいよね。これからもよろしく、ミリア」
「はい、お父さん!」
ミリアは僕に抱きつく。……って、駄目だよ! 僕はまだ血まみれで……。
「血、血が」
「気になりません!」
「気にしてよ!?」
そこはさすがに気にしてほしいな!
「……わかりました。気にすることにします」
「まったく。見てられないな。待ってろ、すぐにきれいにしてやる」
トレースは手を振りかざした。すると、僕たちにかかっていた返り血が全部落ちた。
「便利ですね」
「主人のためにしか使わんからな。覚えておけよ」
「わかっています」
微笑んで、ミリアは言った。
「さて、ルウ。これからどうする?」
「とりあえず、『忘却の庭』に。メリメがどうしてリンクたちに依頼をしたのか、気になるよ」
「リンクの依頼主はメリメだったのか。……確かに、気になるな」
「意外な理由、とだけ言っておきます」
まるで何かのガイドみたいに、ミリアは言った。
「……さて、行こうか」
「うん!」
「ええ」
僕たちは『忘却の庭』へと向かって行った。