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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
四つ目の世界
43/106

圧倒的な脅威

 トレースがミリアの治療に取り掛かって、しばらくが経った。敵はひっきりなしにやってきて、そのたびに僕らはやってきた彼らを追い払っていた。

 


 「……はあ、はあ、はあ……」

 「ったく。よく持つな」

 

 リンクがため息をつくのもよくわかる。僕はもはや意思だけで動いていた。

 体は所々が言うことをきかなくて、視界はぼやけて霞み、羽毛のような軽さを持つコンシャンスが、鉛のように感じる。


 「そろそろ八時間。やってきた奴らはさっきので六十四人目だ。一時間当たり四人、十五分に一回は敵が来てる計算になる。……ここの連中、よっぽど飢えてんのか」

 「そ、そんな、こと、どう、どうでも、いい……。み、三日間って、あとどれくらい?」

 「……あと、だいたい六十四時間ぐらい」

 「そんな……」


 訊かなきゃよかった。

 なんて思っている間に、また新しい敵がやってきた。今度は三人組だ。


 「へへへ……」

 「おいおい、あいつへとへとじゃねえか」

 「なら、いけるんじゃね?」


 三人は各々、そこらへんで拾ってきたらしい木の棍棒を持っていた。


 「……やっ」


 気合の声も、だいぶ小さくなってしまった。けど、狙いはずれず、コンシャンスは三人が持つ棍棒をきれいに真っ二つにした。


 「ひぃ……!」

 「な、なんでそんなへとへとなのに……!」

 「化け物かよ……」


 そう言って、三人はどこかへ消えていった。隠れている敵がいないことを確認する。……いない。


 「……お前、だんだん早くなってきてるぞ?」

 「そ、そんなの、知るもんか……。僕は、あと、六十四時間、戦わなきゃいけないんだ……」

 「無理すんなって」

 「する」


 ミリアのためだ、頑張らなきゃ。


 「はいはい。意気込みはわかったから。これから先は、マジでやばいから、寝とけ」

 「嫌だ」

 「……しゃーねえな」


 リンクは呆れたように肩を落とした。そして、真剣に僕を心配しているような口調で、僕に言う。


 「いいか、お前にゃ聞こえねえかも知れねえけど、もうあいつらが動き出してる」

 「……あ、あいつ、ら?」

 「『託宣の教団』って言えばわかるか?」


 息も絶え絶えにうなずく。ミリアが一番嫌がっていた人たちの名前だったはずだ。


 「エリアが説得、というか解散させる手はずだったのに……。ったく。しくじりやがったな」

 「ど、どうして、君たちが、彼らを?」

 「俺らは依頼あっての異界士だぜ? 頼まれたんだよ」

 「だ、誰に……?」

 「メリメ」


 ウソだろ?


 「そ、そんな、はずは」

 「まあ、その気持ちはよくわかる。俺だってそう思ったさ。なんでこいつがこんな依頼すんのか、って。あいつ、『託宣の教団』に恨みがあるみたいでな」

 「……う、恨み?」

 「そう。詳しくはしゃべらなかったがよ、相当なもんだぜ、あれ。まあ、誰が依頼主であれ、依頼は依頼だからな。『託宣の教団』の解散または殲滅を俺らは仰せつかって……解散は失敗したわけだ」

 「じゃ、じゃあ、どうなるの?」


 解散か、殲滅か。片方が失敗した、ということは、リンクが今ここにいる理由は、もしかして。


 「わかるだろ? 都合よくこっちに向かってきてるらしいから、ついでにな」

 「つ、ついでで、殺すの?」

 「ああ。それが仕事だからな」

 「そ、そんな。そんなこと」


 僕が咎めようとすると、リンクは見るからに嫌そうな顔をした。僕は胸倉を掴まれて、引き寄せられる。


 「そんなこと、なんだよ? 俺、人間じゃねえんだぞ? お前ら人間の理屈なんか、知るかよ」

 「で、でも」

 「でもじゃねえ。つか、いいのかよ、俺があいつららなくて?」

 「どうして」


 リンクは突き飛ばすようにして僕を離し、リンクは冷徹な笑みを向けた。

 

 「だってよ、あいつら、百人単位で来るんだぜ? 今のお前の状態で、その人数さばけるのか?」

 「……それは」

 

 できるわけがない。体はわかりきっていた。だって、今だってしゃべるのさえやっとのことなんだ。戦闘だってあとどれくらいできるかもわからない。そんな状況で、百人。


 「出来ねえだろ? だから、俺に任せとけ」

 「でも」

 「死なせてえのか?」


 リンクは僕の後ろに視線を向けながら言った。


 「あいつらの基本理念は『生贄による救世』だ。神々が満足するまで生贄を捧げれば世界は救われる。それを大義名分に、好き勝手やってんだよ」

 「そんな、酷いこと……」


 どうしてできるんだろう。


 「人間なんてそんなもんだよ、ルウ。ガキなお前にはわかんねえだろうけどな。頭ん中は食いたい寝たいヤりたい、そればっかだ。……俺だって、あんま変わんねえけどな」

 「……でも、だからって、あの人たちが許されるわけじゃないよ」

 「許すかよ。俺はな、この世にあることで二番目に、ガキの悲鳴が嫌いだ。それから、俺はガキに悲鳴を上げさせる奴が、一番嫌いだ」


 手に持った黒い剣を握りしめて、リンクは苦々しげに吐き捨てる。


 「だから俺は、あいつらの存在そのものが、嫌いだ」


 その時、たくさんの足音が聞こえてきた。

 足音は瞬く間に僕らの前までやって来た。彼らは皆白い服を着ていて、顔はマスクをかぶっていてわからない。特に豪華な白服を着ている人間を先頭に歩いてきているところを見ると、その人がリーダーなんだろう。


 「んだよ、お前ら。近寄るな下衆」

 「下衆? これはまた面白い。彼は私たちの崇高な理念が理解できないようだ!」


 リーダーらしき人がそう言うと、白服集団の中で異様なまでの笑いが起こる。


 「……で? なんの用だよ。こっから先は記憶喪失のお人形さんしかいねえぞ」

 「そのお人形さんの中に、十歳ぐらいの子供がいるだろう」

 「いねえよ」

 「では、彼女はなんだというのだ?」


 リーダーらしき人は、ミリアを指さした。 

 まずい。

 僕はミリアの言葉を思い出す。もしこの人たちにつかまれば、あの子は惨殺されてしまう。


 「あの子は、僕の家族です。だから、手を出さないでください」


 自然と、そんな言葉が出ていた。


 「家族? ほう? 兄妹とも見えんし、夫婦なはずはない。嘘だろう?」

 「……僕はあの子の父親です」


 親は子を守るもの。あの子を守る僕は、この人たちにしてみれば父親と言われても信じれるんじゃないだろうか。


 「ほうほう。では、お父様。彼女を譲ってはいただけないでしょうか?」

 「譲る?」

 「そうですよ。少しばかり、お借りしたい」

 「貸してあげたら、あの子はどうなるの?」


 マスクの奥の目が、不快そうに細められた。


 「……ふふ、我々の救いになるのです」

 「救い?」

 「そう。あの子に考えられる限りの苦痛を与え、最後には」

 「言わなくていい。もう知ってるよ」


 その様子は、本人から聞かされていたから。ミリアの言葉が、耳に焼きついて離れないよ。君たちが、そんなわけのわからないことを言っていなければ、実行していなければ、ミリアが自分の死を視ることも、なかったのに。


 「……知っていて、訊いたのですか?」

 「うん」

 「なぜ?」

 「確かめたかった。君たちが、本当に……外道なのか」


 また、笑いが起こった。でも、気にならない。僕はリーダーらしき人を睨みつける。


 「……特別に、親子ともども、捧げてあげましょう。娘が捧げられる様を、あなたの目に焼き付けてあげますよ」

 「させないよ」


 僕はコンシャンスをしっかりと握り、リーダーらしき人に斬りかかる。


 「……ふふふ、私、実は昔は武道をやっていましてね。あなたの攻撃はハエが止まるようですよ」

 「ならっ!」


 遅いのなら、速くするだけだ! もっと速く振れば斬れるはずだ!


 「ったく」


 斬りかかろうとした、その時。僕は思いっきり後ろに引っ張られた。

 予想していなかったので、無様に尻もちをついてしまう。


 「休んどけっての。お前、八時間しか生きてねえんだろ? 今までの人生と同じ時間戦ったお前は充分にすげえ。だから、もう休め。……あとは、俺に任せとけ」

 「でも、君に任せたらこの人たちが……っ!」

 「選べよ」


 顔を白服の人たちに、黒剣をリーダーらしき人に向けながら、リンクは言った。


 「『娘』の命か、見も知らねえこいつらの命か」

 「そ、そんなこと……」


 選べるはず、ないじゃないか。同じ人で、同じ価値のある命だよ? それを、いくら緊急事態とは言え選べだなんて……。


 「……ったく。ガキだな、お前はよ。純粋で、無垢で。その癖、世界のすべてを知ったような気でいやがる。だからよ、教えてやるよ。世界にはな、俺みたいに……」


 今、リンクの顔は見えない。けど、笑っているのが雰囲気でわかった。リンクは笑っているけど、その全身から、黒い重圧のような気迫があふれ出ているのも、肌で感じた。

 全身の毛が逆立つ。どうしようもない恐怖が全神経を襲う。指一本も動かせなくなる。


 「下衆を殺して楽しむ輩も、要るんだよ」


 黒の旋風が、巻き起こった。赤の嵐が降った。赤に染まった白の雨が、そこらじゅうに降り注いだ。

 黒の旋風は死をまき散らすリンクで、赤の嵐は噴き上がる血液で、赤に染まった白の雨は、バラバラに吹き飛んだ白服たちの体だった。リンク自身は返り血も浴びず、ただ楽しそうに白服たちを殺していく。見ているだけの僕に、たくさん血が降りかかる。それはミリアやトレースも例外ではなく、二人も真っ赤に染まっていく。


 「や、やめっ……」


 そこまで言って、言いとどまる。本当に言っていいのか? 今止めて、はたしてどうする? この状況で、まだ僕は戦えるのか?


 「……」


 僕は、黙った。……黙ってしまった。


 「……へ。口ほどにもねえ雑魚共が、吸血鬼にたてつくんじゃねえよ」

 

 黒の剣を携え、黒のマントに身を包み、死体の山で哄笑するリンクは間違いなく、邪悪な吸血鬼そのもだった。

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