表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
四つ目の世界
42/106

戦い続ける、ということ

 『忘却の庭』から出てすぐの場所に、トレースはミリアを横たえた。


 「……これから、おおよそ三日から四日、ボクは動けなくなる。だから、ルウ。キミにボクたちを、守ってほしい」

 「わかった」

 「一睡もせず、だ。……辛いことを言っているのは承知だ。だが、それしか手がない」

 「わかってるよ」


 三日だろう? それぐらいなら、僕にだってできる。僕は、メリメが言っていたようにお飾りの、怯えるだけのお姫様じゃないんだ。僕は腰の双剣、コンシャンスを構えて周囲を警戒する。


 「敵が来たらどうすればいい?」

 「キミに任せる」


 じゃあ、追い払おう。敵だって、ある程度痛めつければ、きっと帰るだろう。トレースはコンシャンスを構えた僕に安心したのか、ミリアのところに行って、傍らにかがみこんだ。きっと、もうミリアを助け始めているんだろう。……いや、治している、のかな?


 「おい、お前ら何してる?」

 「……あなたは?」


 さっそく、ぼろぼろの服に身を包んだ一人の男がやってきた。


 「俺か? 俺はな、お前らを助けに来たんだ」

 「間にあってます」


 この人の言葉がウソだということぐらい、いくらなんでも見抜ける。

 

 「そうかよ!」

 「っ!」


 やっぱりというか、襲いかかってきた。剣を持って構えている僕に構わずまっすぐに、動けず、うずくまっているトレースとミリアに向かっていく。


 「させるもんか!」


 順手に握った左のコンシャンスを思いっきり振る。けど、その剣は男の体を通り抜けるだけだった。

 ……しまった!


 「トレースッ!」


 叫ぶけど、届かない。いや、届いているんだろうけど、反応がない。今、トレースはミリアを治している真っ最中。僕や外界に構っている暇なんて、ないんだろう。じゃあ、このまま、二人を見殺しにするのか?

 ……いやだっ!


 「やあっ!」


 振り切った体勢のまま、返す刀で逆袈裟に斬る。


 「ぎゃあっ!」


 男の服と、背中の皮が切れて、血が流れた。振り返って、僕を見る。


 「や、やりやがったな……?」

 「ええ。……早く、どこかへ行ってください」


 ある程度語気を強めたけど、効果はなかったみたいだ。けど、男は僕とコンシャンスを交互に見て、それからあわてたようにどこかへと去って行った。

 完全に彼の姿が見えなくなってから、僕は一息ついた。

 ……やっと、ひとり。それも、かなりぎりぎりだった。

 なんてこと。こんな調子で三日間も二人を守りきれるのか?

 ……そこで、はたと気付く。

 


 「しまった」


 『三日間』って、どれくらいの長さだ?

 僕の頭にある情報には、『一日を三回過ごすこと』とある。僕はこの世界の『一日』も、どころかどの世界の『一日』も過ごしたことがない。最初の世界だってせいぜい三、四時間、その次で二時間ちょっと、ミリアの世界で三時間ぐらい。まずい。『一日』の区切りがわからない。昼になって夜になれば『一日』なのか? それとも、何か世界ごとに決めごとがあって、トレースはその決めごとに従って『三日間』と言ったのか?


 「……と、トレース」

 

 訊こうとして、はっとなる。今、トレースは何も答えてはくれない。自分の中で、答えを見つけなければいけない。もしかしたら気が遠くなるぐらい長い時間、守り続けなければならないのかも知れない。……その時まで、僕はこの剣を、振るい続けなければいけない。体力的にも、精神的にも僕は持つのか?

 そこまで考えると、急に周りが怖くなってしまった。

 ただの暗闇に、人が潜んでいないか、と疑ってしまう。

 僕の死角に、敵が二人を殺そうとしてはいないか、と警戒してしまう。


 何もないはずなのに、誰もいないはずなのに。警戒するのも危機感を持つのも、足音が聞こえてからでも充分間にあうはずなのに、僕は怯えていた。


 「……な、なんだこれ」


 これが、三日間? 一日もわからないのに、これが三日間も続くのか?


 「……もしかしたら、僕は……」


 守れないかもしれない。そんな風に悩み始めたところで、足が地面を噛む音が聞こえた。


 「……!」


 声のした方を振り向き際、確認もせずに斬りつける。今度は掛け値なしの攻撃の意思が入った斬撃だ。よけられるはずが……。


 「おっと。気が立ってるな、ルウ」

 「……っ、リンク……」


 リンクは僕のコンシャンスを、よけるどころか手で受け止めていた。その手のひらには傷一つついていない。


 「こんななまくら使うなんて、お前よっぽど貧乏なんだな」

 「ち、違うでしょ? 君が強すぎるだけで……」

 「吸血鬼は力は強いが防御力はほとんど人と同じだ」

 「そんなわけないよ」


 吸血鬼って、化け物なんだから。化け物が人と同じ、だなんて。


 「要らねえんだよ。こっちには防御力の代わりに超回復があるからな。首吹っ飛ばされても一瞬で生き返る自信があるぜ?」

 「……そんな」


 全然人と同じじゃない。果てしなく違う。


 「そんな化け物を見るような目で見るなよな。俺よかお前の連れてる道具の方がよっぽど化け物だぞ?」

 「トレースは化け物なんかじゃないよ」

 「どうだか。……って、あいつ何してんだ? さっきのガキも倒れてるし……。もしかして、叱るつもりが勢い余って殺しちまって、それで祈りを捧げてる、ってわけじゃねえだろうな?」

 「違うよ」


 いったいリンクはトレースをどんな目で見ているのだろうか。


 「今、ミリアを助けているところ」

 「助ける? 何かあったのか?」


 僕はさっきまでのことをかいつまんで説明した。メリメのことはリンクもよく知っていたのか、あの子の名前が出たときは少しだけ顔が不快そうに歪んだ。


 「……そういう理屈か。あのガキが絡んでたのかよ」

 「知ってるの?」

 「ああ。俺を吸血鬼だと知ったとたん、洗脳しようとしてきやがった」

 「それで、どうしたの?」


 今僕の目の前に要るリンクが普通にしている、ってことは記憶をどうにかして守りきったか、記憶を上書きされたけど復活できたかのどっちかになる。リンクとすれ違ったのはほんのちょっと前だ。もしリンクが後者だったら、ミリアにもリンクが使った方法が使えるかもしれない。


 「十六年前の記憶から先が全然別物に入れ替わってな、ビビったよ。ま、それ以前のはさすがに予想してなかったみたいで、すぐに修正できたけどな」

 「…………、そうか」


 トレースとリンクが、記憶を上書きされてもすぐに復帰できた理由。それがわかった。わかっても、ぜんぜんいいことなんて、ないけど。

 

 「じゃあ、ミリアは……」

 「ん?」


 トレースも、リンクも、外見に似合わない年数を生きている。トレースは十万年、リンクはわからないけど、間違いなく年相応ということはないだろう。

 そして、メリメは、おそらく自分の指定した分だけ、記憶の消去と上書きを行えるんだろう。だから、メリメはトレースにもリンクにも外見相応の年数だけ記憶を消して、上書きした。

 ……でも、もしそれでも人格を変えることができなかったら、それはされた側にも『嘘の記憶』として処理され、なかったことになる。その代わりに、元の記憶が思い出される。つまり、あの子の記憶を消す能力も、完璧じゃないんだ。 


 「……ねえ、リンク」

 「なんだ?」

 「三日間、ってどれくらいの長さ?」

 「……はあ?」


 いきなり何を訊いてくるんだこいつ、という顔を隠そうともしないでリンクは言った。


 「三日間って、どれくらい?」

 「いや、それぐらいお前わかるだろ。……お前もメリメに記憶消されたのか?」

 

 僕は首を振って否定した。


 「……じゃあ、もともと記憶がないのか」

 「……うん」


 リンクは驚いたような顔をする。


 「へえ、意外だな。で、一応訊いとくけど、お前最後の記憶っていつぐらい?」

 「……だいたい、八時間ぐらい前」

 「まじかよ」


 うなずく。最初の記憶……。白と黒の床、果てのない奥行き、無数の扉。天井には闇、そして、お母さん。


 「……ん? ちょっと待てよ。それじゃあ、お前どうやってここまで来た?」

 「え?」

 「あの道具に異世界移動の力なんてなかったはずだ。それなのに、あいつとお前はここにいる。……じゃあ、誰が? ……思い出したぞ。そう言えば、一番最初にお前と会った時、お前草原のど真ん中で扉をくぐろうとしてたよな? それと関係あるのか?」


 鋭い。さすが、吸血鬼。


 「……沈黙は答えなり、だ。そうか。お前が、異世界移動能力を持ってるのか」

 「変、かな」

 「いいや? 全然。俺からしたらあのガキの方がよっぽど変だ」

 

 それには違いない。


 「……ま、なんで三日間の長さを知らないかはわかった。けどよ、なんでそんなこと訊くんだ?」

 「あの二人を、三日間守り通さないといけないから」

 「……正気か?」

 「うん」


 自信を持ってうなずく。僕はとち狂って二人を守ると言っているわけではなく、ちゃんと考えて守ると決めたんだ。それに、僕は狂ってなんかいない。


 「お前、三日間戦い続けるつもりだったのか?」

 「うん」

 「……はあ。ったく、世間知らずのガキは困るね。自分で何でもできると思いこむ」


 やれやれとリンクは嘆息すると、黒マントの中から大ぶりの黒剣を抜いた。


 「……やる気?」

 

 警戒心が強まっている僕は、それを敵対行動だととった。


 「はん! 俺がお前を殺そうとしたらもうお前死んでるって」

 「じゃあ、なんで……」

 「手伝ってやるよ」

 「え?」


 僕は我が耳を疑った。リンクが、手伝ってくれる?


 「お前、見てて危なっかしい。誰かが監督してやらなきゃすぐにでも死にそうなぐらい、な。普段はあの道具がその役やってんだろうけど、今はあいつ、無反応だからな。俺が代わりにやってやる」

 「……で、でも、僕は君の仕事失敗の生き看板だ、って」

 「だからってお前みたいなガキほっとけるかよ」


 そっけなく、リンクは言った。……子供扱いなんて、酷い。でも、実際僕は数時間しか生きていないんだから、子供も子供、まだ赤子の時点だろう。それなら、仕方ないと思える。


 「……それに、ちょっとばかしこっちにも用事があったし、ちょうどよかったんだよな」

 「……?」


 こっちに用事? なんだろうか?

 僕は完全にリンクに対する警戒を解いて、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ