作戦会議
あんまり立ちっぱなしじゃ疲れるから、僕はそこら辺にある瓦礫に腰を下ろす。天然の椅子みたいになっていて、とっても楽だ。……これでミリアがいて、食べ物があれば、最高なんだけどなあ。
「さて、と。まず、彼の能力が、ミリアの異変のすべてといってもいいだろう」
「……うん」
そうだ、ミリア。あの子は、少し大人びた子だったけど、あんなふうに誰かに従うなんてことを、するはずがない。
「彼の能力はおそらく、人格操作だ」
「じ、人格操作?」
……なんだい、その恐ろしい響きの能力は?
「彼は手をかざすだけで他人の人格を作り直すことができる。一番最初にミリアが能力を受けたとき、あんなにも戸惑っていたのは未来視まで計算にいれていなかったからだ」
「そうなんだ……」
そんな、小難しいこと言われてもわかんないよ。
「助かるの?」
僕が知りたいのは、ただそれだけなんだ。あの子はまた、僕らと一緒に隣を歩いてくれるの? また、世界の扉をくぐれるの?
「……わからん」
「そんな」
そんな。それじゃあ、あの子はずっと、一生あのままだってこと? ずっと、メリメの奴隷みたいに……いや、まさしく奴隷じゃないか。
「はやく助けようよ!」
「助けれるならとっくにしてる!」
「なんで助けられないのさ!」
「能力は防げても、結果は変えられないんだ!」
「……そんな」
「火を未然に防ぐことは簡単でも、一度火がついて火事になったら消すのに相当な時間がかかる。たとえ消せたとしても火事があったという事実は消せはしない。……これと同じだ」
なんだよ、それ。もしミリアをあそこから奪還しても、人格が変えられたということは、消せないの?
「ま、魔法とか」
「ボクが元いた世界なら、できる」
「じゃあ、そこに行って」
「覚えているのか? ボクが元いた世界の扉を」
「……!」
そうだ。僕とトレースが出会った世界の扉を出たあと、僕らは次元航行船にのってどこか遠くに来たんだった。すぐ近くかもしれないし、すごく遠くかもしれない。無数にある扉の中から、トレースの元いた世界だけを選びとるなんて……。
「できないよ……」
「……では」
「あきらめないよ」
「ならばどうする? おそらく彼を殺したところで、能力の結果は消えはしないだろう。苦痛で脅したとしても、確実に前のミリアに戻るとは思えない」
「じゃあ!」
「あきらめることを、主人は覚えたほうがいい」
「嫌だ!」
そんなこと、覚えたくない! こんな嫌な気持ちになることなんて、知りたくない!
「嫌だ嫌だばかり言っていても、ミリアは助けられないんだぞ!?」
「じゃあなんて言えば助かるのさ! そんな言葉があるなら、いくらでも言うから! ミリアを助けようよ!」
「……言ったな」
「うん、言ったよ」
トレースが言った言葉は、かすかな脅しの色が入っていた。でも、それがわかっていても僕は絶対に引かなかった。
「命令しろ、ボクに」
「なんて?」
「『ミリアを助けろ』と」
「そんなこと」
「でも、もしキミがボクにそう命じたなら」
簡単にできる、と言おうとしたところで、トレースがかぶせてきた。
「そうしたなら、ボクはもうキミの仲間ではなくなる。ボクはキミにつき従う、従者で奴隷で召使いの道具に戻る。……それでも、いいか」
「……よくない」
全然よくないよ。僕と君は、仲間でいたいんだ。仲間として助けるんじゃダメなの?
「ならば、あきらめろ」
「嫌だ」
「わがままを言うな」
……どうあっても、トレースは、仲間としてミリアを助ける気はないようだ。……でも、今は、こんなことを言っている場合じゃ、考えている場合じゃない。……覚悟を、決めなきゃ。
「……わがままじゃない。ミリアを助けろ、トレース!」
「了解」
恭しく、トレースは一礼した。
「では、行こうか」
「どこへ?」
「決まっている。ミリアのところへだ」
「大丈夫なの?」
「ああ。時間はかかるが確実にできる」
「どうやって?」
なんで、方法があるならそれを言ってくれないの?
「ミリアの中の時間を、少しだけ戻す」
「そんなことできるの?」
「ああ。……ただ、戻す時間の倍、時間が要る。だから、今はミリアが人格を変えられてからおよそ一時間。単純計算で二時間かかるな」
「じゃあ!」
「しかし、その間ボクもキミも無防備だ」
……じゃあ、今度敵が来たら、僕は自分で自分を守らなきゃいけないんだ。
「仲間のままだと、ボクは絶対にキミを優先してしまう。何があっても、ミリアのことよりも何よりもまずキミだ。……しかし、彼女を助けるにはそれではだめだ。わかっているのだが、すぐには変えられん。が、命令とあれば別だ。……つまり、彼女を助けるためには命令されていなければならなかったのだ」
……そんな事情があるなら、言ってよ。
「……さて、救出を始めよう」
忘却の庭、メリメの部屋の前まで来た。
ここの住人は、僕らにまるで興味を示さない。どうして? 少しぐらい僕らに警戒とか、してくれてもいいんじゃないか? マークだって、あんなに忠義深そうだったのに、今はどこにも見当たらない。
……つくづく、変な人たちだと思う。
「……うん、行くよ!」
「ああ!」
僕は、カーテンを思い切り引いた。