未来と今と
瓦礫の山が崩れて、地下に新しくできた瓦礫の山の上に、僕とトレースは座り、その隣には気を失ったミリアが横たわっていた。
「何度も言ってるけど、僕を作ったのは僕じゃないんだよ? 君を作ったのが君じゃないように」
「……うむ、理解した。……が、知識に妙な偏りがあるのは本当に勘弁してほしい」
「ふうん。どうしてかは、訊かないけど」
どうせ、教えてくれないだろうし。
「ま、まあ。話を戻そう」
「なぜ飢えてる人間が危ないか、教えてよ」
「ああ。君は一度として味わったことがないからわからないだろうが、空腹は一番つらいのだ」
「そうなの?」
僕の知識の中でも、食事はできるだけ優先するように、とある。ということは、重要性は高いことなんだろう。
「ああ、そうだ。その理由は空腹とは簡単に満たせるが満たせなければ死ぬという一点に尽きる」
「もう少しわかりやすく」
トレースの話は生まれたばかりの僕にはいまいちピンとこない物がある。
「そうだな、たとえば君は、あと一枚のパンで空腹が満たせる、と思っていることにしよう」
「うん」
「しかし、そのパン一枚がなければ死ぬのだ。……さて、君はどうする?」
「……ああ、そういうこと」
答えはもちろん、死ぬ気で探す。他人が持っていたら奪う。すぐにそう思いついた自分に軽く罪悪感を感じるけど……人間として当たり前だというのなら、仕方ないと思う。
「さて、ここからが重要なのだが、本当に人が飢えている時、彼らはどんなものでも食べる。食べれば死ぬことはないと知っているうえに、食べることはそう難しくはないからだ」
「そうかな?」
「そうだとも。動物だろうが虫だろうがな」
「ふうん……」
想像してみる。僕は今飢えていて、パンの一枚、いや何か少しでも物を食べれば空腹は癒えると考えているとする。
ならば、僕はどう行動するだろう。……多分、世紀の大犯罪者になるだろう。
「……これから先はあまり君に聞かせたくないが、言っておこう。……飢えた人は、人を食べる」
「……まさか」
とっさに僕は否定して、違う、と心の中で自分の言葉を否定した。
「人は肉の塊だ。……これは人とは何かの答えではなく、物質的に、の話だからな。勘違いするなよ?」
「うん」
何をどう勘違いするのかは分からないけど、一応そう答える。
「皮があり肉があり血があり内臓があり骨がある。これらはすべての家畜にも含まれるものだ。……つまり」
「もう言わなくていいよ」
予想できるから。つまり、飢えた人たちの中では、他人はもはや家畜と同等、自分の食料にすぎなくなってしまうのだ。……そう言いたいんでしょ?
「……そうか、助かる」
「たしか、ミリアも、食べられたくない、って言ってたね」
「そうだな」
つまり、自分が食される未来を見たということだ。
「残酷な未来を見すぎてショックのあまり気絶、ってことない?」
「……断言はできない。……むしろ、そっちの方が確率が高そうだ」
「でも、そうなった場合、ね」
「なんだ?」
「僕ら、死ぬしかなくない?」
「……」
だってさ、確実な未来以外は死じゃない、と言い切れる子が気絶するほど残酷で救いようがなくて助かりようもない未来って……。
「いや、むしろ死ねたらいい方?」
「悲観しすぎ……でもないか。くっ……」
トレースは苦々しげに吐き捨てた。
……いや、悲観しすぎだと自分でも思う。
「トレース、まだミリアが僕が言った理由で倒れたと決まったわけじゃないんだし、まず起こそ?」
「……むう、しかし、はたして起こしてよいものか……」
まあ、さっき僕たちで未来に絶望しかないと結論付けたところだし、不安になるのはわかるけど。
「どっちにしろ起こすしかないよ」
「……そうだな。……ミリア」
トレースはゆさゆさと優しくミリアを揺さぶった。
「……う、ううん……」
ミリアは薄眼を開けて、徐々に目覚めていく。
「……あ、ルウさん、トレースさん。……ここ、どこですか? 天国? 地獄?」
「どっちでもない。現世だ」
「……生きてたんですか、私」
心底意外そうに、彼女は言った。
「落ちる前何を見た?」
「まあ、二通り。落ちて生き延びるけど気絶してそれっきりの未来、そして今いるのがもう一つの方です」
「意外と普通だな」
普通じゃない。片方ミリア死んでる。
「はい。……まあ、今見える未来もロクでもないですが。……死んでおけばよかったかも、と助けてもらった身分で申し訳ありませんが率直にそう思います」
「そんなにひどいのか?」
「……まあ、ルウさんはトレースさんがいますし、トレースさんはお強いですから、特に危険というほど危険はふりかかりません」
「ということは君が災難に遭うんだね?」
「……災難、ですか?」
その表現が気に食わないのか、ミリアは首をかしげた。
「まあ、そうですね。人災と言えば、それも災難ですからね」
「……」
もう、本当に、未来が見えるってろくなことがないなあ。
「まあ、ここで待っていても何も始まらない。とにかく、今は進もう」
「そうですね」
意外なことに、ミリアは賛成した。……あれ?
「大丈夫なの?」
「ええ。もうあきらめましたから。……異世界って、怖いところなんですね。できるだけ苦しくない未来を選びとるつもりですけど……」
ミリアの口調はまるで、自身の死を前提に考えているような口ぶりだった。
「未来は定まってないよ。もしかしたら君が生きている未来もあるかも知れないじゃないか」
「未来を見たこともない人が知った風な口を利かないでください。反吐が出ます」
「……ごめん」
確かに軽率だったかも。
「……でも、少しでもあなたが希望を抱きたいというのなら……」
「なら?」
「まず、死ぬ未来が二万通り、生き残る未来が十通りあります。前者は色濃く鮮明で、後者は眼を凝らさないとかすれて見えなくなってしまいそうなほど希薄です。……どうです? 少しは未来を知る気持ち、わかりました? 希望なんて、かけらほどしかないんですよ」
「でも、死ぬ未来が絶対に訪れるわけじゃないのなら、僕は頑張れるよ」
「……」
ミリアは複雑そうな表情をして黙った。
「……さて、ミリア。どっちに進めばいいか、教えてくれ。今回ばかりはボクもキミに従おう」
「……あっちです」
ミリアは廃墟に隠れて暗闇になっている方向を指をさす。
「あっちには、たくさんの人がいます。ほとんどが私たちの害になりますが……一部の人は、そうではありません」
「よし、じゃあ、行こうか」
「うん、そうだね」
僕たちはミリアが指さした方向に歩を進めた。