崩壊した世界
「……何、ここ」
僕は瓦礫だらけの光景を前にそうつぶやいた。なんだここは?何があったらこんなことに?
「……ふむ、ルウ。ここはよくないことが立て続けに起こったそうだ」
トレースはこの光景を見ても、特になにも思わないようだ。ミリアは、また未来が見えることに安堵しているところだった。
「よくないことって?」
「戦争、地震、津波、次にF6もの台風、とどめとばかりにインフルエンザ」
「インフルエンザって?」
「どうも見る限り、薬があれば簡単に治る病気で、薬がなければ簡単に死んでしまう病気、らしい。それが世界的に広まったんだ。……世界は壊滅的打撃を受け、そして……」
トレースが周りを見渡す。瓦礫、瓦礫。何かとても大きな建造物がいくつもあって、それらすべてがなぎ倒されたようにひしゃげ、つぶれ、崩れている。というか、F6ってなに?……ま、訊かなくても大丈夫かな?多分。
「そして、人心の荒廃。世界中がスラム化してる」
「ふうん……」
「世界の終わりを目の当たりにしているのかも、しれんな」
「……たしかに、トレースさんの言うとおりかも。五年先の未来がどうあっても見えない」
つまりそれは、五年以内に世界はなくなっちゃうってこと?
「ねえ、トレース、この石なあに?」
「それはコンクリートだな」
「コンクリート? なんですかそれ?」
僕は踏みしめている瓦礫のうちの一つを拾って、トレースに見せる。……コンクリート、ねえ。
「まあ、ようするに、ミリアのいた世界よりもう少し文明を進めたら、だいたいこういうものが発明される、というわけだ。もとは液体だから、自由に成型でき、おまえけに出来上がったものは固く、ムラもないので重宝される」
「へえ……」
そうなんだ。……でも、いくら固いとはいえ、さすがに天災には勝てなかったみたい。
「……ミリア、よくない未来は見える?」
「しょっちゅう見えます。でも、死ぬほどの未来はまだです」
……しょっちゅう、か。僕らの運が悪いのか、それともこの世界の命運がもうないのか。
「この先をまっすぐ進めば追い剥ぎにやられて私は攫われ、その場で解体されます。もしこの場から動かなかったら、十分後ここが崩れて全員生き埋めです。死にはしませんが全身……いえ、どうもけがするのは私だけみたいです」
ミリアは淡々と、恐ろしい未来を僕らに告げていく。あれ、死ぬほどの未来はまだ見えないんじゃないの?
「右に進めば天然の落とし穴です。高いところから落ちて、トレースさんはルウさんしか助けられず、私は死にます。左に進めば異教徒どもの群れに遭遇して、供物として私がささげられます」
「ど、どうして君だけ?」
「……どうも、幼い女の子が生贄に最適、とのことです」
なんて残酷な。
「後ろに行けば暴徒化した人間の巣窟です。力のみが権力のどうしようもない集団です。欲望たぎってますので私は攫われ、……………………………けがらわしい」
何もされていないにも関わらず、ミリアは怯えたように自分の肩を抱いた。
「……とにかく、私はここから動きたくありません」
「でも、そうしないと、君はけがするんだろう?」
「ここから動けば、待つのは死です」
……シビアだ。僕はトレースに視線を向ける。
「……正直、ボクはまっすぐ進もうと思っていた。つまり、ミリアを危険にさらしていたかもしれないということだ。……ミリア、ボクが助けるから」
「安心して落ちろと? ……酷い冗談ですね」
「じゃあ、進むか?」
「まっぴらごめんです! 食べられるのも墜落死するのも生贄になるのも殺されるのも嫌です! 特に最後! あんな連中、生きているだけでも不愉快です!」
「う、ううん……?」
いや、まだ会ったこともない人のことを言われても。
「……だが、死ぬような未来は見えてないんじゃないのか?」
「何言ってるんですか。ここにいれば死にませんよ?」
その言葉を聞いて、僕は空恐ろしくなった。……つまり、ミリアにとって自分が死ぬ未来がどこかにあるのは基本なのだ。一つでも自分が生きていれば死ぬ未来はない、そう判断するようになっているのだ。……未来が見えるって、いいことばかりじゃないんだな……。
でも、見えなきゃ間違いなくミリアは死んでいたわけで。
「怖くない? 落ちるのを待つって」
「怖いですけど、死ぬよりましです」
「……ううん……」
ああ、もう、この子、僕よりよっぽど大人びてる。
「しかし、異教徒、か。クリスト教にとっての、か?」
「基本、クリスト教は異教徒には寛容です。異端者、つまり教えを侮辱するものを許さないだけです。……と、言っても彼らは教義そのものが害悪ですね」
「ううん……よくわかんない」
宗教のこととか、いきなり言われても……。
「……その異教徒、気になるな。調べてみようか。ボクはいろいろ探ってみる。キミも未来を見てわかることを探してくれ」
「はい」
二人は目を閉じた。……とたん、僕はとてもいたたまれない気持ちになる。正直、僕の役目って何だろう。そんなことを考えなくもない。
「ええと、このようなすたれた世界になったのは神がお怒りになったからだ、カガク?の力に頼りすぎ、神代の力を信じなくなった結果が、『ワールドクエイク』、そしてそのあとに続く『ダイダルウェイブ』、『ラストウインド』なのだ……ですって」
目を開けたミリアは、見た少し疲れた具合だった。
「……ふむ、その異教徒たちは最近出来上がったものみたいだな。戦争のあとの地震、津波、台風を神の怒りとしたんだろう。まあ、そうでも思わなければ耐えられないんだろう」
「耐えられない、で生贄にささげられる方の気持にもなってくださいよ。……それと」
対するトレースは相変わらず元気そうだった。
「トレースさん、お願いですから私にもう彼らについて見せないでください!」
「なぜ?」
「さっきの情報引き出すまでに私、何度ひき肉になったと思ってるんですか!」
「挽肉? 火葬ではないのか」
「死んでからのことはわかりません! でも火にくべられるのはは何度かありました!」
「ふむふむ、なぜ供物のささげ方に差があるのだろう? 調べてくれるか?」
「私がですか!? 聞いてなかったんですか、人の話!」
「それとも、実地で調べるか?」
「……ううー! 最低!」
頬を膨らませて、ミリアは唸った。……いや、二人ともさ、今どれだけ残酷な会話してるか、自覚してる?
というかミリアも嫌ならやめればいいのに。
……未来を見るっているのは、必ずしもいいことだとは、限らないんだな……。
僕は青い顔をし始めたミリアを見て、そうしみじみ思うのだった。……ごめん、ミリア。