さあ、連れ立とう!
「つまり、総合して考えると、だ。君は自身の想像を基盤に未来を演算して、その結果を『未来』という形で見ているんだ」
「そうですか。でも、私が知らないことも私が知れるのはなぜですか?」
「……さっきのことに加えて、君は実際に未来が見える。二乗効果でかなり正確で自由な未来……そう言えば聞こえはいいが、めまぐるしく変わる未来をいくつも見る結果となっているのだろう」
「……そうですね」
「いや、待ってよ」
なんかおいてけぼりにされてる感がするんだけど、それ以前に、一つだけ言っていいかな?
「ミリア、今なんて?」
「え?そうですね、って」
「いや、違う。未来が見えなくなる云々」
「ああ。それですか?」
うん、それ。なんでいきなり未来がいくつも消えてなくなったの?
「なぜでしょう?私にもわかりません。だって、今私がトレースさんを殺そうとしても、結果的に私は押さえつけられる程度で済みますもの」
「……どうして?」
さっきまで内臓を取り出すとか残酷な未来だったのに、どうして急にそんな温和に?いや、喜ばしいことだけどさ。
「それはキミが命令したからだな」
「僕が?」
「そうだ」
僕が命令っていつ?……あ、そうか。さっき、脅さないの、って言った。それが?
「……あ、本当です」
「なにが?」
ミリアが何かいたずらを思いついたような表情になってるけど、どうして?
「いえ、なんでもないです。……ふふふ、トレースさんって、本当に従順ですね」
「自分が見た未来で笑うな」
「ふふふ、すみません。でも、這いつくばって『ワン』は笑うしかないですよね?」
「……っ」
「駄目ですよ。すごんでも、私を殺す未来はもう、見えませんから」
「……っ!お見通しか……」
悔しそうに彼女は目をそらした。うわ、すごい。王宮の兵士をもすくませたトレースが、いいようにあしらわれてる。
「未来が見えますから、その分有利なのです。……なぜか、私異常に死にやすいですけど」
「……なんで?」
「そればっかりは、神様に聞かないとわかりません」
ふっと、どこかあきらめたような表情を見せた彼女に、僕は何も言えなかった。
「……ふう。では、ルウ。昼間先延ばしにしていた話をしようか」
「あ、そう言えば。宿に着いたら、っていう話だったもんね」
「ああ」
トレースはずいぶんそのことで憂鬱してたりしたみたいだけど……大丈夫かな?
「まず、……その、異端を見つける方法だが」
「うんうん」
「まず、誰かが告発する。まあ、これが始まりだ」
ミリアがだんだん眉をひそめ始めた。この先に言われる言葉を『見た』のかもうすでに知っていることなのか。
「……まあ、そのあと、それが事実かどうか吐かせるわけだ」
「うんうん」
「……本人に」
「どっちの本人?告発したほう、された方?」
「された方だ」
「……どうして?」
そんなの、否定するにきまってるじゃん。僕はこの世界じゃまぎれもない異端者なんだろうけど、もし告発されたら『違う』って言うもん。
「……まあ、当然否定する。まあ、やはり当然のごとく信じない。……そこで用いられるのが……」
「何?」
トレースは頭をかいて、渋い顔をする。そんなに言いたくないのかな?
「……拷問ですよ」
「何それ?」
「そんなことも知らないんですか?常識ですよ、常識」
「そんな常識あってたまるか」
ミリアの言葉を、トレースがすぐさま否定する。
「広場とかでよくやってますよ、異端審問。ほとんど見世物に近くなってますが」
「……怖いな」
「ええ。……かくいう私も一度『見た』ことが……というか未来ではしょっちゅうされてますが、酷いものでした。人間、ああも残酷になれるものなんですね」
なんか妙に悟ったことをミリアは言うけど、僕にはなんのことだかさっぱりわからない。
「……はあ。しかたありませんね。辞書的に言うのなら、拷問とは苦痛によって犯罪やその他の自白を強要することです。この場合は、『自分は異端者だ』と自白するまでやるわけです」
「そんなの……!」
拷問、というのが何かはわかった。けど、それじゃあんまりじゃないか。
自分は異端者だ、と言わなければ責め苦が、異端者だと言えば火刑が。どっちにしろ、待っているのは、死だ。
「ええ、酷いです。私も、いくら実際に起こっていないとはいえ、火に焼かれたり目をつぶされたりするのはちょっと……」
「……それをちょっとで済ますキミはいったいなんなんだ?」
「……?こんなの、日常茶飯事ですよ?」
本気で不憫になってきた。部外者で異端者で他人の僕が口出ししたり憐れんだりする権利はないんだろうけど。
「日常茶飯事、か。キミはほかにどのような『自身の死』を見たことがある?」
「……一番色濃くて強烈だったのが、今日のことです」
「ほう」
「本当に、現実に体験したみたいでした。感触やにおいまで伝わってきて……。それで、もし、今日私が枢機卿からあなたたちを助けていなければ、その未来が、実現していました」
「……必死だったんだな」
「……はい」
今日、いや、その未来を見た瞬間から、彼女は生きた心地がしなかっただろう。特に今日は、一瞬一瞬が死の連続で、彼女の未来を見通す目と、見た未来を選びとる才能があったからこその、彼女の今日だったと思う。
「……ええと、ですね。少しだけ、絶望的な話をしないといけません」
「なんだ?」
申し訳なさそうに、ミリアは切り出した。
「今日、ここで寝ます。すると、翌日には異端審問室と拷問室で目をあけることになります」
「なぜ?」
「……ええと、ですね」
ちらりと、ミリアは僕を見た。なに?
「その、本当に申し訳ないと思っています。あなたたちの平穏と旅路を邪魔したことには、大いに申し訳ないと思っています。自分の命以外で、できることならなんでもしますしなんでも償います」
「だから、なぜだと聞いている」
トレースの強い口調に、ミリアは竦んだ。命を脅かされるわけではないのだろうが、それでも怖いんだ。
「……その、私をさらった犯人さんですが」
「ああ、あの下衆か。それがどうした?」
仮にも人を『それ』扱い。トレースって本気で敵には容赦ないよね。
「あの人が、その、ルウさんを、『魔術を使う異端者だ』って告発するみたいです」
「……犯罪者の言葉を聞き入れるとでも?」
「それが、コンシャンスの威力と、トレースさんの強さも相まって、どうも信じられちゃったみたい……いえ、今の時点では信じられていないでしょうけど、とにかく、明日の朝には私たち三人をそろって拷問にかける準備はできてしまっています」
……つまり、だ。
「またピンチってこと?」
「いえ、この未来は自分でもびっくりするぐらい薄いです」
「そうなんだ。確率的にはどれくらい?」
「……さいころを十回振って、六が一回出る確率ぐらいですか……?」
「果てしなく高確率だろうが!早く逃げるぞ!」
え、それって高確率なの?
「で、でもどうやって……」
「見えないのか?」
「見えますけど、信じられないっていうか、ありえないっていうか、なんか私が異端告発したくなるっていうか」
「とにかく、逃げるぞ。ルウ!」
ええっと。……ううん、まあ、いいや。いろいろ訊き損ねちゃったし、いろいろ釈然としないものもあるけど、ともかく今は助からないと。
ほとんど無意識に、僕は虚空に『扉』を出現させる。
「……ああ、神よ。私の見た未来は真実だったのですか……。無数の扉と黒白の床が延々と続く不思議の世界があるのですね……?」
「あ、そうか。説明しなくても大丈夫?」
異世界とか、僕のこととか、言わなくても大丈夫だろうか。
「説明されてはこまります!見える未来が増えてしまうじゃないですか!もうあきらめましたから、早く『次の世界』とやらに言ってください!ああ、恐ろしい……」
「次の世界って、危険なの?」
「さあ、そこまでは」
ぷい、とミリアは顔をそむける。ふてくされてるみたいで、少しかわいいと思った。
「……何か今微妙に未来が変わりました。何か思いました?おもに、いやらしいこと」
「まさか」
「そうですか。ならいいのです」
意外と追及されなかった。そうなのか。かわいいって思うことはいやらしいことなのか。じゃあ、これからはそう思っても言わないことにしよう。うん、そうしよう。
「じゃ、行こうか」
「そうだな」
「……うう……死にはしませんけど……でも……うう~~!」
うなずくトレースと唸るミリアを連れて。
僕は、世界を出た。