トレースの本性?
「駄目、ですか?」
「駄目じゃないけど……」
トレースがなんか不審な顔をしてるし。
「何を見た?」
「え、ええっと……」
「言え。さもないと……」
「い、言います!」
何が怖いんだろう?……何かよくない未来でも見えたんだろうか?
「その、私が、魔女だとして、拷問の末に火刑に処されるシーンが……」
「今のじゃない。連れて行ってと言うに至った理由の未来だ」
「ちょっと待って」
今、確実に聞き逃せない言葉があった。
「今なんて?」
「だ、だから、今、トレースさんが言った瞬間、最終的に私が、火刑に処されてしまう未来が……」
「そんなことで未来って変わるの?」
なぜだか、未来って変わりにくいイメージがあるけど。
「……変わりますよ。本当に簡単なことで、未来は変わります。人も、簡単なことで死んでしまいます」
「そうなの?」
「ええ。私が今日見ただけでも、あなたたち二人が枢機卿さんに殺されてしまう未来、私が告発されて死ぬ未来がさっきと今で二回、人攫いに攫われて売られて弄ばれたあげく死んでしまう未来が一回、攫われてしまってそのまま殺されてしまう未来が一回、最後に、あなたたちが助けに来てくれるけど、間に合わなくて殺されてしまう未来。これが、一番色濃かったんです」
「そ、そう……」
死にかけすぎだろう。さすがに僕は思った。
「……ふむ、エリアの言った通り、か」
「何が?」
「まあ、忘れているのならいいのだが」
なんだろう?エリアが言っていたこと?そんなの、忘れちゃった。
「それにしても、どうして僕たちに声をかけたの?」
「そうするしか助かる方法がなかったからです」
「……え」
「なんども、何度も殺される未来を見ました。だから、変えようと思って、助けてくれそうな人に声をかけることを想像して、その先の未来を見て、さらにその中でも枝分かれする未来を見て、それで駄目ならまた別の人……っていう感じで探して言って、一番いい未来が見えたのが、あなたたちでしたから」
また、壮絶な作業だ。よく、そんなことができるものだと感心する。
「いいのか、そんなこと言って?」
「言わなくて、死ぬ未来が見えましたから」
「……本当に、君はよく死ぬな」
「だから、声をかけたんです」
一瞬、本当にこの子が十歳足らずの子供なのかどうか、本気で怪しくなる。なんでこの子は、こんな大人びた、悲しくてさびしそうな笑みを、さも当たり前のように浮かべるのだろう。
「私、自分の未来しか見えません。でも、行動することを前提に想像しても、未来は変わるんです。だから、いろんな視点が見える」
「……キミのは、未来が見える、というのとはちょっと違うのかも、しれない」
「え?」
「今、思ったんだが。キミは想像した未来をも見えるといった。つまりだ。未来が見えることに加えて、頭の演算能力も相当なものだと、ボクは思う。キミは死にやすい。けれど、それを回避する方法が、その未来を見通す力と、演算能力だろう」
つまり、ミリアのは未来をただ見るのではなく、もっと進んだものだと。
「試しに、実験をやってみよう」
「え」
「そんなことしてる暇あるの?」
「あるさ。時間はたっぷりある。……ミリアも、自分の能力の限界が知れて得ではないか?」
「……はい」
意外なことに、ミリアはうなずいた。よほど、自分の限界を知りたいんだろうか。
「まず、自分が自殺することを想像してくれ。どうなる?」
しばらく、ミリアは目を閉じる。すぐに目を開く。その目は、少し怯えの色を含んでいた。
「……私が、トレースさんに『殺してくれ』って頼む未来が見えました。……ルウさんのいないところで」
「ま、賢明で妥当で当然の結果だろう」
「こんなんで実験になるの?」
こんな、訊いて答えるだけの質問に、意味はあるのだろうか?
「あるとも。今の未来は想像だけで言うにはあまりにリアルすぎる。たとえば、彼女は自身で自分を殺せないとわかっていないとだめだし、ルウでなくボクを選んだのも、キミに人を殺す気がないというのを知っていなければだめだ。キミのいないところで、というのは命令のことを知っていなければ出てこない」
「……ふうん」
まあ、すごいとは思うけど、こんな実験に意味あるのかはわからない。
「では、次。キミがボクたちを殺すことを想像してくれ」
だから、なんで殺す、とか人の命にかかわることばかりなの?
「……駄目です。何度やっても、トレースさんに返り討ちです。……痛かった……」
「痛みも感じるの?」
「映像で、実際に起こっていないこととはいえ、自分の内臓が取り出されていたら痛いにきまってます」
……そんなことをする未来が見えたんだ。
「トレースさんって、敵には容赦ないですね」
「まあな」
「…………でも、その癖直した方がいいですよ?」
「なぜ?」
「……言っても無駄ですけど」
「想像の通りになるか?」
「ひゃ!?や、やめて……」
可哀そうになってきた。
「トレース、脅さないの」
「了解」
僕がトレースを窘めると、とたんにミリアがポカンとした表情になった。
「あ、あれ?」
「どうしたの?」
なんか、ミリアの表情が今までにないくらい驚いた表情になった。
「……すごい。こんなにも一気に未来が変わるのって、そんなにないのに」
「どうかしたの?」
「……トレースさんが原因で私が死ぬ未来が、全部見えなくなった」
……。僕は何も言えなかった。