冤罪を、晴らそうか
「ミリア!」
「なっ!?」
叫びながら、僕は左のコンシャンスで、ナイフから体まで、一気に袈裟がけに斬る。
「ぐ……」
彼は呻いた。ナイフの刃が、からりと落ちた。けれど、彼の体が半分になるとか、そんな血なまぐさいことにはならない。……うん、僕はまだ、彼を殺そうとは、思っていないみたいだ。
「トレース!ミリアを!」
「わかった!」
何が起こったのかわからないままの男は、呆然としたままだった。呆然としたまま、刃が通り過ぎて行った体を見つめて……次に、僕の剣を見つめた。向かってくるか?
僕は構えなおす。
「……何を、した?」
けれど、彼はおそってきたり、刃向かってこようとはしなかった。
「……なにも」
僕は肩の力を抜く。けれど、警戒を緩めるわけではない。
「ルウ!こっちはもう大丈夫だ!行くぞ!」
「うん、わかった!」
男を無視し、僕は階段を駆け上がる。
「……ちくしょう、化け物が……」
そんな声が聞こえたが、僕にはもはや関係のないことだった。
まあ、ともかく。ミリアは、助けることができた。今は、それでいい。
そして、再び大通り。
「さて、と。こうして彼女を救出できたわけだが……」
「……ピンチだね」
「だな」
まあ、当然のように兵士に囲まれた。一瞬忘れちゃったけど、僕ら枢機卿に喧嘩売って逃げてきたんだった。
「……よお。手間かけさせやがって」
「言い訳を、聞いてくれまいか?」
「言ってみな。神はすべての者に平等に自らの潔白を証明する権利を与えたもうた。いくら俺に喧嘩を売ったからといって、その権利がはく奪されてはならない」
しっかりした枢機卿のようだった。どうも、仕事はきっちりやるタイプのようだ。
「……なるほど。了解した」
ミリアはこの兵士たちに怯えて、僕の後ろに隠れてしまっている。……まあ、無理もないと思うけど。
「ええとだな。ボクらはこの少女がさらわれるところを目にしたのだ」
「……だから飛んでいったと?通じると思うか?」
「思わない。が、主人が枢機卿に喧嘩を売る発端となったのは、枢機卿がガラスを割り、それが原因となって斬り合いになりかけたからだ。それほど優しい主人が、子供の危機に反応しないとでも?」
「……思わねえな。しかし証拠は?そのガキの証言も聞いてやってもいいが……ちゃんとしたのがねえと」
「この先にある森、そこからちょうど五百歩歩いた先に、小屋がある。そこが人攫いの根城になっていた。そこに信頼できる兵士を数名遣るといい。面白くないことが分かるぞ?」
「具体的には?」
「具体的には、彼が過去に行ってきた業績……つまり、人攫い、人身売買、そして、神隠しの真相だ」
「……」
彼は指で数名指示すると、ミリアをさらった犯人がいる小屋へと部下を遣った。
「……まあ、何も出てこなかったとしても、人攫いがあったことは事実だろう。現にそのガキみりゃわかる。……そもそも、俺がむやみに喧嘩吹っ掛けなきゃ、お前も来なかったんだろうな」
「そうとも」
「しゃあねえな。釈放だ釈放。……それと、悪かった。賠償に何かほしいものでもあるか?」
僕は少し悩んでみる。おいしい食事、甘い食事、辛い食事、酸っぱい食事、何がいいだろう?
悩んで、悩んで、僕は答えを出した。
「辞退しておきます。では」
僕たちは兵士の輪を抜ける。兵士は戸惑ってはいたが、特に引き留めようとはしなかった。
「おい」
「なんですか」
僕は少し振り向く。
「ホントにいいのか?俺がこんなこと言うのって、本当に少ないんだぞ?」
「ええ。いいんです。どうも、お心遣いありがとうございます」
僕はそれっきり、振り返りはしなかった。
この世界の宿屋はただ泊まるだけの施設のようで、食事その他は一切なく、個室にベッドが二つという簡潔なものだった。……というか、きっとこれが宿屋のスタンダードなのだろう。
「あ、あの、すみません。私まで、こんなところに……」
それでも、ミリアには十分すぎるほどだったみたい。
「気にするな。キミのおかげでさっきは助かった」
「どうして?」
「さっきはミリアのみている未来を逐一教えてもらっていたんだ。テレパス、と言えば分るか?」
「う、ううん……?」
頭の中を探してみるけど、ちっとも見つからない。きっとないんだろう。
「精神感応……ようするに、他人と心を通わせて、会話などをすることを言う。ボクにはほかにも記憶を盗み見たり心を操ったりできるのだが……それは、どうも元いた世界でしかできないようだな。今ではテレパスが限界だ。それでも、充分助かっているが」
「そうだね……」
テレパス程度、って感じの言い方だけど、僕にはできないからなんともうらやましい限りだ。
「……それにしてもミリア。大丈夫だった?」
「あ、はい」
口調がもとに戻ってる。きっと、また未来が見えるようになっているんだろう。
「あの、助けたお礼ついでに、してほしいことが、あるんですけど」
「何?」
僕は笑顔で答える。僕は何もできないけど、自分にできることなら、してあげたい。
「一緒に、連れて行ってください」
「……何?」
トレースが、いぶかしげに言った。