始まりの『世界』
僕は『声』……母さんに導かれるまま世界に入った。
扉を開くと、ぱあっと広がるように色と光があふれて、そのまぶしさに目を反射的に閉じてしまって、もう一度目を開けたら。
緑の世界に、僕はいた。
一面緑。白黒の世界の次は緑一色に彩られた世界なのだろうか?
そんなことを思った。
ここは小高い丘のようになっているようで、振り返れば大きな樹が一本、まるで自分が世界の中心だとでも言わんばかりにそびえたっていた。僕はそのあまりの大きさと、尊大な雰囲気にしばらく圧倒されていた。これが、生命なのか。これが、『世界』なのか。
驚きはまだまだ続く。緑の世界に、動く緑でないものが僕の方にやってきた。
「……どうしたの?」
その緑でないものは僕に向かって、『声』のように話しかけて来た。
「……何?」
「え?」
「君は、何?」
「何って、クルス……だけど……」
クルス?それが声の名前なのか?でも、なんでこんなふうに動いて……。あ。
そこで、うっかり忘れていたことを思い出した。
これが、いや彼は『人間』の『男の子』だ。
どおりで人間にしては小さいと思った。ああ、子供だから小さかったのか。
「……お兄さんはここでなにしてるの?ここは神様のいるところだから、あんまり近付いちゃいけないんだよ?」
「……神様?」
男の子……クルスは、親切に教えてくれる。
「そう、神様。むかーしむかしにこの原っぱにいた封じられた、神様のことなの。すっっっごく偉くて、すっごく強い力を持ってたんだって」
ああ、思い出した。この緑の床は、原っぱ、つまり草原だったんだ。知識として知っていても実感がなかなかわかなかったから思い出せなかった。知識ばっかりあっても意味はない、と僕は悟ったのだった。
「ふーん。封じられたって、どこに?」
「さあ?この御神木のちかく、って僕は聞いたけど。……お兄さん、神様が近くに居るんだから、いたずらとかしちゃダメだよ?」
「しないよ」
「ならいいんだ。じゃあね!僕お使いあるから!」
「うん、ばいばい」
そう言うとクルス君はとてとてと走って草原を走っていった。
……ふふふ、あれが子供、か。初めて見たな。
あんなに小さいとは思わなかった。……いや、知っていたけれど、初めて見た時はさすがにびっくりした。何も経験したことがないって、ある意味で恐怖だね。
……それにしても、神様、か。
僕はもう一度大樹……御神木を見る。
「君のことなのかな……?」
その中空に、クリスタルが浮かんでいた。ふわりふらりと浮かんで、まるで見降ろし、見守っているかのように。クリスタルはなにも言わないし、何も答えない。
「君が、神様……?」
ここに来た時からずっと疑問だった。樹というものはその近くにクリスタルを浮かばせているものだったかな、と。このクリスタルが神様なら、説明はつく。
きっとこれが封じられた神様で、封じられても下界を見守っているのだろう。そうでなければ封印されても地上にとどまるなんてこと、しないはずだ。……僕は神様のことなんて知らないけど。
……神様って目に見えるものなんだ。
知識を新しく更新したところで、僕は御神木を後にして、クルスくんが向かった先に行って、人里に行こうと―――
…………いかないで……………
「……」
今、間違いなく声が聞こえた。
母さんのようなはっきりとした声じゃないけど……でも、聞こえた。
振り返って、もう一度クリスタルを見る。
「……君が、呼んだの?」
返事はない。しばらく待ったが、何も変化はなかった。
「……返事してよ。声が出ないなら、風を起こして?そうすれば僕は信じるから」
すると、クリスタルを中心にしてザワリと空気が揺れた。風、なんて呼ぶにはあまりにも荒々しかったけど……間違いなく、このクリスタルは僕に返事をした。
「はいなら、一回、いいえなら、二回風を起こして。さっきのとおんなじくらいのでいいから」
僕は無性に、このクリスタルと意思疎通をしたくなった。『世界』の神様に話しかけるなんてことしちゃダメなんだろうけど、母さんは自由にしなさいと言った。なら、好きにする。
ザワリ。
また暴風のような風が起こった。意思疎通をしてもいいということなんだろう。
「どうして君はここにいるの?封印された、ってホント?」
ザワリ。
「ずっとここに居て、下界を……この『世界』を見守っているの?」
ザワリ、ザワリ。
二連続で風が起こった。……違う?と言うことは、見守っていると言うわけではない?
……もしかして。
「閉じ込められた?」
ザワリ。
……当たった。つまり、神様は誰かに嵌められてここに封印され、閉じ込められた。クルス君が言っていたじゃないか。『大きな力を持っていた』。きっと封印した奴は神様の力が怖かったんだ。だから封じたんだ。
「……出たい?」
ザワリ。
一際大きく激しい風が巻き起こった。よっぽど出たいんだろう。
……でも、どうやったら出してあげれるんだろうか?
ふと気付けば。
はるか頭上にあったはずのクリスタルは、僕の目の前に降りていた。もしかして、僕は別の『世界』から来たことがばれた?まさか僕の顔が珍しいとかそんな理由ではないと思う。
よし、早く出してあげてから、怒られる前に逃げよう。
僕はそう決意した。
さて、決意したはいいものの、一体どうしたものかな?
ペタリペタリとクリスタルを触ってみる。
ふにっ。
全体を撫でていると、一部分だけ柔らかい部分があった。クリスタルの頂点で、そこだけはボタンのように押し込めそうだった。
何が起こるか分からないけど、僕はとにかく押してみることにした。何事も冒険が大事だから。と、頭の中の知識が言っているような気がした。
カチリ。そう音がして。
あたり一面が真っ白な光に包まれた。