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いつか巡り逢う君へ  作者: コノハ
三つ目の世界
29/106

消失した未来

 「……おいこら」

 

 ゆらり、とガラスを壊した男性が、恨みこもった声でトレースを呼んだ。


 「……まだ、何かあるのか?」

 「俺を誰だと思ってやがる」

 「さあ?」

 「枢機卿フォン・バルシュタイン。……この街の教会の、最高位の人間だ」

 

 ざわり……。場が、ざわめき立った。


 「キミみたいなのが枢機卿?冗談だろう?」

 「んなわけあるか。神父とかならともかく枢機卿なんて騙ろうもんならそれこそ火刑だよ。……お前らと同じくな」

 「……今からボクが謝ったとして、許しは乞えるのだろうか?」

 「無理だな」


 ……今、彼……フォン・バルシュタインがとんでもないことを言ったような気がする。


 「せめて主人だけでも」

 「無理だ」

 

 形勢逆転、とばかりに彼はトレースの要求を突っぱねる。……え、でも、僕ら、もしかして今すっごいピンチ?


 「頼む。やったのはボクだけだ。キミをこけにしたのも、罵倒したのも、すべてボクだけだ。なら」

 「てめえの主人なんだろう?……召使いの不始末は主人の不始末だ」

 「………な、なら………」


 トレースは言い返そうとして、言葉が詰まる。


 「……なら、なんだよ?」

 「……な、なら、……ぼ、ボクと、……しゅ、る、ルウ、は……」

 「無関係だってか?無理だよ。火刑だ火刑」


 言いきられて、僕は初めて悟る。火刑に処されるんだ、って。僕、何か悪いことしただろうか。異端者と言われるほどの何かを、したのだろうか。


 「……っ。ならば、キミたちまとめて……」

 「殺すか?無駄無駄。俺には神の御加護があるからな」

 「……そうか」


 どうして言い返さないんだろう。なんか言い返しそうな雰囲気だったんだけど。


 ……でも、トレースが無理だ、って思ってるなら、多分もう無理なんだろう。いつ火刑になるのかわかんないけど、多分そう遠くはないはず。……それにしても火刑ってどうするんだろう?体に火をつけられるのかな……?いたそうだな……。

 

 くい、くい。


 「……」


 そう絶望していた時、僕の服の袖が、小さく引っ張られた。

 フォンに気づかれないよう、引っ張られた方向を見る。


 「……」


 僕は、希望を見つけた。


 「トレース!」

 

 僕は大声で彼女を呼ぶ。


 と、同時に、僕の袖を引っ張った少女、ミリアと一緒に、走り出す。

 

 「あ、逃げんな!……って、ああ!?ど、どけ!どけ、てめえら!」


 人混みに紛れて、僕とミリアはどんどんフォンとの距離を開けていく。

 トレースはきっと、ついてくる。はずだ。だから、大丈夫。何も心配はいらない。


 フォンの怒鳴り立てる声が聞こえなくなるまで一目散に逃げると、そこはさっきミリアに占いをしてもらったところだった。


 「はあ……、はあ……、よ、よくわかったね?」


 あそこにいるなんて一言も言ってないのに。それに、よく僕たちを助けようなんてしたね。僕は……正確にはトレースだけど、すごくひどい脅し方したのに。


 「言ったでしょう、ルウさん。私には未来が見えるんです。だから、あなたがいらぬ諍いを起こして火刑に処せられた光景も、見えていました」

 「いらぬ諍いって……そうしなきゃ」

 「もしあの二人があのまま戦っていたら、あの二人は互いの剣の腕をたたえ合って、彼は笑顔で弁償します。そして、互いの身分を知ることなく別れていました」


 ……まったくの無駄骨だったってこと?


 「そういうわけでもありません。もしあなたが止めなければ……………………私は」

 「来てくれなかった?」

 「……………そうですね。もしあなたが止めなければ、こうして会うことも、ありませんでした」

 

 それにしても、ずいぶんと冷淡に物事を言う子供だなあ……。きっと、何もかもが結果が見えちゃってるから、人生つまらないんだろうな。未来が見えるって言うのは、必ずしもいいことではないみたい。


 「……3、2、1、このタイミングです」

 「え」

 「待たせた」


 カウントダウンが終わると同時に、トレースがやってきた。


 「撒くのが大変だった。まさかあんなに怒っているとはな」

 「お疲れ様です」

 

 ミリアは疲れたような笑みを見せた。


 「どうした?何かあったか?」


 ふるふると、ミリアは首を振った。


 「……お願いがあります」

 

 胸の前で手を組んで、ミリアは僕たちを見つめる。その目は若干、涙にうるんでいた。


 「……なんでも言ってみろ。主人を助けてくれた礼だ、できる限りのことはする」

 「なら、お言葉に甘えて。……………」


 すうっと、彼女は眼をつぶった。未来を見ているのだろうか。


 「……どこかの洞窟です。…………森……に近いですけど、違います。……時間からして、ここからそう遠くはありません。……もう少し、右を……………ここから、だいたい…………数百メートル……いや、もっと近いです……家の、中……地下ですね……」


 そこまで言うと、ミリアは眼を開いた。


 「……何か見えたか?」

 「いえ、これ以上は見えませんでした。……まあ、仕方ないですよね」

 「キミの能力の限界か?」

 「……はい、そういうこと………ですね」


 ミリアは慎重に、一つ一つ言葉を探るように、言葉を紡ぐ。


 「……トレースさん、ルウさん」

 

 慎重に、慎重に、少しずつ、少しずつ。

 小動物のような挙動で、ミリアは僕たちに願いを言った。


 「……三十秒後、私がさっき言ったヒントを元に、私がいる場所を割り出して、探してください」

 「……何を言っている?かくれんぼか?」

 「……だったら、どれほどよかったことか」

 「?」


 二十九、二十八、二十七、二十六。


 「キミは、たかがごっこ遊びをするためにわざわざ未来を見たのか?……少し無駄だと思うがな」

 「……ですよね。……私だって、わかって、いえ、まだ、私は子供ですから、わかりません。まだ、遊んでいたいんです」

 「そうだよね。……トレース、やってあげようよ。僕もかくれんぼ、って遊び興味ある。……それに、約束でしょ?」

 「断るとは言っていないが……」

 「ありがとうございます。こんなくだらない遊びに、付き合っていただいて……」


 十九、十八。


 「……まったく。簡単に前言を撤回して、子供らしくないぞ?」

 「……そうですか?……いえ、そうですよね。私は少し、子供らしくないですよね」

 「そんなことないよ?君は十分、子供らしいよ」

 「…………まさか」

 「……それよりもミリア、大丈夫か?少し、震えているぞ?」

 「っ!」


 十。


 「な、なんでも、ありません!」

 「……少し、休んだら?疲れたんじゃないの?」

 「……お気遣い、どうもありがとうございます、ルウさん」

 「気にしないで」


 九。


 「……なぜ三十秒なのだ?あと九秒ほどもないが、隠れ場所に行かなくていいのか?」

 「ええ。いいんです」

 「どうして?トレースは人探しは上手だから、すぐ見つかっちゃうよ?」

 「それでも、構いません」

 

 八。


 「どうしてだ?かくれんぼは長い間隠れた方の勝利だぞ?」

 「……勝負に勝って、人生に負けても、意味ありませんから」

 「なかなか深いことを言うね。ミリアは博学だね」

 「未来の私から前借しているにすぎません。……あ」

 

 七。


 「どうしたの?」

 「……い、いえ、なんでもないよ」

 「どうした?」

 「なんでもないったら!」

 「……急に敬語が外れてるぞ?」

 「敬語?…………ああ、ええっと……」


 六。


 「本当に大丈夫か?記憶喪失になった人間みたいになってるぞ?」

 「だ、大丈夫!私は何にもないから!……あ、あと少しだ、だ、大丈夫かな……?」

 「かくれんぼのこと?大丈夫、ちゃんと遊んであげるよ?」

 「そうじゃなくて!」


 五。


 「じゃあなんなのだ?ちなみに、かくれんぼが嫌なら今からでも聞くが?」

 「だ、ダメダメダメ!お、お願い、かくれんぼ!かくれんぼがいいの!だ、だから、ヒント、覚えてる?」

 「覚えてるよ。トレースは?」

 「もちろんだ」


 四。


 「……よ、よかった……」

 「どうしてだ?別に、忘れてしまったところでなんの問題もないだろう?」

 「あ、あるよ!絶対、ぜったい忘れないで!」


 三。


 「どうして?かくれんぼなんだから、ヒントは少ない方が」

 「いいから!忘れたら怒るからね!だから、早く見つけてよ!」

 

 二。


 「……かくれんぼとは、そういう遊びだったか?」

 「ち、違うけど!……ああ、もうすぐだ……。ぜ、絶対見つけてね!絶対、絶対だよ!」

 

 一。

 

 「うん、わかってるよ」

 「ああ、任せておけ」

 「……ありがとう」


 ゼロ。


 ふっ。


 「……え?」

 「何!?」


 カウントがゼロになったとたん。

 ミリアが、僕たちの目の前から消えた。

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