切れ味確認
「……どうして、あんなふうに脅したの?」
「あんまりついてこられても厄介なのでな」
「未来が見えるから?」
「……そうかもしれないな」
商業地区の大通り。僕は干し肉を食べきって、また別の食べ物を食べながら歩いていた。今食べているのはパン。少し固いけど、植物の味がしてとてもおいしい。
「あむ。……あのこ、なんであんなにもおびえていたのかな?」
火刑に処されるのがそんなに嫌……だろうね。その前にトレースが言ったことも、怖かったのかもしれない。なんだっけ?……ご、ご、……ううん、……そうだ、ゴウモンだ。
「ゴウモンってなに?」
「……神よ、ボクの罪をお許しください。もう二度といたいけな少女に言葉や暴力を使って脅したりしません。ですから、どうか」
「早く答えてよ」
あんまりじらすんだったら、命令しちゃうよ?
「うう……宿まで待ってくれないか?」
「……いいけど」
「ありがたい」
なんで宿まで先送りにするんだろう?
「彼女、未来が見えるって」
「しっ!」
トレースに口を押さえられる。
あ、そうか。ここでは占いはタブーだったんだ。うっかりしてた。
「あの子の『あれ』って、実際なんなの?」
「……まあ、何、と聞かれてもわからないが……とにかく、先見の明に至ってはボクは敵いそうもない」
トレースを超えるって、どれほどすごいんだろう。
「……まあ、この際だから言っておこう。さっきこの世界をざっと見とおしてみたが……部分的な能力においては、ボクにでもどうにもならない物や人というのは、少なからず存在する」
……そうなんだ。トレースが一番じゃない、と知ってショックなのは、やっぱりまだ僕は彼女を自分の物だ、と思っているからだろうか。
「やはり、ボクが世界一なのはあの世界だけなのだな……」
残念そうに、トレースは言う。ううん、なんかこの世界に来てから元気ないなあ……。なんとかしてあげないと。適当なお店を探して、僕は指をさす。たくさん人がいてにぎわっているから、きっと有名どころなんだろう。
「ね、ねえ、トレース、あれ、何かな?」
「うん?ああ、あれは……」
ガッシャーン!
いきなり、透明な板が吹き飛んだ。……え、なに?
「ああ、ウチのガラス!何百万したと思ってやがる!おいこらてめえ!弁償してくれるんだろうな!」
「ああ!?てめえこそ誰に向かって口聞いてんだよ!?俺様はな、この街の」
「てめえが誰だとか関係ねえ!弁償しやがれ!」
「うっせえ!誰がするか!」
……喧嘩?
「ううん、トレース、止めた方がいいかな?」
「放っておけ。この世界ではガラスは高価なものだが、こんな天下の往来でそんな貴重品を窓になんてはめ込むから悪いんだ」
「ふうん……。そういうものなの?」
まあ、確かに話を聞いてるかぎりじゃガラスっていうのは貴重品らしいけど……。だからと言って弁償しないのもねえ?
「……この!」
「やるか!?」
シャリ、シャキ。
ガラスを壊された方と壊した方、両方が剣を抜いて相対した。
「さすがにまずいと思うよ。じゃ、行こうか」
「……まさかとは思うが、ルウ、止めようなどとは」
「喧嘩はよくないよ。じゃ、いこう!」
僕はコンシャンスを腰から抜き、右手で逆手に、左手で順手に持つ。誰に教えられたでもないのに、僕はこの持ちかたが一番しっくりくる。
「行くよ!」
「行くと言っても、大丈夫なのか!?」
「大丈夫!」
斬るのは、二人の武器だけだ!
「そういう意味じゃなくて!戦い方なんてわかるのか!?」
「……わからないけど、大丈夫!」
なぜか、僕は自信満々にそんなことを叫んで人込みをかきわけていた。僕は人を切らないように注意しながら、喧嘩をして今にも斬り合いをはじめそうな二人の前に出た。
「なんだてめえ!」
「なにもんだ!?」
右の剣を壊された方、左の剣を壊した方に向けて、僕は威嚇する。
「剣をしまってください。喧嘩はよくありません」
「うるせえ!ならガラスを壊したあいつに言え!」
「黙れ!話もきかねえそいつに言え!」
「どちらか一方には言いません。……喧嘩両成敗、どちらも悪いです」
僕は多少強引に、そう言いきった。
「……まったく。なぜ三大欲求を知らないのに喧嘩両成敗を知っているんだ。キミの知識には大いに偏りがあるぞ。……ま、なにはともあれ、主人がこう言っている。二人とも剣を納めてはくれないか?」
トレースが僕より少し遅れてやってきた。
「うるせえ!ガキは黙ってろ!」
「……キミにガキ扱いはされたくない。……ルウ、コンシャンスを借りる」
「え、あ、うん」
僕は右手のコンシャンスを、トレースに渡す。
「……ありがたい。では、キミ。かかってこい」
くいくい、と彼女は剣先でガラスを壊した方の男性に手招き。
「……後悔するなよ!?」
挑発に乗った彼は、大きく振りかぶってトレースに斬りかかる。
……って、危ない!
「……ふん」
す。
金属音も、斬った時の音もしなかった。
ただトレースがコンシャンスを振っただけで、彼の剣は二つに折れた。
一刀のもとに剣を切った本人は誇るでもなく、ただその持ち主に一瞥をくれただけで、もうそれ以上の興味を見せなかった。彼女はすぐに僕の方を向いてコンシャンスを差し出してくる。僕は、それを受け取った。
「まあ、さっきのがコンシャンスの威力だな。物の耐久力を百とすると、キミの剣はキミの意思でゼロ~百まで傷つけられる。斬りたくないときは威力はゼロだし、どうしようもなく斬りたいときは百になる。さっきボクは百にして斬ってみせたけど、あれもすぐできるようになる」
「……ああ、そう」
正直言う。あんな切れ味いらない。危険すぎる。
「……それにしても、意気揚々とかかってきた割には弱かったな?」
ショックから立ち直れないのか、いまだに斬られたままの姿勢で固まっている彼に、トレースはさらに追い打ちをかけた。
……言いすぎだと思うけど。