占い師登場
「……もく、もく、もく」
僕は干し肉を噛みながらローマの街を歩いていた。行き交う人々は活気にあふれていて、みんなみんな人生が楽しそうな表情をしている。
「……ああ、どうしよう。まず抽象表現から入ってそれからだんだんと直接表現で教えるように……いや、いっそのこと動物……トキやコウノトリが運んでくるなどと大ウソを信じ込ませようか?あるいは野菜……玉ねぎ、いやキャベツ畑に子供が……って、いくらなんでも無理がある。……じゃあ、結婚した男女の軒先にある日突然赤子が……。…………うむ、この近くにチェンジリングの伝承も合わさってそんな感じのおとぎ話がある、これで原罪についてはクリアーだ。…………って、これでは欲求に何もつながらない!?……ああ、ボクとしたことがなんてことだ、ああ、ああ……。……憂鬱だ」
なんか、すごい勢いで落ち込んでいる人も、僕の隣にはいるけど。
「トレース、大丈夫だよ、きっとなんとかなるって」
「……ああ、そうだな、ルウ。キミは純粋で、無垢で、純真だな。……ボクは、キミのその純真さを奪うことになるかもしれない」
「?」
「ああ、ボクをそんな目で見ないでくれ……。何もしらない、幼子然としたつぶらな瞳で見ないで……自分が穢れているようで、憂鬱になる……」
「……大丈夫?」
なんだか、トレースは本格的に落ち込んでるみたいだ。どうも話を聞いてる限りじゃ僕のせいらしいけど……。僕、何かしたかな?何かしたなら、謝らないと。
「……あの、お兄さんとお姉さん」
僕が謝ろうと、口を開きかけたとき。
少し幼い感じの声が、後ろから僕たちを呼んだ。
僕は立ち止まって、振り返る。するとそこには、とてもかわいらしい女の子がいた。
髪の色は茶色で、瞳の色も茶色。この周辺の人たちとは少し色合いが違う。
「……ふむ、東洋系か。珍しい」
僕につられて振り向いたトレースが、物珍しそうにつぶやいた。
「何だい?」
「占い、やっていきませんか?」
「……占いだって?」
怪訝な顔をトレースはした。……占い。さまざまな方法で未来をあらかじめ知ろうとする術、またはその結果。……何か問題でもあるのかな?
「はい。……あなたたちは、私を告発したりしませんよね?」
「……まあ、主人の手前だからな。……よくあたるのか?」
「はい。保証します」
そう流れるような敬語を使うのは、ほんの十歳かそれ以下くらいの、僕よりも二回り小さい女の子だった。
「……まあ、路地裏にでも」
「そうですね」
占い師を自称する少女は、トレースの言葉を聞いて一瞬身構えたかが、すぐに表情をほころばせた。
……?
僕は、誘われるまま少女について行った。
大通りを外れた路地裏。夜店とかが多く立ち並ぶせいか、昼間の今ではあまり人はいない。
少女はその一角の、小さな絨毯が敷かれただけの場所……ここが、この女の子の占い場所なのだろうか?
「それにしても、占いなんてよくやる気になったな?」
「はい、それしか、お金を稼ぐ方法がないので」
「……何か問題でもあるの?」
占いぐらい、別に悪いことでもなんでもないよね?
「クリスト教はでは、未来を知るのは神の御業とされ、それを人がするのは禁忌にも近いことだ。……もし、ボクらが彼女を告発……異端者だと叫べば、それだけで罪が成立するぐらいには、かなり危ない」
「……大丈夫なの?」
「……大丈夫です。まだ、自分が十字架にかけられる未来は、見たことありませんから」
「そうなの」
見たことのある未来、か。ずいぶんとおかしな表現をする子だな?
「では、お代は銀貨三枚となっております」
「ん」
トレースは両手を差し出した少女に、この世界の銀貨を渡す。……また偽造?
「本物だ。ボクがこんな子供にあこぎなことをすると思うか?」
「思わないけど……」
「それはよかった」
いつ入手したんだろう?気になるなあ。
少女は水晶玉に手をかざし、目を閉じる。
……そう言えば、いつまでも『少女』じゃ呼びにくいや。名前、なんていうんだろう?
「私はミリアと言います。よろしくお願いしますね、ルウさん」
「うん、よろしく。……って、あれ、名前言ったっけ?」
自己紹介なんてしてないと思うんだけど……?
「ええ、していただきましたわ。十分先の未来で」
「……ううん……」
どうも違和感がある。未来がどうこう言われて、気分が悪いわけじゃないけど、なんかこう釈然としないものがある。
「ええと、トレースさん」
「なんだ?」
未来が見えている、ということをトレースは納得しているのか、特に疑問は挟まない。
「あなたの隣人に、教えなければならないことがありますね?」
「……」
「彼は、次第に学んでいきます。世界のきれいなところも、汚れたところも」
「……そうか。その時ボクは、どうしてる?」
「大丈夫です。今もなお、そしてこれからも、あなたたちの契約は、健在です。たとえ形は……『関係』は千変万化しようとも、あなたたちの関係は、『無』になることはないです。……だから、トレースさん、安心していいんですよ?」
「……ルウ、この子は、本物だ」
ミリアの占いを聞いて、トレースは驚きながらそう言った。
「本物って何?偽物がいるの?」
「まあ、こういう神秘的な占い師は、偽物も多い。……だが、この子は間違いなく、本当に未来が見えているだろう」
「……断言するんだ」
「ああ。キミも見てもらえ。きっと面白いことが分かる」
……ううん。もし、僕が死んでいたらどうしよう、とか思うんだけど……。
「……………」
ミリアは僕の目を見て、じっと、じっと見つめて、そして、口を開いた。
「あなたは、変わってしまいます」
急に、心の奥底に釘を打たれたような衝撃が走った。
「な、なんで」
「遠く、遠い未来が一瞬見えました。本来なら見えない未来まで、見えてしまいました。たくさんの人たちと一緒に、見たこともない服を着て、見たこともない家具や家に囲まれて、楽しく楽しく笑っています」
そんな変化なら、僕は大歓迎だよ。そう、思おうとした時だ。
「けれど、あなたはそこに至るまでに、たくさんの思いを経験するでしょう。つらい思い、楽しい思い、苦しい思い、気持いい思い。少しずつ、少しずつ、あなたは変わっていきます。どうか、その変化を、どうか、その気持ちを、感情を、抑え込もうとはしないでください。どうか、ありのままを、受け入れて、どうか、どうか。どうか、変わってください」
占いというには、あまりにも真剣で、切実な願い。
自分でもおかしいと気付いたのか、はっとなってミリアは頭を下げた。
「す、すみません。その人の未来を見続けると、どうにも……入っちゃうんです」
「感情移入か。それほど細かくわかるのか?」
「普段はわからないんですけど、ときどき、見やすい人がいるんです」
「……そうか」
トレースは納得すると、もう一枚、銀貨をミリアに渡した。
「え?」
「チップだ、受け取っておけ」
「え、でも」
「ボクも、ボクの主人も金に困るような人種じゃない。気にするな」
なおも拒もうとするミリアに無理やり銀貨を握らせると、僕の手を引っ張って、元の大通りに戻ろうとする。
「こ、こんなお金もらえません!」
「もらっておけ」
「で、でも!」
「人の好意は受け取るものだ。……それとも、かたくなに拒んで、『魔女』だと告発されるか?もれなく苦痛と火刑がもらえるぞ?」
「………っひぃ」
ミリアは怖くなったのか、呻いてその場にうずくまってしまった。
「さあ、行くぞ」
「でも」
「いいから」
うずくまっているミリアを置いて、僕たちはまた大通りに戻った。