初めての忠告
「で、なんであんたは道具のくせに主人に思いあがるな、とか思いあがったこと言ってるわけ?」
「キミこそ、純血種とか言っている割に庇護欲をくすぐられて、あげく知られなくてもいい秘密を知られているんだい?」
「うぐ……っ!この……!あんた、相手の弱みは一度つかんだら離さないタイプね……?」
「主人がこうも純粋だからな、黒くならざるを得ない」
「この、屁理屈を……!」
二人が言い争いをしているところを、僕はぼうっとみている。だって、何を言っていいかわかんないし、そもそも発言できるような雰囲気じゃない。
「いいか、これはあまり言いたくなかったのだが……」
「何よ?」
突然、トレースが脈絡のないことを言いだした。
「子供がかわいいらしいのはなぜかわかるか?なぜ赤子の顔の違いがほとんど見分けられないかわかるか?」
「……なんだってのよ。それが何?関係あるの?」
エリアが僕の気持を代弁してくれる。
「あるさ。赤子や子供は他人の庇護を受けねばらならない。……これは極論だが、性格最悪、顔を悪いような人間を養いたいと思うか?」
「……で?あんたは何が言いたいわけ?」
なぜかエリアは発言を避けた。
「では、結論を言うとしよう。生まれたばかりの、存在とは、すべからくかわいいものだ。そう感じるようになっているのだ。こちらがそうなっているのか、むこうがそうなのかは知らないが、とにかく、人間は子供をかわいいと思うようにできているのだ。主人は生れてまだ日も経っていないそうだ。体はれっきとした大人だが……いかんせん、心がまだ子供だ。そこにボクやキミはかわいさを見出した。……まあ、つまりだ。ルウ、ボクが言いたいのは、だな」
「なに?」
というか、トレースっていちいちそんな小難しいこと考えてるんだ。かわいいものはかわいい、でいいじゃないか。
「自分がかわいいといわれるのはまだ生まれたてであるからで、顔の造詣がどうのこうの、という理由ではないからな。……そこのところ思いあがったり、過信したりしないように」
「わかった」
僕はうなずく。というか、正直言ってかわいいとか言われてもうれしくない。どうせならかっこいいとかがいいな。
「…………で、あんたらさ、なんでここにいるの?」
「言わなかったか?ルウが気分を悪くしてな、それで休もうと思ったまでだ」
「いや、そうじゃなくて」
ふるふると、彼女は首を振った。
「なんであんたたち、この船にいるわけ?そんな恰好で、裕福そうでもないのに」
僕たちはそろって固まった。
「……み、身分証がある、ほら」
「いや、これぐらいあんたレベルの道具なら偽造できるでしょ?」
「うぐ」
「まさか、不法入船?私がどれだけ苦労してこの船のチケット買ったかわかる?」
ふるふると、力なく僕らは首を振る。嫌な予感、すっごく嫌な予感がする。
「全財産の半分よ、半分。いろんな世界で手に入れたコインとか金貨とか紙幣とか、全部巻き上げられるんじゃないかってくらい払ったわ。……そんな私たちを差し置いて、あんたらは身分証造って不法入船して、あまつさえ気分悪くなったから休む?」
シャっ!
エリアの手が閃いた。かと思えば僕の首に大鎌がって、え、いつのまに、僕ここで死ぬの?そんなのってないよまだ少ししか生きてないのにこんなところでこんな風に首切られるなんて嫌だ!
「……そんなに殺してほしいなら、言えばいいのに。こんな回りくどい真似せずに……ね?」
やばい目がマジ殺される殺される殺される!?
「エリア、すまないが主人が怯えてる。というかもうすぐで覚悟が決まりそうな勢いだ。脅かすのはやめてくれないか?」
「……脅しじゃない、としたら?」
「キミを……」
「……冗談よ」
やだ、いやだいやだいやだいやだいやだ………あれ?
首の鎌がない。
「……た、助かった……の?」
「一応ね。次はないわよ?」
「……はい」
でも、僕だってここに来たくて来たわけじゃないんだけどなあ……。
「それにしても……あなたたち、不思議ね」
「……何がだ?」
「何がです?」
僕は敬語を使う。殺されたくない殺されたくない……。
すっかりトラウマになってしまった。
「あなた、まだ生まれて間もないのよね?」
「は、はい」
「ああもう、怯えないでよ……。ごめんなさい、その、ちょっと脅かしただけで、本気じゃなかったのよ?」
「ほ、本当ですか……?」
「ほんとよ、ホント」
「そ、そうなんですか……」
なんだか、少しだけ肩の力が抜けた気がする。
「それで、話戻すけど、あなた生まれてすぐにこの道具拾ったの?」
「あ、はいそうです」
「……つまり、ほとんどあなたは生まれたと同時に、この道具がそばにいた、のよね?」
「……そうなり、ますね」
生まれてすぐに扉を開けて、それからトレースと出会うまでほんの十分も経ってない。僕の人生はトレースと一緒に始まったと言っても過言ではないと思う。
「私の予想だと、きっとあなた苦労するわよ」
「……エリア、頼むから主人をおびえさせないでくれるか?」
「今回のは純粋に忠告なの!道具は黙ってなさい!」
「……むう」
エリアが真剣だったろうか、トレースは特に反論せずに黙った。
「いい、これは私の持論なんだけど……」
そう前置きして、エリアは続ける。
「強い能力……たとえば、地を割ったり天を操ったり、私みたいに吸血鬼だったり、っていう人たちには、ある宿命が待ち受けている、と私は思うの」
「ある宿命、ですか」
「そう。常人ではありえないような、普通の人なら死んでしまうような苦労を、彼らは……いえ、あなたもすると思う」
「……どうして、そう思うんですか」
エリアの言葉が脅しやからかいの類でないことは声色からわかった。
「強い能力を持って生まれるのは、強い能力が必要になる状況に置かれる人生が決まってるからよ。私は別に宿命論者や運命論者じゃないんだけど、それでも、……何かを感じずにはいられないの」
「……あなたも、ですか?」
何かを感じずにはいられない。ということは、エリアも、死ぬような目に遭ってきたのだろうか。
「まあね。あんなことなければ、私だってこんなネガティブなこと考えないわよ。強い運命に立ち向かうため、強い力を持って生まれてきた……。そう思った方が、苦労する、と思うよりかは楽かもね。でも、きっと、あなたは苦労するわ。それだけは確実」
「……そうでしょうか」
「そうよ。強い能力を持った人は強力な運命に導かれ、引き寄せられる。それはけして宿命ではないけれど、とてもとても強力な引力を持っているわ。……だから、気をつけて」
「……何をです?」
僕は不安になりながらも、訊いた。
「けっして、ためらわないこと。けっして、迷わないこと。これを、頭に入れておいて」
エリアの言葉は、なぜか僕の頭に浸透するように響いた。