初めてのウソ
「聞かせろ、といわれても。まだボクとて主人に仕えて日が浅いのだ。あまり知らないし、主人のことをあれこれ詮索するのは気に食わない」
「へえ。それはそいつが言ってんのか?」
「ルウ、だ。主人のことをあいつ、だのそいつ、だの軽薄な呼び方をしないでいただこう」
え、ええっと。ちょっぴり状況がよくわからないな。
ええと、リンクと食堂ではち合わせて、僕たちが逃げて、彼が追いかけてきて、異界士について説明してもらって、どうしてこの船にいるんだ、ってことになって、なぜかトレースが嘘八百を言い始めた。それで、なんだかさっきは貴様に教える名前はないとか言っていた気もするのに、彼女は自分から名前教えてる。
「へいへい。で、ルウのこと知ろうとは思わねえの?」
「思う。が、それはしてはいけないことだ」
「へえ。そう教えられたのか?」
「違う。ボクが教えられた……というより命令されたのは一つ。『好きに生きろ』それだけだ。以降、ボクは自由に、好きに生きている」
「へえ……」
リンクが僕を見た。けれど、さっきみたいに足は竦むことなく、僕は視線を普通に受けれていた。きっと視線の意味が違うんだろう。さっきのは威嚇、今のは親愛。
「ちなみに言っておくが、主人の秘法は教えるつもりはない」
「だろうな。ま、別にいいよ」
そう言うと、リンクは踵を返し、来た道を戻っていく。
「まさか、ボクたちのことをエリアに何か言うつもりじゃないだろうな?」
「それこそまさか、だよ。常に従者を介して話すなんて、一体どこの王侯貴族だ、って話だよ。……じゃあな。もう会わないことを祈ってるぜ」
「なぜだ?敵意がないなら別にかまわないだろう?」
不思議そうに、トレースは訊いた。
「はっ!お前らはいわば俺らの汚点だ。『依頼未達成』の生き看板なんだよ、お前らは。お前らに罪はねえから何にもしねえけど、進んで会いたいわけねえだろ?」
「しかし……」
どうしてそこまでしてトレースはリンクと仲良くなろうとするんだろう。別に、会いたくないって言ってるならほっとけばいいのに。
「それに、俺は、お前らが、純粋に、苦手だ。その道具は人を小馬鹿にした態度を終始変えねえし、ルウは弱っちいしよ!やる気がなくなるったらありゃしねえ!じゃあな!」
そう一方的に言いきって、リンクはどこかへ行ってしまった。
「……ふむ、なかなかうまくいくものではないな」
トレースはリンクが去って行った方向を見つめ、自嘲気味に笑った。
「なにが?」
「彼を仲間に引き込めないかといろいろやっていたのだが……むりそうだな」
まあそうだろうね。あんなに毛嫌いされてるのに、仲間になるなんて……。
「吸血鬼とは、敵に回すべきでない人種だ。キミもみただろう?雇い主の家来にも関わらず、彼は食事のためにそのすべてを食らったのだ」
トレースに言われて、あの光景を思い出す。
赤くて、紅くて、無慈悲なまでに残酷な部屋と、血のついた手をペロペロとおいしそうになめるリンク、という凄惨な光景を、ありありと、思い出す。
気持ち悪くなってきた。口とおなかを押さえて、うずくまる。
「大丈夫か?……すまない、配慮が足りなかったようだ……。本当に、すまない」
「いや、いいよ……。うう、キモチワルイ……」
あんな光景見なければ、いや、もっと言えば思い出さなければ、こんな気持ち悪さ味わうことなかったのに……。うう、お肉が食べれそうにないなあ……。
「大丈夫か?いや、少し休むか?」
「ど、どこで休むってのさ」
「言っただろう、ここは世界そのものだと。町はおろか世界すべてが船になっているのだ。宿泊施設くらいあるだろう。そうでなくとも、ここは船なのだから」
トレースは僕に肩を貸してくれた。彼女は僕に肩を貸したまま、よどみなくどこかへ向かっていく。
「ど、どこ行くの……?
「今見つけた。ここから一直線にしばらく歩いて、食堂の横を通り抜ける。その先……マストの方に近づくことになるな」
ここが船首だから、船の中間まで歩くのか。だいたい距離にして、どのくらいだろう?
「距離はおおよそ、1km、といったところか」
「……長いよ」
確か1kmって、1000mのことでしょ?一mがだいたい両手広げたぐらいの大きさだから……。
ああ、もう。この状態で歩くには距離がありすぎるよ。
「まあ、もしかしたら歩いている最中に気分が良くなるかもしれない。……案外キミのことだ、料理のにおいを嗅いだら治るんじゃないか?」
「だといいけど」
僕はげんなりと肩を落として、トレースにつれられる。
「……そうだ、言い忘れてた」
「何?」
トレースはさっきまでとおんなじ口調、おんなじ調子で、言う。
「……さっき、キミがコンシャンスを構えていた時。……その、かっこよかったぞ」
顔は、真っ赤だったけど。